第33話 ゲスモブ、度肝を抜かれる

 城から訓練場まで、馬車で二時間かかる道程を三回の跳躍、時間にすると三十秒ほどで移動できた。

 本音を言うと、この程度の距離ならば一発一瞬で移動できるようになりたい。


 そうでないと、日本に戻るなんて夢のまた夢になってしまうからだ。

 とは言え、周囲の状況をシャットアウトとしての瞬間移動は、順調に成長している。


 前回は訓練場から城まで四回の跳躍だったし、二回跳躍した後で休息も必要だった。

 この調子で往復を繰り返していれば、思い通りに一瞬で移動が可能になるはずだ。


 移動した訓練場では、サイゾーや徳田達ヤンキーグループが魔法の訓練をおこなっていて、宇田達リア充グループの姿が見えなかった。


「ヒデキ、もっと鋭く、相手に届くまで日本刀みたいな鋭さを維持しよう」

「やってんだが……あぁ、くそっ、上手くいかねぇ」


 徳田が放った風の魔法は、五十メートルほど離れた斜面を大きく抉り取った。

 俺や清夏の目には凄まじい威力に見えたのだが、それでもサイゾーはお気にめさないらしい。


 徳田の後ろから見守っていたサイゾーが、歩を進めて隣に並び、すっと右手を振り上げた。

 その途端、サイゾーの右手の先に二メートルはありそうな火柱が出現する。


「集中して、イメージする……鋭く……鋭く……」


 サイゾーの右手の先で赤々と燃え盛っていた火柱が収束し、蒼く輝く刀身が現れた。


「しゃぁ!」


 サイゾーが右手を鋭く振り下ろした瞬間、蒼く輝く刀身が瞬間移動したかのように、五十メートル先の斜面から突き出していた岩を真っ二つに切り裂いた。

 刃の熱気によって切断面が赤熱し、ドロリと溶け落ちる。


「なんだよ、あれ……」

「ヤバい、チビるかと思った」


 アイテムボックスの中から覗いていても寒気がするほどの威力で、清夏が俺にしがみついてきた。

 訓練を監視していた兵士が、口を半開きにして固まっているのも当然だろう。


 とんでもない威力の魔法を放って、またサイゾーはドヤ顔をするのかと思いきや、徳田達にイメージするポイントを細かく説明しはじめた。

 自分が特別なんかじゃない、みんなもイメージさえ固めれば同様の威力は出せるはずだと驕る様子すら見せなかった。


 実際にできるという手本を示されたからか、練習を再開した徳田の魔法は格段に鋭さを増していた。

 他のヤンキーどもにもサイゾーは丁寧な指導を行い、みんな目に見えて腕前を上げていく。


 日本にいた頃、真面目に授業なんて受けた事の方が少なかったヤンキーどもが、揃いも揃って真剣そのものの表情で、肩で息をして力尽きて跪くまで訓練を続けていた。

 おそらく魔力が尽きたのだろう、一人二人とフラフラになって訓練を切り上げ始めた頃、サイゾーが自らの訓練を始めた。


 右手を手刀の形にして縦横に振り回し、先程の魔法を目にも止まらぬ速さで連発する。

 おそらく、先程の魔法は魔法を収束するイメージを伝えるために、わざとゆっくり発動させたのだろう。


 そして今度は、実戦を想定して瞬時に連発させているのだろう。

 魔法の直撃を食らい続けた岩どころか背後の斜面まで、もはや原型を留めないほどにドロドロに溶けている。


「うらぁぁぁぁぁ!」


 百発以上の魔法を叩き込んだ後、サイゾーは雄叫びと共に右手を振り上げた。

 たぶん、残っている魔力を全部叩き込んだのであろう、十メートルを超えていそうな巨大な刃が現れ、サイゾーが右手を振り下ろすと斜面に吸い込まれ、直後に爆裂した。


 叩き込まれた刃によって、崖の内部の水分が急激に熱せられ、水蒸気爆発を起こしたのかもしれない。

 土煙が収まると、斜面の形が変わってしまっていた。


 邪竜の討伐と聞いた時には、どこの勇者の仕事かと思ったが、日本でのオタクな姿を知らなければ、サイゾーは有能な勇者だろう。

 這い蹲って肩で息をしていたサイゾーが立ち上がったところで、今日の訓練は終了となった。


「ねぇ、善人。あれなら竜でも瞬殺するんじゃない?」

「かもな……あと数か月経った時、サイゾーは勇者と呼ばれているか、それとも魔王と呼ばれているか……」

「あたしは、魔王一択だと思うけど」

「同感だ」

「てか、もう一つのグループは何してんの? また兵士と揉めてるとか?」

「分らん、宿舎かもしれないから見に行くか」


 宿舎を覗きに行くと、宇田達のリア充グループは既に訓練を終えて部屋に戻っていた。

 女子達は水浴びも終えて、風属性の魔法が使える者がみんなの髪を乾かしていた。


「おっと、治癒魔法の使い手は梶原か」


 委員長タイプの宮間と活発な梶原だと、宮間の方が治癒魔法の使い手っぽかったが、ベッドに腰を下ろした女子の膝の擦り傷を癒しているのは梶原の方だった。

 傷が残らないようにしているのか、ジックリと時間を掛けて治療しているように見える。


 梶原が五分程両手をかざしていると、膝の擦り傷は綺麗に消えた。

 日本にいた頃は、どちらかと言うと脳筋で大雑把な性格かと思っていたが、意外にも繊細なタイプなのかもしれない。


 逆に宮間は教室ではおしとやかに見えたのだが、ベッドの上で口をポカーンと開けて大の字で寝転んでいる。

 結構男子の間では人気があるのだが、この姿を見たら百年の恋も冷めるかもしれない。


 こちら側の訓練の様子は見ていないので、どの程度の実力か分からないのだが、前回訪れた時と同様の緩さ感じる。


「ねぇ、善人。こっちの連中の実力も見ておいた方がいいんじゃない?」

「そうだな、明日はこっちのグループの訓練でも見ておくか」


 女王アルフェーリアが実戦訓練を計画しているのに、実力が伴っていなければ怪我人や最悪死人を出す可能性もある。

 訓練を見物して実力を把握しておいた方が良いかもしれない。

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