第30話 ゲスモブ、予防線を張る

 城に戻った直後、クラスメイト達の様子を見に行くと、地下牢からいなくなっていた。


「いないぞ、どこに連れていかれたんだ?」

「まさか、処刑されてないよね?」


 俺の左腕を抱えて、清夏が震えている。


「ないない、やったら自分の命が危なくなるんだぜ。あの自分大好きな厚化粧ババアが、そんなヤバい賭けに出る訳ないだろう」

「それもそっか……そうだよね」


 わざと明るく言ってやると、清夏はほぉっと息をついて体の緊張を解いた。


「兵士が使っていた部屋かな」

「兵士って、みんなに酷いことをした奴ら?」

「あぁ、サクっと始末したから、捕まってる全員分の空きがあるはずだ」


 これまでに、俺が殺害した兵士は全部で十七人。

 クラスメイト達に一人二部屋与えても部屋が余る計算だ。


 階段を上って宿舎の二階に出ると、廊下の途中に兵士が二人、向かい合わせで椅子に座っていた。

 近くに置かれた小さな机の上には、手枷と鎖が置かれている。


「この奥みたいだな」

「中って、どうなってるの?」

「ちょっとマシな独房みたいな感じだな」

「地下牢よりはマシなんだよね?」

「あれに比べりゃ天国だろう」


 アイテムボックスでドアを通り抜けて部屋に入ると、那珂川博士がベッドの上で膝を抱えて座っていた。

 染めていない木綿の簡素なシャツとズボンを身に着けている。


 布団、枕、毛布などの寝具も揃っているようだし、タンスを覗くと着替えの下着も与えられているようだ。

 地下牢で見た時には、危ない表情で自慰行為に耽っていたから精神に異常をきたしているかもと危ぶんだが、今は落ち着いているようだ。


 ただし、視線は虚ろで表情に生気が感じられない。

 時折、ドアに視線を向ける時だけ表情が動くが、それはまた部屋から引きずり出されて、兵士達に凌辱されるのではと恐れているようにも見える。


「ねぇ、他の人……坂口がどうなったか知りたい」

「おぅ、そうだな」


 一番肉体的にも精神的にも酷かった坂口を探して移動したのだが、部屋を出る直前にふと振り返ると、那珂川が恍惚とした笑みを浮かべていた。

 目が完全に逝ってるように見えて、背筋がゾッとした。


 クラスでも一番の秀才だったから、こちらでの生活に堪えられなかったのかもしれない。


「那珂川もヤバそうだ」

「うん、壊れちゃってる気がする」


 どうやら清夏の目にも、今の那珂川はヤバそうに映っているようだ。

 部屋を移動すると、殆どの者がドアから一番離れた部屋の隅で膝を抱えて震えていた。


 待遇がいきなり良くなった理由を聞かされていないなら、また今夜も凌辱されるのではと恐れているのだろう。

 そんなクラスメイトの中で、坂口だけが毛布に包まって寝息を立てていた。


「治療は……されたのか?」

「分からないけど、地下牢で見た時よりはまともそうには見えるね」


 確かに、地下牢で見た坂口は、まるで壊れたマネキンのように見えた。

 狭い寝台に全裸で横たわり、ガラス玉のように焦点の合わない目で天井を見上げていた。


 あの状態に比べれば健康そうには見えるが、それはあくまでも外見に関してで、内面の状態までは窺い知ることが出来ない。


「ねぇ善人、坂口達が妊娠してたらどうする?」

「どうするって、どうにもできないだろう」

「あたし、とんでもないことを思いついちゃったんだけど……」

「とんでもないこと?」


 清夏のためらいがちな口ぶりに、なんだか凄く嫌な予感がする。


「このアイテムボックスで人とすれ違うと、体の中が丸見えになるじゃない?」

「ばっ、馬鹿言うなよ。俺に中絶手術をしろって言うのか?」

「だって、あんな奴らの子供を産まされるなんて堪えられないでしょ」

「そうだけど……そんな事をやったら母体にも悪影響が出るんじゃないの?」

「そこは、宮間か梶原に治癒魔法を掛けさせれば大丈夫じゃない?」

「まぁ、そうかもしれないけど……」


 確かに清夏の言う通り、アイテムボックスで人体をすり抜けると体の中身が見えてグロいことになっている。

 あれを応用すれば、妊娠しているかどうか目で見て判断出来るし、窓を開けて胎児を取り出してしまうことも可能だ。


 ただし、実際の中絶手術では、どのような処置が行われるのかも知らないし、母体にどのような影響が出て、どんな予防措置が必要なのか全くと言ってよいほど知識がない。

 それに、まだ治癒魔法の使い手が、どの程度の治療が出来るのか分かっていない。


「治癒魔法ってさ、切り傷とか表面的な傷は癒せても、内臓などの不調を治すのは大変そうなイメージがあるんだよな。実際、宮間か梶原が、どの程度の治癒魔法を使えるのか知らないと話にならないし、それでも本人を命の危険に晒すことになるぞ」

「うん、だから他に安全な中絶方法があるなら、そっちの方法でやるとして、最後の手段として考えるだけは考えておいた方が良いんじゃない?」

「まぁ、考えてはみるけど、正直あんまりやりたくはないな。まずは治癒魔法を使える奴が、体内の大出血とかにも対応できるかどうか。それと、本人の意思を確かめる必要があるだろうな」

「そうだね、本人がどうしたいか聞いてからだね」


 どうにか清夏も納得したようだが、正直に言ってやりたくない。

 失敗して死んだり後遺症が残ったら……と考えてしまうからだ。


 妊娠していないでくれと思うのだが、全く避妊もせずにあれだけの回数犯されたら、していない可能性の方が低い気がする。

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