第34話 オタデブ、ゲスモブに感心する
※ 今回は桂木才蔵目線の話となります。
鳥肌が立った。
先日会った時に決めた目印を見て倉庫の裏に行くと、何も無い空間がドアのように開き、中から黒井に手招きをされた。
空間魔法、オタクならば誰でも一度は憧れる魔法の一つだ。
促されるままに、黒井の作ったアイテムボックスの中へと入る。
内部は三畳ほどの広さで、窓からは外の様子が見える。
「まぁ、座ってくれ、ここなら見られる心配も、聞かれる心配も要らないからな」
「この椅子も?」
「あぁ、アイテムボックスの一部だ」
アイテムボックスの床面や壁面を変化させ、ファミレスのボックス席のように椅子を二つとテーブルが作られている。
結構な造形技術が必要だと思うが、そこはオタクならではなのだろう。
「しっかし凄ぇな、訓練場で見てたけど魔王が現れたかと思ったぞ」
「信じられる人間が殆どいない世界では、力が無かったら生き残れないからな。てか、こんな空間を平然と作ってる黒井も大概だと思うぞ」
「まぁ俺は、これしか能が無いからな」
黒井はこれしか……なんて言うが、外部から干渉不可能な空間に逃げ込めるメリットはハンパない。
この空間が使えれば、袋小路に追い詰められようが、十万人の兵士に包囲されようが逃げ切れるのだ。
「広さはこれが限界なのか?」
「いいや、窓をもっと小さくして、限界まで広げるなら学校の教室ぐらいまでは広げられると思う」
「じゃあ、ヤバくなったら俺達全員を退避させられるな?」
「ここにいるのは二十人程度だよな? それなら全員入れるぞ。なんとかって森での実戦でも、危うくなったら退避させられる」
ピンチの状況でセーフスペースが使えるのは有難いが、邪竜討伐の本番前に甘えが出るとヤンキー共の成長を阻害する恐れがあるから、実戦訓練では使わない方が良い気がする。
それに、一つ考えている事もある。
「その実戦訓練なんだが、俺達じゃなくて宇田のグループに付いてくれないか?」
「てことは、あいつら雑魚なのか?」
「魔力はあるけど使い方がなってねぇし、格闘戦はダメダメだ」
「そうか、じゃあヤバそうだったら片っ端から助けるか」
「いや、助けるのは一人でいい」
「梶原か?」
「さすが黒井、分かってるな」
打てば響くように、こちらの意図を理解してくれる人間は良い。
黒井のような特殊能力を持ち、しかも察しの良い人間は貴重だ。
「宇田とかは、どうするつもりだ?」
「自分達で危機を乗り越えられないなら切り捨てる。戦力になるなら残しておく必要があるが、使えない偽善者は足手まといになるだけだ」
「なるほど、俺にその見極めをさせてつつ、治癒魔法の使い手の安全は確保しようってことだな?」
「回復役だけは失う訳にいかないからな」
竜を相手に戦って、無傷で済むなんて思ってはいない。
だからこそ、怪我の治療が出来る人間は確保しておきたい。
「うーん……」
「どうした? 反対か?」
「現時点では、俺の魔法では日本に帰れない。将来的には帰れるようになるつもりだが、帰れない時のことも考えておいた方が良いかと思ってな」
「俺は、むしろ帰るつもりなんか無いぞ」
「だったら、使える手駒は残しておいた方が良くないか?」
「いや、上から目線でゴチャゴチャ言ってくる連中なんて邪魔なだけだろう」
「確かに邪魔だけど、脳筋の男共は自爆兵器には使えるんじゃね?」
ここで黒井は、女王アルフェーリアが竜を討伐した後に俺達を消そうと考えている事や、王弟のバルダザーレがクーデターを画策していて、俺達を囲い込もう考えているなどの情報を伝えてくれた。
戦いにおいて重要な情報を手に入れてくれる点でも、黒井の存在は有難い。
「この前も、ここの兵士達と揉めてたんだろう? 宇田とかの正義感を利用して、女王と潰し合いをさせれば良くね?」
