第26話 ゲスモブ、要望書を出す

 最後に浄化を行ったのは、一番状態が酷そうに見えた坂口だった。

 独房内部の清潔度は目に見えて上がったが、体の傷は全く治っていなかった。


「善人、やっぱり治療を要求しようよ。あれじゃ酷すぎる」

「だな、もう少しまともな生活環境かと思っていたが、あれじゃあ酷すぎだ」


 俺達は、クラスメイトの生活状況改善を求める書面を作るべく、女王アルフェーリアが暮すエリアへと向かった。

 ここで紙とペンを勝手に拝借して、要望書というなの脅迫状を出すつもりだが、匙加減が難しい。


「うーん……どこまで要求すべきかな?」

「こっちが手を出せば、全員を処刑しろ……みたいに言ってたよね」

「厚化粧ババアにしても、これ以上兵力を無駄には出来ないが、調子に乗って付け上がられるのも面倒だと考えているんだろうな」

「ねぇ、こういうのはどうかな? 皆の生活環境改善されない場合は、討伐組に知らせる……っていうのは?」」

「なるほど、奴らの目的は竜を討伐して、不老不死の力を得るのと金儲けだから、討伐組が反旗を翻すと困るな」

「でしょ? 善人一人を相手するのも大変なのに、そこに討伐に協力するはずだった皆まで加われば、自分の命の心配をしなきゃいけなくなるんじゃない?」


 坂口達の状況を耳にすれば、討伐組の反発は間違いないだろうし、サイゾー辺りは強硬手段に出るかもしれない。

 こちらの連中に比べると、桁違いに強力な魔法を使える連中が敵に回れば、どれほど面倒な事になるのか、厚化粧の女王だって理解しているだろう。


「要望書にはそう書き添えるとして、実際に連絡が取れるかどうかが問題だな」

「要求するためだけなら、別に本当に知らせなくても良いんじゃない?」

「そうだけど、実際に連絡出来た方が良いだろう? それに、確か治癒魔法が使える奴がいたよな?」

「えっと……宮間か梶原?」

「なんで疑問形なんだ?」

「んー、あんま仲良くないつーか……」

「あぁ、二人とも優等生っぽいもんな」


 宮間由紀と梶原琴音は、二人ともいわゆる優等生タイプで、リア充グループの中心メンバーだ。

 黒ギャルだった清夏とは、対照的なタイプだから馬は合わなそうだ。


 そう言うと、清夏は不満そうに頬を膨らませてみせた。


「どうせ、あたしは優等生じゃないですよ」

「ふふん……俺もだ」

「だよねぇ」


 機嫌を直した清夏が、ギュッと抱き付いてくる。

 こいつ、けっこうチョロいぞ……俺もだが。


「あいつらは討伐組に加わってるんだよな?」

「そうだよ。こっちに残っていたら……」

「まぁ、そうだよな。うーん……やっぱり、連絡を取れるようにしておきたいな」

「そうね、あたしは浄化は出来ても治療は無理だからね」


 正直にいえば、清夏が傷の治療が出来る可能性はゼロではないと思っている。

 浄化の魔法は、汚物を消去してしまう魔法だから、傷を汚物と認定すれば消せる可能性はある。


 あるけれども、傷口ごとゴソっと無くなって、もっと酷い状態にならないとも限らないから、そこは本職の治癒魔法を使える連中に任せた方が良いだろう。


「宮間か梶原か、どっちか分からないけど、坂口達を完璧に治療させて、あたしが恨みとかマイナスの感情を浄化すれば良くない?」

「そうかもしれないけど、そんな上手くいくか?」

「それは、やってみなきゃ分からないでしょ」

「まぁな、それが坂口達にとっては最善なのかもしれないけど、清夏が感情を浄化する前に、謝罪とか処罰とかが行われて、それに納得してからの方が良くね?」

「あぁ、そうね、うん、その方がいいわね」


 謝罪や処分が行われる前に、恨みとか憎しみを消してしまったら、本当の意味での贖罪がなされなくなってしまう気がする。

 それと、俺個人の意見では、体の傷を治して心を浄化したら、はい元通り……とするのには抵抗がある。


 確かに綺麗な体と心を取り戻せるのかもしれないが、それは本当に本人なのかという疑念を感じる。

 ゲームのようにリセット出来てしまったら、それは別人ではなかろうか。


 女王の居室近くにある執務室で、紙とペンとインクを手に入れて、クラスメイトの待遇改善を求める書面を作った。


「体に残った傷を治療すること、まともな服を用意すること、まともな部屋を用意すること……こんなものか?」

「そうだね、あとは討伐組との連絡」

「要求が受け入れられない場合には、邪竜討伐組と連絡を取り反乱を起こす……」

「反乱は過激じゃない? かえって警戒されない?」

「じゃあ、連絡を取るまでか」


 三枚ほど失敗して、四枚目に出来上がった要望書を持って女王の居室を訪れた。

 勿論、俺達はアイテムボックスに入ったままだから、警備の兵士にも気付かれない。


 居室に入ると、女王は兵士から報告を受けている所だったが、何だか機嫌が悪そうだ。


「馬鹿者が! こちらの状況など奴らには伝わらないのだから、なんで悟られかねない対応するのだ。ただちに担当者を変えろ!」

「はっ、申し訳ございません」

「それで、あの反抗的なデブはどうした?」

「相変わらず要求は多いですが、訓練には黙々と取り組んでおります」

「魔法の威力は?」

「正直、恐ろしくなります。サイゾーだけでなく、行動を共にしている八人全員が兵士十人以上の攻撃能力を有しています」


 どうやら、この兵士は討伐組に関する報告に来た者のようだ。

 おそらくサイゾーとヤンキーグループなのだろう、訓練の成果が上がっていると聞いて女王は表情を緩めた。


「ほぅ、それほどか……よし、そろそろ実戦に出せ。そうだな……ボルゲーゼの森にでも連れて行くが良い」

「えっ、あそこはオークが頻繁に目撃されている森ですが……」

「オーク程度を殺せないで、竜を仕留められるものか。そうだな……その二つのグループに戦果を競わせ、勝った方の待遇を良くしろ。食事とか、宿舎とか、女とか……好きなものを与えるが良い」

「はっ、かしこまりました!」


 兵士が敬礼すると、女王は興味を失ったように目を閉じて、野良犬でも追い払うように手を振ってみせた。

 兵士はこめかみの辺りに苛付きをみせつつも、踵を返して部屋を出ていく。


 女王アルフェーリアが目元を押さえて溜息をついている間に、テーブルの上に要望書を滑らせ、俺達は兵士の後を追った。

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