第23話 ドMショタ、不満を抱く

※ 今回はクラスメイトの一人、那珂川博士なかがわひろし目線の話です。


博士はかせ……博士……」

「なに? 羽田君……」


 一緒に囚われている羽田尚人はたなおとが、隣の独房から話し掛けて来るのが鬱陶しい。


「何が起こったんだろう?」

「分からないけど、休める時には休んでおいた方がいいよ」

「博士にも分からない事があるんだ……」

「分からない事だらけだよ……それより、休みたいから話し掛けないで」

「ごめん……でも不安なんだよ。僕ら、どうなっちゃうんだろう……ねぇ……」


 結構冷たく突き放しても、羽田はウジウジと話し掛けてくる。

 今は自分の感情を持て余しているので、本当に鬱陶しい。


 そこで、羽田に話し掛けられる『鬱陶しい』という感覚を『気にならない』という感覚に切り替える。

 すると今まで耳障りでイライラしていた羽田の声は、鳥のさえずりや川の水音、遠くを走る車の音のように気にならなくなった。


 羽田への鬱陶しさは消えたが、胸の中で渦巻いている別の不満は消えていない。

 際限なく続くかと思っていた兵士達による僕らへの凌辱行為は、突然起こった騒ぎによって中断された。


 詳しいことは分からないが、犯人も手口も分からないまま、複数の兵士が殺害されたらしい。

 行為は中断され、僕らは首輪を嵌められたまま独房に戻されて今に至っている。


 僕こと那珂川博士ひろしは、小柄な両親の血を受け継いで、幼稚園の頃からクラスでは一番身長が低かった。

 運動しても筋肉がつきにくい体質なのか高校生になってからも、中学生どころか小学生と間違えられることさえあったほどだ。


 だが、大学教授をしている父からは優秀な頭脳も受け継いだらしく、特別に努力をしなくても学校の成績は常にトップ、博士はかせというあだ名で呼ばれるようになった。

 おかげで試験の度に、赤点取らずに済むポイントを教えてやるだけで、ヤンキー共からは使える奴として認定されイジメの対象とされずに済んだ。

 

 こちらの世界に召喚された時にも、一番最初に考えたのは自分の身をどうやって守るかだった。

 手に入れた魔法は『感覚変換』で、例えばからいという感覚を甘いという感覚に変換することが出来る。


 苦痛を快感にするなんて事も出来るが、効果は自分のみで他人には作用させられない。

 それに苦痛を軽減出来ても、怪我が治る訳でもなく、疲労が回復する訳でもなく、とても戦闘の役に立つとは思えなかった。


 邪竜の討伐に参加するグループと城に残って仕事を探すグループに分かれる時、僕は迷うことなく居残りを決めた。

 オタクのデブがはしゃいでくれたおかげで、最悪の扱いは受けずに済みそうだったのも居残りを決めた理由の一つだったのだが、その見極めは甘かった。


 居残りを決めた男子二名と女子が五名は、その晩のうちに兵士達の慰み者とされた。

 まさか、男の自分まで性的虐待の対象とされるなんて考えてもいなかった。


 容赦の無い凌辱行為は激痛をもたらした、それに耐えるために僕は感覚変換の魔法を利用した。

 魔法の使用を制限する首輪を付けられていて、外部に作用する魔法は使えなかったが、身体の内部に作用する魔法は問題なく使えた。


 そして、想像もしていなかった事態に混乱し、激しい痛みから逃れたいという思いからだろうが、僕は苦痛を快楽とする選択してしまった。

 直後に強烈な性的快感に体を貫かれ、僕は射精した。


 その瞬間、僕はドMの性癖に目覚めてしまったのだ。

 苦痛は悦楽となり、悲鳴をあげる自分に酔い、何度も射精した。


 そんな僕を兵士達は面白がり、更に行為はエスカレートし、僕は倒錯の泥沼へと沈んだ。

 その行為が突然中断されたのだから、僕が不満を抱えるのは当然だろう。


 ただし、僕らがこの環境から解放される時の事も考えておかねばならない。

 ここの連中は僕らを使い潰すつもりのようだったが、それを阻止しようという者が現れたのだ。


 初日に脱走した女子も掴まっていないようだし、解放される可能性がゼロから大幅に増えている感じがする。

 もし解放されたなら、僕は凌辱を望む変態ではなく、以前と同様に理性的で優秀な人物だと認められなければならない。


 目覚めた性癖を知られた上に、日本に帰還出来てしまったら、どんな扱いを受けるか分かったものではない。

 僕がドMに目覚めた事は、決して気付かれてはいけないのだ。


 今も僕の体には凌辱の痕跡が残り、ジクジクとした痛みを発し続けている。

 感覚変換すれば、性的な快感に変える事も可能だが、この程度の痛みでは全く足りない。


 体を引き裂かれるような激痛、死を感じるほどの息苦しさ、それらをダイレクトに感じるのと快楽への変換を行為の最中に何度も切り替える。

 マイナスの極振れからプラスの極振れが生み出す凄まじい悦楽は、拷問と呼ぶべき凌辱行為でしか得られない。


 僕が、そんな行為を心待ちにしている変態だとは、決して気付かれる訳にはいかない。

 だから、今の安寧を喜んでも、不満をもらしてはいけないのだ。


「あぁ、そうか……焦らしプレイと考えればいいのか……」

「博士? なにか言った……?」


 危ない……こちらの世界に来て以来、独房生活だからつい独り言が多くなってしまう。

 余計な事を口にして、性癖を悟られたりしたら大変だ。


「体が痛いって言っただけ……」

「だよね……もうトイレに行くだけで辛くて……うぅぅ……」


 羽田の嗚咽は、僕の右耳から入って頭を素通りして左の耳へと抜けていく。

 何を言ってるんだ、あの排泄の痛みが気持ち良いんじゃないか……なんて言葉は漏らすわけにはいかない。


 僕は可哀そうな被害者だと、頭の中で繰り返しながら独房の薄汚い寝台に身を横たえた。

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