第41話 ゲスモブ、旅行を満喫する

「ふぁぁぁ……のどかだねぇ……」

「てか、ちょっと退屈かも」

「だな……」


 実戦訓練の当日、一行は四台の馬車に分乗して夜明け前に訓練施設を出発した。

 一台目と四台目の馬車に兵士が乗り込み、二台目が宇田達のグループ、三台目がサイゾー達のグループだ。


 出発前に訓練の概要が伝えられ、森を早く横断し終えたグループには褒美を与えると知らされると、宇田達のグループは歓声を上げたが、サイゾー達は静かなままだった。

 なんて言うか、もはや戦うプロの集団といった雰囲気で、マジで怖ぇぇよ。


 そのサイゾー達だが、宇田達が装備を身に付けているのに対して、全員が部屋着のようなラフな格好をしていた。

 実戦訓練を行うのは森に到着してからだとは言え、あまりにも寛ぎすぎな気がした。


 兵士達でさえも装備を整えているのに、全く気にする様子もなかった。

 さすがに、我慢の限度を超えたのか、隊長らしき男がサイゾーのところへと歩み寄っていった。


「そんな気の抜けた様子で大丈夫なのか?」

「この国は防具を着込んでいなけりゃ安心して馬車にも乗れないほど物騒なのか?」

「そ、そんなことはない」

「だったら何も問題は無い、我々はその時が来れば遺憾なく力を発揮してみせる」

「そ、そうか……」


 厳しい鍛錬によって別人のごとく体形が変化したサイゾーは、召喚された当時の浮付いた感じが消えて凄みが増していた。

 徳田や他の連中も、厳しい訓練を乗り越えた自信に満ち溢れていた。


 出発前に、ちょっとしたゴタつきはあったものの馬車は予定通りに出発して、街道を一路西へと向かっている。

 俺と清夏は、アイテムボックスに入ったままサイゾーのグループや宇田のグループを覗いていたが、特に見るものも聞くものも無いので、先頭の馬車の上に陣取った。


 アイテムボックスに入った状態ならば、幌の上に乗っていても気付かれない。

 最初は初めて目にする異世界の風景を興味深く眺めていたが、森があったり、川があったりしても基本的にのどかな自然の風景なので、飽きてしまった。


 今はアイテムボックスの床に傾斜を付けて、上体を起こすようにリクライニングさせたマットレスの上で寛いでいる。

 出発が早かったから、睡魔に襲われてウトウトしていたら清夏に起こされた。


「善人、なんかいる、鹿だ、鹿!」

「鹿ぁ? うぉ、なんだあれ……」

「すっごい角してる」


 街道を見下ろす斜面に、鹿らしき動物が数頭いて、その中の一頭は何本にも枝分かれした立派な角を持っていた。


「盆栽の松みたい」

「あの大きさになるのに何年かかるんだろうな?」

「てゆっか、邪魔そー」

「あんなの頭に生えてたら、ぜったいにぶつける自信あるぜ」

「あたしも、あたしも」


 清夏と二人で、ゲラゲラ笑い転げた。

 今までだって不満があった訳ではないが、情報収集や食料確保に躍起になっていて、遊ぶというか息抜きができていなかったことに気付いた。


 まぁ、別の物はちょいちょい抜いてもらってはいたけど……。

 この先、日本に帰れるのが何時になるのか分からないし、もっと楽しむ時間を増やした方が良いのだろう。


「楽しいな、清夏」

「うん、修学旅行に来てるみたい」

「随分と長い修学旅行だけどな」

「あははは、いえるー」


 突然、高校の一クラス全員が失踪した状態だから、日本ではさぞや大騒ぎになっているだろう。

 俺はアイテムボックスの能力に磨きをかけて日本に戻るつもりだし、サイゾー達は戻るつもりは無いようだが、宇田たちはどうするつもりなんだろうか。


 まさか能天気に勇者の務めを果たせば帰れると信じているのだろうか。

 一時間ほど移動すると、最初の村に辿り着いた。


 村というか、集落というか、十数軒の建物が集まっている。

 何かの店のような建物もあるが、まだ時間が早いからか表戸は閉まっていた。


「ちょっと見て、善人!」

「ん? 第一村人発見か?」

「そうじゃないよ、良く見て!」


 朝食に使う野菜でも採りに来たのか、畑の中に中年女性の姿があったが、特におかしな所は見当たらない。


「あのおばさんがどうかしたのか?」

「良く見てよ、頭!」

「頭? あぁっ!」

「編んでないでしょ」

「確かに……」


 以前、清夏と街に出掛けた時には、街にいる人達は全員頭を編み込んでいた。

 一般の人は前から後ろに、奴隷は横向きに編み込んでいたので、普通の頭の俺達は街歩きを断念したのだ。


「でも、あのおばちゃんがサボってるだけかもよ」

「そうかなぁ……でも、そうじゃなかったら、あたしたちも外に出られるかもよ」


 自由に出歩けるならば、街歩きをしてみたいとは俺も思う。

 金は城からパクって来れば困らないし、何かヤバそうならばアイテムボックスに逃げ込めば良いだけだ。


 車列は集落を素通りしてしまい、他に村人らしい姿も見えなかったので、確認できなかった。


「よし、次だ次、次の村か街で確かめるぞ」

「うん、お願い、編み込みしてませんように……」


 更に時間が経過すると、馬車ともすれ違うようになった。

 御者の頭を確認すると、編み込みをしていた。


「あー……してるか」

「でもよ、あの馬車王都に行くんじゃね?」

「あっ、そうかも」


 擦れ違った馬車は、何かの荷物を運んでいるように見えた。

 最初の村から更に一時間ほど移動すると、少し大きな村があった。


「半々……?」

「いや、七三ぐらいで編んでない奴の方が多くねぇか?」

「だよね……てか、編んでない人いるじゃん」

「あれか、頭編んでないと王都に入れないとか?」

「そうかも……でも、これで街歩きができるよ」

「服を手に入れたらな?」

「あっ……確かに」


 城でパクった服は、街中で確実に浮きそうな上等な仕立てだ。

 トラブルなく街を歩くなら、どこかで服を手に入れる必要がある。


「服屋を見つけて、パクる代わりに金置いてくればいいんじゃね?」

「うん、そうしようよ。うわっ、街歩き楽しみ、食べ歩きしようよ」

「まぁ、準備を整えてからな」


 実戦訓練に同行してから、確実に清夏の笑顔が増えている。

 やっぱり、気付かないうちに我慢を強いていたようだ。


 これから行く先には、もっと大きな街もあるはずだから、瞬間移動出来るようにして清夏とデートするのも悪くないかもしれない。

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