第29話 ゲスモブ、新たな移動法を試す
サイゾーと別れた後で、分離したアイテムボックスに残しておいた清夏と合流した。
「ねぇ、どうして私の事を話さなかったの?」
「話した方が良いかどうか判断が出来なかったからだ。清夏の存在を知れば、利用しようとするかもしれないし、それが良い方向に働くかどうか分からないからな」
清夏を置いてゆけなんて言われないだろうが、俺の生活レベルを維持するためには必要不可欠な存在になっている。
実際、清夏がいなくなったら、トイレの後に尻を拭く紙にも困るのだ。
「そっか、でもバンバン浄化した方が私の能力は上がるんじゃないの?」
「そうだけど、一人だけ自由に動いていると知られたら、妬まれたりしないか?」
「あぁ……あっちに残って無事だったのは私だけだもんね」
「まぁ、それをグダグダ言う奴がいたら、日本に帰れるようになっても置き去りにしてやるよ」
「善人……」
「心配すんな、ここにいる限りは誰にも手出しさせねぇ」
勘違いした清夏が腕にしがみついて来たが、この俺だけの浄化マシーンは誰かに譲るつもりはない。
「この後、どうする……?」
「ちょっと、宇田達の様子も見ておきたい」
「それと治癒魔法の使い手だね」
召喚された直後、鑑定場所に近づくのが遅れたせいで、誰が治癒魔法の持ち主なのか分からない。
欲を言えば、こちらに引き込んでしまいたいのだが、戦闘を行う連中から治癒魔法を取り上げてしまったら、間違いなく死亡する確率が上がるだろう。
「うわっ、何これ……もしかして男女同室なの?」
「いかにも兵舎って作りだな」
宇田達リア充グループが使っている宿舎は、学校の教室程度の広さの部屋に二段ベッドが手前から二台、二台、三台の三列に並べられていた。
奥の三台並べた二段ベッドには、シーツらしき布が張られていて、その向こう側を覗けないようにしてある。
手前の四台のベッドが男子用、奥の三台が女子用らしい。
ここで男子七人、女子六人が共同生活をしているようだ。
「隣に空き部屋あるよな?」
「あれじゃないの? こっちの兵士に何かされないように、男子が盾になってる……みたいな?」
「あぁ、でもその盾になるはずの男が狼に……なんてなりかねないんじゃね?」
「うん、でも大丈夫でしょう、魔法使えるし」
「なるほど、魔法使って抵抗されたら洒落にならないか」
こちらのグループの女子は、治癒魔法を使える者を除けば戦闘力の高い魔法が使える者達だ。
サイゾークラスの魔法は使えなくても、十分に殺傷力のある魔法を使えるはずだ。
「てか、こいつら修学旅行のノリじゃね?」
「それは仕方ないんじゃないの? こんな状況だし、もうスマホも電池切れだろうし」
「それもそうか……」
女子は女子で集まり、男子は男子で集まって、とりとめのない話をダラダラと続けている感じだ。
「それで、治癒魔法を使えるのって誰だ?」
「確か、宮間か梶原だったけど……」
「タイプとしては宮間っぽいけどな」
宮間由紀は、いわゆる委員長タイプの女子で、確か美術部に所属していたはずだ。
少しウェーブのかかった栗色の髪は、染めている訳ではなく地毛らしい。
一方の梶原琴音は、陸上部所属のいわゆる体育会系女子だ。
髪はベリーショートで、クルクルと動く大きな瞳がいかにも活発そうだ。
大抵の異世界もののアニメやラノベだと、委員長タイプの女子が光属性とかを引き当てて聖女様なんて呼ばれたりする。
そのパターンから考えると、宮間が治癒魔法の使い手である可能性が高いのだが確証が持てない。
「さて、どうやって確かめたもんかなぁ」
「明日から訓練を再開するって言ってたよね。明日になれば分るんじゃない?」
「それもそうか」
「てゆっか、城に戻る馬車が無かったら帰れないよね?」
「いや、ちょっと試してみたい移動法があって、それが上手くいけば城との往復は簡単に出来るようになるはず」
「マジで? それやってみようよ」
「でも、失敗したら野宿する羽目になるかもしれないぞ」
「別にいいじゃん。この中だったら野宿したって雨に降られたり、虫に刺されたりする心配も要らないでしょ」
「それもそうだな。よし、ちょっと試してみっか」
試してみるのは、アイテムボックスの中に入った状態での瞬間移動だ。
最初に試した時には、俺と清夏が中に入った状態では7メートルほどしか移動出来なかった。
その後、街に出掛けたりして訓練を重ねているが、それでも移動距離は50メートルに届いていない。
「あれの連続じゃ、城まで帰るのに時間掛からない?」
「掛かるだろうな。だから少しやり方を変えてみる」
「どう変えるの?」
「外の風景を見えない状態にしてから移動する」
アイテムボックスの中からは、外の風景を見られるし、音を聞くことも出来る。
逆に、外からは内部の様子は全く窺い知ることが出来ない。
これは、アイテムボックスとはそういう物なのだと俺が思い込んでいるからだ。
そして、俺が想像するアイテムボックスを実現するために必要な魔力が使われているようだ。
「たぶん、外の風景が見えたままで瞬間移動をすると、映像とか音とかの繋がりを外部と持たなければならないから余分な魔力を使うんだと思う」
「なるほど、その繋がりを遮断してしまえば、少ない魔力で遠くまで移動出来るようになる……ってことね?」
「真っ暗になるから、掴まってろ」
「うん……」
清夏が俺の左腕にしがみ付いてきて、胸の感触に気が散りそうになったが、集中し直して新たな移動法を試してみた。
一瞬の暗転の直後、宿舎の女子を覗いていた光景が夕暮れの田舎道へ変わった。
「よしっ!」
「えっ、ここどこ?」
「馬車で訓練場に向かう途中で記憶しておいた場所だ。あと二、三回で城まで戻れる」
「凄い! やったね善人」
「任せろ、このまま城まで戻るぞ!」
「うん!」
まだ使い始めたばかりなので、余裕を持たせて三回の瞬間移動で城まで戻った。
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