「なるほど……ただ処分しちまうのは勿体ないか。どうせなら使い潰した方が良いな」
「だろう?」
黒井は、宇田達みたいに変な正義感に囚われず、実利重視なところも良い。
今は邪竜討伐に専念しているが、それが終わった後も人生は続くし、当然それは面白いものであるべきだ。
黒井がいれば金や物は簡単に手に入るだろうし、移動も楽になる。
どこかの組織と戦うことになっても、アドバンテージを握るには不可欠な人間だ。
「てかよぉ、黒井のこの能力を使えば、竜を体の中から壊せるんじゃねぇの?」
「あぁ……かもしれないな。でも、そんなの退屈だろう?」
「くっくっくっ……いいな、いいよ、やっぱり黒井は分かってるな。その通りだ、あっさり倒せちまったら面白くない。討伐は俺にやらせてくれ」
「分かってる、そっちの楽しみを奪うつもりはねぇよ。その代わり、厚化粧ババアにざまぁする楽しみは俺にくれ」
「いいぜ、そっちは任せた」
黒井は、城に残った連中がバルダザーレの屋敷に移され、口車に乗せられている事も伝えてくれた。
「サイゾーには直接関係ないだろうが、交渉のカードとか、宇田達を焚きつけるのに使えるかと思ってな」
「あぁ、手札は多い方が良いから助かる。ところで黒井、こっちの方はいいのか?」
俺が小指を立ててみせると、黒井はニヤっとゲスっぽい笑みを浮かべてみせた。
「まさか、乱交してんのか?」
「とんでもない、ガキが出来たら面倒だし、確実にこちらの弱みになるから本番行為は厳禁だ」
俺達のグループには、元々徳田達とツルんでいたビッチが三人いるが、妊娠の危険性がある本番行為は厳禁にしている。
それ以外の行為は容認しているが、本人の意思を無視した強制も厳禁にしている。
ビッチ三人の戦闘力は、平ヤンキー共に引けを取らないので、戦力として十全な力を発揮できるように性奴隷扱いは禁じたのだ。
そうした配慮をした事や、魔法の腕前のおかげで、三人には結構良い思いもさせてもらっている。
頼み込めば黒井の相手もしてくれるだろうから、ちょっと誘ってみたのだが、俺の予想を上回る答えが返ってきた。
「心配ない、白川を確保してる」
「はぁ? 黒井、あんな感じがタイプだったのか?」
「タイプとはちょっと違ってたけど、浄化のスキル持ちだからな」
「おぉ、さすがだな……浄化かぁ、いいな」
「いや、強力になりすぎるとヤバいかもしれない」
黒井は、浄化スキルが精神にも影響をもたらす可能性や、浄化した物質が消える恐ろしさを指摘した。
「なるほど……精神や記憶まで浄化するのはヤバいな」
「一応、コントロールするようには伝えているし、物質が消えるヤバさについては黙っている」
「そうか……何かを浄化してレベル上げをやってるなら、うちの宿舎も頼む」
「あぁ、機会を見計らってやっておくよ」
黒井と相談して、こちらの連中には当分の間は黒井や白川の存在を伝えない事にした。
いずれ伝えるとして、知っている人間が増えれば、王国側に存在を知られる恐れも増えると考えたからだ。
「たぶん、時期をみてヒデキには伝えると思う」
「徳田だな。あぁ、それは構わないけど、俺はあくまで裏で動くぞ」
「あぁ、そうしてもらった方が有難い」
「じゃあ、また動きがあったら知らせに来る」
「頼んだぜ、相棒」
「おぅ、任せとけ」
俺が外に出た後、アイテムボックスのドアを閉じると黒井の気配は全く感じられなくなった。
やはり持つべきものは、おたく仲間だと改めて思う。
それにしても、アイテムボックスの中に女を囲って異世界暮らしとは……やるな、黒井。
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