第21話 ゲスモブ、殺戮者となる

 清夏を救い出した時に一度、待遇改善の脅迫状を置きに一度、合計二度訪れただけで一部のクラスメイトが囚われている宿舎には寄り付かなかった。

 理由はいくつかあるが、要するに俺が負い目を感じていたからだ。


 自分はさっさと安全なアイテムボックスの中に引きこもり、そこから高みの見物を続けてきた。

 実際、一度も危険を感じるような状況になっていないし、日本に帰れない事を除けば殆ど不自由していない。


 着るものもある、食事もパクってる、アイテムボックスの中に住んでいれば安全だ。

 兵士に凌辱の限りを尽くされているクラスメイトから見れば、俺はあまりにも恵まれている。


 邪竜の討伐に駆り出された連中が、その後どうなっているのか知らないが、少なくとも俺よりも過酷な状況にいるのは間違いないだろう。

 まぁ、サイゾーやヤンキーの徳田とかは、正当な扱いを要求して勝ち取っていそうだな。


 とにかく俺は恵まれているし、ぶっちゃけ囚われている連中なんて知ったこっちゃないと思っていたのだが、助けてやりたいという気持ちが強くなってきているのだ。

 その一方で、兵士を殺して脅すなんて方法ではなく、もっと平和的な解決方法を探るべきだ……なんて考えが芽生え始めている。


 明らかに変だ。こんな考えは、俺らしくない。

 その理由を考えた時に、行き着いたのが清夏の魔法による浄化だった。


 もしかすると、俺の腐った性根まで浄化されつつあるのではないだろうか。

 性根が腐りきっているから完全ではないだけで、いずれは浄化されてしまうのではないか。


 このままだと、俺は気持ちの悪い善人面した人間になってしまいかねない。

 自分で言うのも何だが、俺は善人よしひとという名前に相応しくないゲスだ。


 この世の中は自己責任、他人は助けちゃくれないし、他人を助ける義理も無いというのが俺のモットーだった。

 それなのに、クラスメイト助けたいとか、平和的な解決なんて考え始めているのが無性に気持ち悪いのだ。


 だから確かめに行く。

 確かめに行って、相変わらずクラスメイトの待遇が改善されていないなら、まとめて数人兵士をぶっ殺すつもりだ。


 下手をすると人としての倫理観がぶっ壊れてしまうかもしれないが、今の自分が自分でないような気持ち悪さよりはマシなはずだ。


「じゃあ、清夏はここで待っていてくれ」

「善人、無理しないでね」

「心配すんな、アイテムボックスの中にいれば見つかる心配は無いからな」


 明かりの灯っている庭園に清夏を残して、分割したアイテムボックスで移動する。

 ここ数日で、また容量が増えているし、歩かずにスムーズに移動できるようになった。


 まだ日本に戻れるほどレベルアップしていないが、この短期間での上達振りから考えれば希望は持てる。

 手元には、以前武器庫から盗んできたスティレットとは別に、調理場から持ち出して来た包丁がある。


 綺麗に手入れしていた調理人には悪いが、素晴らしい切れ味なので使わせてもらうつもりだ。

 兵士の宿舎へ近付くと、悲鳴が聞こえてきた。


 クラスメイト達は、相変わらず非人道的な扱いを受けているようだ。

 パンツ一丁の兵士が順番待ちしている部屋へと壁を抜けて入ると、クラスの女子の中で一番小柄だった坂口が三人掛かりで凌辱されていた。


「もぅ止めて……きもちくない……痛いよぉ……」


 体毛の濃い太った兵士が、小柄な坂口をベッドに抑え込み、汚いケツを振っていた。

 そう言えば、前回脅迫状を残すために殺した兵士が犯していたのも坂口だった気がする。


 俺は邪な行為に夢中になっている兵士に近づき、アイテムボックスから包丁だけを突き出して、喉笛を右から左へと突き刺した。


「ヒャォ──……」


 少しだけ返り血を浴びてしまったが、笛みたいな音を立てた喉を押さえて兵士が動きを止めた時には、もうアイテムボックスの入り口は閉じていた。


「やぁぁぁぁぁ……いやぁぁぁぁぁ!」


 血飛沫を浴びた坂口が狂ったように叫んで、ようやく近くで下品な笑みを浮かべていた兵士は事態に気付いたが、何が起こったのか分からずにオロオロするばかりだ。

 そして廊下に出ると、順番待ちをしている兵士達は全く事態に気付いていなかった。


 坂口が、あれほどの悲鳴を上げても、それが当り前だと思っていやがるのだろう。

 一番近くにいた兵士の喉をさっきと同じ要領で切り裂く。


「あがぁ……ごぶっ……」


 喉を突かれた兵士は、咄嗟に傷口を手で押さえたが、溢れ出る血飛沫と漏れる空気を止められない。


「おいっ、どうした?」

「かはっ……ごふぅ……」


 隣にいて血飛沫を浴びた兵士が驚いて声を掛けるが、喉を突かれた兵士はまともに喋ることも出来ない。

 血塗れになりながら座り込んだ兵士に注意が向いた所で、別の兵士の喉を突いた。


 素早く突き刺し、素早く引き抜く。

 三人目、四人目、五人目……宿舎の中を回りながら、馬鹿面を下げている兵士を見つけたら、手当たり次第に喉を突いて回った。


 調理場から持ち出してきた包丁が、血脂で切れ味が鈍った所で宿舎を出た。

 それこそハチの巣を突いたどころではない騒ぎになっていたが、そのまま清夏の所へ戻った。


「悪い、すぐ浄化してくれ」

「うん、クリーン!」


 たぶん、これまでで一番強力な浄化の魔法が発動して、血脂に曇っていた包丁は剣呑な光を取り戻した。

 俺の体にこびり付いていた返り血やその臭いも、綺麗さっぱり無くなっている。


「疲れた……今夜はもう休もう」

「ねぇ、大丈夫?」

「あぁ、害虫を叩き潰しただけだ……」


 言葉とは裏腹に、俺は心の中が更に不安定になった気がしていた。

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