第42話 オタデブ、人心を掌握する
「くっそぉ、足りねぇ」
「何が戦時体制に慣れるためだよ」
ヤンキー共が不満を漏らすのも当然で、この三日間は殆どパンとスープだけの食事が続いている。
宿舎の部屋も、三段ベッドが四つあるだけの監獄みたいな部屋だ。
おかげで、ヤンキー共はストレスが溜まってきている。
これで、こっちの兵士が別メニューの食事をしているならば即反乱ものだが、同じメニューを口にして同じように空腹を抱えている。
確かに状況によっては補給が乏しい状態で戦うことも想定しなければならないし、最低限の食糧で生き残る訓練は必要なのだろう……兵士にとっては。
だが、僕らはこの国の兵士ではなく、邪竜と戦うために召喚された者達だ。
邪竜とは戦ってやるけれど、その代わり盤石な支援体制を要求するつもりだ。
つまり、今回の空腹訓練など僕らには必要のないものだ。
ただし、実際の邪竜討伐の時に盤石な支援を約束させても、それを実行してもらえるかは分からない。
何だかんだと理由を付けて、実際の戦いの最中に補給を打ち切られる可能性だってある。
こっちの兵士達は、百パーセント信頼できる相手ではないのだ。
補給については、黒井を頼りにするしかなさそうだ。
「サイゾー、緊張してるのか?」
実戦での補給について考えていると、徳田が声を掛けてきた。
どうやら考え事をしている様子が、緊張しているように見えたのだろう。
正直、緊張なんかしていない。
相手の命を奪うつもりでいるのだから、こちらだけ無事が確保されているなんて思っていない。
日本にいたら絶対に味わえなかった、リセットの利かないリアル殺し合いだ。
緊張なんてしない、思う存分殺し尽くすだけだ。
「あぁ、緊張してるよ」
「サイゾーも人の子だったんだな。だが、あれだけの訓練をやったんだ、実力を出せば問題ないさ」
「そうだね……格闘技の試合ならそうなんだろうね」
「あっ? どういう意味だ?」
プライドを損ねるような言い方をしたせいで、徳田は不機嫌そうに眉をひそめた。
「明日からの実戦はリングじゃなくて森の中で行われる。僕らが知らない場所だ」
「だから、兵士の連中から情報を集めて対策は練ってるんだろう?」
「うん、それでも未知の森であることには変わりはないし、奇襲を食らえば命を落とすかもしれない」
いつの間にか、部屋にいるヤンキー共が僕と徳田の話に聞き耳を立てていた。
ヤンキー共にとって、僕と徳田は組織のツートップだからだ。
「兵士の連中も同行するし、俺達なら十分に倒せる魔物しか出ないって話だぞ」
「ヒデキは格闘技の試合をする時、万全の準備を整えてリングに上がるよね?」
「当然だ、どんな相手にだって油断はしねぇぞ」
「それで、一発ももらわずに終わらせられた試合はどのぐらいある?」
「はっ? ノーダメージってことか? んー……ガキの頃の数試合ぐらいだな」
あるのかよ、一試合も無いかと思ったのに化け物か。
「明日からの相手は、グローブもしていないし、ルールに従って攻撃してくる訳じゃない。そして、一発もらえば致命傷になる可能性だってあるんだよ」
「じょ、上等じゃねぇか、返り討ちにしてやんよ」
「そうだね。僕もそのつもりだし、そうする自信もあるよ。でもね……この中の誰かが傷ついたり命を落とすようなことになったら……って考えると怖いんだよ」
自分達がヤバい状況に置かれていると、改めて感じたのか、ヤンキーの数人がゴクリと唾を飲み込んだ。
「こっちの世界に召喚されて以来、僕はみんなに厳しい訓練を課してきた。それは、自分が生き残るためでもあったけど……生活を共にして、今は違う思いを抱いてる。キモいと思われるかもしれないけど、僕はここにいるみんなをファミリーだと思ってる。だから、一人も傷ついてほしくないし、ましてや命を落とすなんて絶対に許さない」
「サイゾー、お前……」
慣れてしまえば本当にヤンキーという奴は扱いやすい。
僕の嘘っぱちの宣言に、徳田でさえも少し目を潤ませている。
「絶対に生き残るよ、誰一人怪我を負うこともなく完封勝利する!」
「おうよ! 手前ら気合い入れろよ!」
「おぉぉぉぉ!」
ヤンキー共が気勢を上げた直後、ベッドに腰を下ろした僕の足元に、大皿に盛られた肉の串焼きが現れた。
更には、メロンのようなスイカのような果物が二玉転がされ、手元には一枚の紙が差し出された。
『皿と串、果物の皮は後で回収する。明日からは予定通り回復役の守りに着くから、そっちも下手打って死んだりするなよ K』
まったく……黒井という男は本当に気の利く奴だ。
訓練施設を出た後は何の連絡も無かったから、ちゃんと付いて来ているのか少し心配だったが杞憂のようだ。
アイテムボックスの中に白川を囲っているという話だから、おおかた旅行気分を満喫してやがるのだろう。
だが、このタイミングで、この差し入れは実にタイムリーだ。
「みんな、差し入れだ。ありがたくちょうだいしよう」
「サイゾー、これは黒……」
「食おう、ヒデキ!」
「お、おぅ……」
黒井の名前を漏らし掛けた徳田の口を塞いで、僕も串焼きを頬張る。
独特な香辛料が使われていて、なかなか美味い……いや、かなり美味い。
しかも、肉が結構大きいので食べ応えもある。
「サイゾー、これ切り分けてもいいの?」
「勿論、食いやすいように切ってくれ」
「やったー!」
女子三人は、肉よりも果物の方が嬉しいようだ。
ナイフを入れた途端、狭い部屋の中に甘い香りが広がり、男共も肉を食うのを一瞬止めたほどだった。
「くそっ、帰ったら毎日果物を出すように要求してやる」
「賛成ー! もう匂いだけでヤバヤバだよ」
「あっまーい! ヤバいよ超ー甘い!」
肉も果物も、飢えたハイエナのごときヤンキー共によって、あっと言う間に食い尽くされた。
果物の皮とか串を大皿に一纏めにすると、すっと音もなく回収され、直後に部屋に充満していた匂いまで消えた。
黒井が回収して、白川が消臭したのだろう。
事情を知らないヤンキー共が目を白黒させている。
「見ての通り、別動隊がいる。ただし、実戦訓練の時には別の目的で動いてもらうから、助けてもらえると期待はしないでくれ」
そうヤンキー共に説明しつつも、僕は黒井の有用性を改めて噛み締めている。
いざという時に逃げ込めるセーフスペース、装備や食料の保管庫、更には移動すら可能だと聞いている。
黒井は能力に磨きを掛ければ、日本にだって戻れると思っているようだし、たぶん戻れるようになるのだろう。
僕としては、日本でどの程度魔法が使えるのか分からないし、倫理観や法律によって雁字搦めに縛られるだろうから、こっちの世界で好き勝手にするつもりだが、黒井の能力は手元に置いておきたい。
黒井は日本と異世界の両面生活が望みのようだから、このまま友好関係を続けて、その能力の一端を利用させてもらおう。
そのためには、黒井を退屈させないことだ。
その気になれば十人以上の人間の命を平然と奪うほどの黒井が僕に協力しているのは、オタクとして僕の行動を面白いと感じているからだろう。
だったら僕は、踊り続けるだけだ。黒井の想像を越える異世界ファンタジーの登場人物として……。
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