第43話 ゲスモブ、訓練に同行する
オークの出没する森と聞いて、勝手にジャングルのような風景を想像していたが、実戦訓練の行われるボルゲーゼの森は鬱蒼とした針葉樹の森だった。
俺が想像していたのがアマゾンのジャングルだとすると、実物はドイツの黒い森という感じで、なかなかに雰囲気がある。
訓練施設を出発して四日目の昼、いよいよボルゲーゼの森へと到着し、早速実戦訓練が始められることになったのだが、サイゾー達の装備を見て驚かされた。
訓練の時のような重装備ではなく、行動しやすさを重視した装備になっていた。
頭、胸、腹、背中などの急所となる部分は金属製の装備で守り、重たい盾の代わりに金属製の手甲、左の腰には長剣ではなく鉈、右の腰に大ぶりのナイフという感じだ。
背負っているリュックも小振りな物で、それで三日間を過ごせるのかと心配になるが、サイゾー達の顔には気負いも過信も感じられない。
「ねぇ、善人。あれって、宇田達の真似をしたのかな?」
「さぁな、たぶん違うんじゃないか。重たい装備で体力を付け、実戦では想定される戦いに最適な装備を整えた……って感じじゃね?」
「なんかさ、毎度毎度驚かされるよね」
「まぁ、昨晩のあいつらほどじゃないだろう」
「あはっ、それはそうかも」
昨晩、宿舎の部屋に大量の串焼きと果物を差し入れした時のヤンキー共の驚きは傑作だった。
サプライズが成功したとばかりに、清夏は手を叩いて大喜びしていた。
城のあった王都から離れるほどに、髪を編んでいる人の割合は減ってゆき、俺と清夏は街歩きを楽しめるようになった。
古着屋でそれらしい服を手に入れて、最初は恐る恐る街に出て買い物をした。
言葉も分かるし文字も読めるのだが、金銭感覚が分からずに最初は戸惑ったが、それも買い物を重ねるうちに解消した。
城の蔵から持ち出してきた硬貨は、思っていたよりも高額だったようで、手元のある金だけでも三年ぐらい暮らせそうだ。
「宇田達にも差し入れしてやった方が良かったのかな?」
「あいつらは、ちゃんと実戦に耐えられるのか見てみたいし、いざとなった在庫から支援は出来るからな」
「そっか、サイゾーの方には付いていかないんだもんね」
ここからサイゾー達のヤンキーグループと、宇田達のリア充グループに分かれて実戦訓練が行われる。
俺達は宇田達を影から見守って、治癒魔法を使える梶原の安全を確保する予定だ。
別ルートを進むサイゾー達の様子は、これから三日間は全く分からなくなる。
「ねぇ、善人。瞬間移動をする時って、場所の風景を思い描いて移動するんだよね?」
「あぁ、そうだ。だから途中の街をジックリ見て来たんだぜ」
「それをさ、人間で出来ないのかな?」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「風景を思い描いて移動するんじゃなくて、人の顔をイメージしながら移動できるようになれば、目標の人物が何処にいても見つけられるんじゃない?」
清夏の言っていることは一見すると荒唐無稽に思えるが、場所の風景を思い浮かべるだけで座標を固定できるというのも良く考えるとメチャクチャなのだ。
北緯何度、東経何度といった感じで正確に座標を固定しなくても移動が可能ならば、清夏の言う方法での移動も可能かもしれない。
「面白そうだな、試してみる価値はありそうだ」
「でしょ、でしょ」
「そのためには、相手の顔をしっかり記憶しなきゃいけないけど、まずは……」
「えっ、ちょっと……」
じっと顔を見詰めると、清夏は戸惑ったように顔を赤らめた。
「そんなに見詰められると……」
「でも、ちゃんと覚えておかないと、清夏の輪郭も、髪も、耳も……」
「ひゃん……」
「目も、鼻も、唇も……」
「ん……んぁ、もう、善人のエッチ」
「後で全身くまなく……」
「もう、ほら出発するみたいだよ、置いていかれちゃうよ」
「ちっ、気の利かない連中だな」
「もう、善人ったら……お城に戻ってからね」
それはそれは……城に戻る楽しみが出来たぜ。
この実戦訓練も、最初は遠方の街に行ける、瞬間移動のためのポイントを更新できる……ぐらいの気持ちで同行してきたし、海外旅行気分で楽しんでいる。
城に戻ったら戻ったで、ジックリと白川を確認するとしよう。
「桂木! 調子に乗ってオークに殺されたりすんじゃねぇぞ!」
「うるせえぞ! 人の心配するより手前らのことに集中しとけ!」
森の入り口で、サイゾーと宇田が例によって罵り合うような口調でエールを交わし、クラスメイト達は二手に分かれて出発した。
ボルゲーゼの森では、材木の切り出しも行われているようで、暫くは人が踏み入った痕跡があちこちに見られた。
木を伐り出した後の切り株や、生えている木々も枝打ちがされて真っすぐに伸びている。
それでも森の中であることには変わりはなく、地形も平坦ではなくアップダウンの繰り返しで歩くのは楽じゃなさそうだ。
だが、俺と清夏は実際に歩いている連中とは違って、アイテムボックスを使っての移動なので楽なものだ。
地面の凹凸に足を取られる心配は無いし、行く手を阻む藪を掻き分けたり、切り開いたりする必要も無いどころか、そもそも歩く必要が無い。
森に入って三十分もすると、宇田達は額に汗を浮かべて息を切らし始めていたが、俺達は散歩気分で殆ど疲れも感じていない。
「宇田君、ちょっとペースが速い、女子が遅れそうだ」
「えっ、おぉ悪い……」
先頭を歩く宇田は、早く森を抜けることばかりに気を取られて、女子の息が上がっているのに気付かなかったようだ。
木島から声を掛けられて、慌てて後ろを振り返っていた。
「ちょっと休憩にしよう。思っていたよりも、森を歩くのは大変そうだ。一旦休んでから、次は女子のペースに合わせて進もう」
「意義なーし……」
宇田達は、背負っていた荷物を下ろすと、ドッカリと座り込んで休憩を始めた。
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