第40話 ゲスモブ、裏で準備する
あちこちに移動を繰り返したことで、瞬間移動にも慣れてきた。
最初は数回に分けないと城からサイゾー達がいる訓練施設までは辿り着けなかったが、今では一発で、一瞬で移動が可能になった。
同じように、バルタザーレの屋敷にも移動が出来るので情報収集は楽になったのだが、問題が無い訳ではない。
そもそも、アイテムボックスの機能を使った瞬間移動は、日本へと帰還するために鍛えている。
このまま鍛え続ければ日本に戻れそうだと思うと同時に、移動距離の問題を感じてしまった。
城から訓練施設までは馬車で二時間ほどで、距離にしたら二十キロ程度だと思っている。
ニ十キロを一瞬で移動できるのは凄いことだが、日本までの距離を考えると絶望的になる。
これ以上、どうやって距離を伸ばす訓練をすれば良いのか、壁にぶち当たっているのだ。
「それってつまり、城からもっと離れた場所まで一度移動しないと駄目ってこと?」
「まぁ、そうなるな」
「じゃあさ、例の実戦訓練が行われる何とかの森が良いんじゃない?」
「それは俺も考えている。出来れば馬車で数日かかるような所だと良いなって」
清夏の言う通り、いよいよ訓練施設にいるサイゾーや宇田達が実戦訓練に連れて行かれることになった。
厚化粧女王の企てで、サイゾー達のグループと宇田達のグループに分かれて行われるようだ。
実戦訓練が行われるのはボルゲーゼの森と呼ばれている場所で、大きな池を中心として広がる深い森のようだ。
訓練内容は、森を端から端まで横断するというもので、二つのグループは池を別々の方向から回り込むように進ませられるようだ。
訓練された兵士でも、森を横断するには三日を要するらしい。
この訓練に関しては、問題が二つある。
一つ目は、実施場所が分からない。
ボルゲーゼの森という名前は聞いても、それがどこにあるのかが分からない。
訓練施設からサイゾー達は馬車で移動となるのだろうが、何日ぐらい離れた場所か不明なので、食料の確保が必要だ。
アイテムボックスで時間を止めて保存が可能になったので、食料さえ確保できれば問題は解決なんだが、一度に大量にパクれば俺達の存在が発覚する恐れがある。
それに、延々同じメニューを食べるのも御免だ。
情報収集をしながら、城、訓練施設、騎士団、バルタザーレの屋敷などから食料をいただいては保存を繰り返した。
なんとなく、冬眠前のリスにでもなった気分だった。
二つ目の問題は、訓練の間サイゾーと連絡が途絶えてしまうことだ。
現状、俺がイメージできる場所には瞬間移動が可能だし、アイテムボックスに入ったままでも駆け足程度の速さならば付いていける。
だが、今回の実戦訓練では、サイゾー達と宇田達は全く別のルートを進む。
俺は宇田達のグループをマークする予定だが、そうなるとサイゾー達の居場所が分からなくなってしまう。
ボルゲーゼの森に出没するのはオーク程度という話だから、サイゾー達が後れを取るとも思えないが、こちらで不測の事態が起こった時に連絡が取れないのは痛い。
「大丈夫だよ、これまでだって善人の判断は間違ってなかったじゃん」
「まぁな、俺が思う通りに行動するしかないんだが……」
「やっぱり不安?」
「いや、不安というより、サイゾー達の暴れっぷりが見られないのが残念だ」
「あーっ、それは確かに。魔王軍降臨……みたいなのは、ちょっと見てみたいよね」
「だろう? てか、宇田達は大丈夫なのか?」
実戦訓練が行われることが決まってから、訓練施設の連中には本格的な防具と刃引きした武器が与えられた。
実際の武器の重さに慣れるためらしいが、与えるのが遅すぎじゃないのか。
サイゾー達のグループは、真剣や槍の重さに慣れるために、魔法の練習を行う時間も武器の素振りにあてていた。
剣は各々が片手で扱える重さの物を選び、利き手と逆の腕でも振り回せるように型を繰り返していた。
素振りのための型は、格闘技の経験のある徳田が中心となり、サイゾーが要望を加えて作り上げた実戦に則したものだ。
基本は片腕にもった盾で防御を行いつつ、片手剣での突きと薙ぎを上段、中段、下段へと打ち込む。
更にはフル装備の上に、荷物を背負った状態でのランニングまで行っていた。
本職の兵士たちが蒼ざめるほどの猛訓練だった。
それに対して宇田達のグループは、基本的に魔法で戦うと決めたらしく、重たい剣を使うことは早々に諦めて、槍の他は軽い短剣を装備する事にしたらしい。
盾も、体の大きい男子三人が大盾を装備するだけで、他の連中は革製の防具を付けるだけのようだ。
重たい装備は歩きにくい森の中では体力を奪う重しにしかならない、それならば動ける装備で速度重視で移動した方が良いという考えらしい。
確かに、サイゾー達の装備で未踏の森の中を移動するのは相当な体力を必要としそうな気がするが、もし接近戦になった場合には守りが不足していそうな気がする。
何よりも、訓練に取り組む姿勢が違いすぎる。
サイゾー達の鬼気迫る訓練を見た後では、どうしても宇田達の訓練は緩すぎると感じてしまうのだ。
「仕方ねぇ……俺も訓練しとくかな」
「えっ、善人もオークと戦うつもり?」
「この中からな」
相手からは気付かれず、触れられもしないアイテムボックスの中から、ブスっと一突きするだけだ。
訓練は、アイテムボックスごと素早く移動する事と、素早い窓の開け閉めだ。
「いやぁぁぁ……待って、待って、ジェットコースターみたいで、無理ぃぃぃ!」
「ひゃっはーっ! 飛ばすぜ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
当初は自転車程度の速度しか出せなかったアイテムボックスでの移動も、今は自分の足で全力疾走するよりも遥かに速く動ける。
軽く足を開いてファイティングポーズを固めながら、滑るような移動が可能だ。
悲鳴を上げっぱなしの清夏が、俺の左腕にギュッと抱き付いてくるのを楽しみつつ、移動の訓練を続けた。
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