第18話 オタデブ、リア充を突き放す

※ 今回は桂木才蔵目線の話となります。


「ぶへぇ……ぶへぇ……うぇぇぇ……」

「どうしたサイゾー、もうヘバっちまったのかぁ?」

「うるへぇ……まだだ……」


 訓練場の外周をゲロを吐き散らしながら走る……いや、歩くのと変わらない速度でノタノタと走っているつもりになっているだけだ。

 なんでこんなに無様な姿を晒しているのかと言えば、動けなかったら死ぬという自覚があるからだ。


 こちらの世界に召喚されて以後、僕は念願の異世界生活を満喫するために色々とハッタリをかまし続けている。

 当然、反感を買っている自覚もある。


 幸い魔法の適正に関しては、一緒に召喚された連中の中では抜けた存在であるとアピールできているが、それもいつまで続くか分からない。

 それに、邪竜だとか魔物だとかを討伐しに行くのであれば、動けなければ死ぬ可能性が跳ね上がる。


 攻撃は魔法で行うにしても、まずは躱す、逃げるために動ける身体が欲しい。

 そこで、魔法の指導をする代わりに、徳田にフィジカルコンディション作りの指導を頼んだのだ。


 徳田は総合格闘技のガチ勢なので、身体を維持するためのトレーニングを欠かしていない。

 常に戦える身体を維持している点をくすぐってやれば、徳田は喜んで指導を買って出てくれた。


 これには、前日の魔法指導も影響している。

 徳田が得た魔法は風属性で、魔力値は1800メーテ。


 僕よりも魔力値は500メーテぐらい低いが、それでも現地の者からすれば化け物レベルだ。

 ただし、これまで己の肉体を使って戦うことに特化してきた徳田は、魔法を使うというセンスが絶望的に欠けていた。


「ちっ、大型扇風機にしかならねぇなら役に立たねぇ……」

「そんなことはないよ。風には見えないという強みがある。見えるものは避けられるけど、見えないものは避けようがない。例えば、圧縮した空気を目玉に吹き付けられたらどうなる?」

「目潰しか!」

「ヒデキにはズバ抜けた格闘センスがある。ちょっと相手の態勢を崩す、視界を奪う、スキを作るだけで接近戦なら無敵でしょ」

「なるほど……武器は使い方次第って訳だな」


 実際、ほんの少しの魔法の補助を得るだけで、徳田の凶悪さは格段に上がった。

 ただでさえ身体能力が高いのに、魔法を使えば届かない位置から打撃を当てられ、相手の魔法は撃ち落とせる。


 アドバイスを取り入れるだけで簡単に戦闘能力が上がると知り、徳田は僕を有能なトレーナーだと認識したようだ。

 こうしてフィジカルトレーニングに付き合っているのも、僕が欠くことの出来ない存在だと思っているからだろう。


 無様な姿を晒しているのには、別の理由もある。

 それは、僕らを監視している連中に対するアリバイ作りだ。


 今の僕らは、邪竜とやらを討伐するのに役に立つと思われているから、多少のワガママを言おうと許されている。

 これが口先だけで何の役にも立たないとなれば、当然態度を変えてくるだろう。


 勿論、敵対し危害を加えてくるならば、こちらとしても容赦なく反撃するつもりだが、やらなくても良い争いまでするつもりは無い。

 強力な魔法を使え、邪竜討伐に向けて準備を進めていると思わせておけば、少なくとも攻撃されることはないだろう。


「よーし、サイゾー。今日はここまでだ、ナイスファイト!」


 予定していた周回を終えた所で徳田がストップを掛けてきたが、追加の一周に踏み出す。


「もう一周……」

「駄目だ、駄目だ、手前の体は根本的に鈍りきってやがるんだ。これ以上やったところで怪我するだけで意味はねぇ。その根性は認めるが、今日はここまでだ」

「分かった……情けねぇ……」

「なぁに、心配すんな。すぐに俺がバッキバキに鍛えてやっからよ」

「だな……じゃないと、最強の戦士に置いていかれちまうからな」

「おぅよ、最強の戦士と最強の魔法使いでこの世界を牛耳ってやるんだ、遅れんじゃねぇぞ」

「かぁ……きっついぜ」

「うはははは……」


 ヤンキーのグループは、外の人間に対しては誰彼かまわず敵意を向けるが、身内になってしまうと思った以上に居心地が良い。

 魔法を使った戦闘力、魔法に関する指導力、そして兵士に対する交渉力を発揮しているから必要だと、守るべき存在だと思われているようだ。


 だが、逆に敵意を向けてくる連中もいる。


「桂木、ちょっといいか?」


 井戸で顔を洗って宿舎に戻ろうとしたら、リア充グループの宇田に呼び止められた。

 サッカー部の点取り屋で、頭は少々悪いが陽キャでグループの中心的な存在だ。


 この訓練場へ来た時に、ヤンキーグループとリア充グループは別の宿舎にしてもらっている。


「何か用か?」

「あぁ、もう少し兵士に対する態度を改めてくれ」

「必要無いな……」

「ふざけんなよ! 手前のせいで俺達まで反感買ってんだぞ!」

「よせ、浩二……」


 掴み掛かってきた佐久間はサッカー部のディフェンダーで、金魚のフンのようにいつも宇田と一緒にいる。

 もう一人、僕を見下すように薄ら笑いを浮かべている田沼は野球部所属で、この三人がリア充グループの中心メンバーだ。


「お前ら馬鹿だろう……」

「なんだと、手前ぇ!」

「僕が兵士たちのヘイトを引き付けてやってるんだ。上手く取り入って待遇改善させろよ。そっちの方が女子が多いんだから、もっとシッカリやれよ。僕が目立ってる意味が無いだろう」

「お前……」


 驚いた佐久間の手が緩んだのを見て、手荒く振りほどいて突き飛ばす。


「兵士どもに、僕らとお前らは仲間じゃない、僕らは扱いにくく、そっちはまともに話が出来る集団だと思い込ませろ。その上で、やる事はやる、その代わりに正当な待遇を要求しろ。ちょっとは頭使えよ、脳筋どもが……」

「すまん、そんな事まで考えていたと思わなくて……」

「馬鹿が! お前、何を聞いてやがったんだよ。僕らが仲間じゃ駄目だって言ったばかりだろうが! どこに兵士の目が光ってるか分からないんだぞ。なに慣れ合おうとしてんだ。もう一回言うぞ、僕らは仲間じゃないと思って振る舞え、ばーか!」


 兵士に聞かれても大丈夫なように、日本語で罵ってから三人との間に魔法を使って炎の線を引く。


「頭使えよ、聞かれてもいいように日本語で、罵るように話を伝えろ。シッカリ女子を守りやがれよ、馬鹿野郎ども!」

「う、うるせぇ、そっちこそ兵士にやられんじゃねぇぞ」

「ちゃんと待遇改善は要求しろよ! 環境変わって精神的に落ち込む奴もいるはずだからケアも忘れんなよ」

「そんな事まで思いつかなかったよ! ありがとうな!」


 お互いに罵倒し合うように用件を伝え合い、僕らは背を向けて別々の宿舎へと歩き出した。

 勿論、そんな思惑があって兵士と敵対している訳ではない。


 単に舐められたくないし、やりたいようにやっているだけだ。

 リア充グループに入らないもの、こんな感じで上から目線で正論を押し付けてくるからだ。


 物凄い魔法を手に入れたのに、決まりを守って良い子ちゃんで生活するなんて、馬鹿馬鹿しくてやってられるか。

 僕は、徳田たちと楽しく異世界で遊ばせてもらうよ。

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