第15話 ゲスモブ、異世界の風習に触れる

「ねぇ、ここって女王がいる街なんだから王都なのよね?」

「たぶんな……でもまぁ、こんなものなんじゃねぇの」


 異世界に召喚されたら、街は中世ヨーロッパだろう……なんて勝手に思い込んでいたが、思っていたよりも発展していない。

 ヨーロッパというよりも、中東あたりのバザールみたいな雰囲気だ。


 馬車は行き交っているが、当然自動車は見当たらない。

 店員の売り声とか、街を歩く人のざわめきは聞こえてくるが、東京の繁華街のような音楽は聞こえないし、勿論電子音は全く聞こえない。


「良く言うならエキゾチック?」

「悪く言うなら薄汚いな」


 こちらの世界の服装は、男も女も上は膝ぐらいまで丈のあるシャツ、下はゆったりとしていて足首の所を絞ってあるパンツというスタイルのようだ。

 色使いは、黄色や赤、青といった原色使いで、やたらと派手に感じる。


 日焼けした白髪頭の爺さんが、上から下まで真っ赤な服装で歩いていて、ちょっと格好良いと思ってしまった。

 足元は裸足でサンダル、基本のスタイルは一緒みたいだが、紐の編み方などで個性を主張しているようだ。


「てかさ、あたしらが出て行ったら間違いなく浮くわね」

「街に出るとしたら、少なくとも服は手に入れないと駄目だな」

「てか、髪型はどうする?」

「俺にやれとか言うなよな」


 服装は服を手に入れれば何とかなるが、問題は髪型だ。

 街中を歩いている全員が、いわゆるコーンロウ、細かい編み込みをしているのだ。


「白川、出来るか、あれ……」

「うーん……もっと太い三つ編みならやったことあるけど、あんな細かいのはやったことないし、やり方も分からないよ」

「んじゃ、街を歩くのは無理っぽいな」

「えぇぇぇ……観光したい、買い物したい、食べ歩きしたいぃぃぃ!」


 白川はジタバタを駄々をこねてみせるが、そんなことしたって可愛く……いや、ちょっと可愛い……けど本人には言わねぇぞ。


「はぁぁ……てか、普通の髪型なんて1人もいないぞ」

「いるじゃん」

「どこに?」

「女王」

「おぅ、確かに……」


 白川の言う通り、ムカつく女王は長い髪を編み込んでいなかった。


「てか、あの成金の弟も編み込みしてなかったよな?」

「そうそう、そう言えばそうだ」

「あれ? クソ兵士達は……坊主に近い短髪か」

「身分とか職業で髪型が変わるのかな?」

「かもしれねぇな。だったら……いや、無理だな」

「何が無理なの?」

「俺が坊主頭にしても、体格で兵士には見えねぇってこと」

「あははは……確かに」

「うっせぇ、とにかく、編み込みをしないと街歩きは無理だからな」

「じゃあさ、美容院を見に行こうよ。あんな後頭部まで、自分でやるなんて絶対に無理だから、誰か専門でやってる人がいるはずだよ。ねっ、ねっ、お願い……」

「ちっ、しゃーねぇな……」


 日本風の綺麗な美容院なんてものは無いが、編み込みをやっている場所はいくらでも見つかった。

 というか、道端でやっているので探すまでもなかった。


「うわっ、速っ! 細かっ! てか速すぎて分からないよ」

「んじゃ、下手くそな奴を見つけた方が良いんじゃね。暇そうにしてる奴とか……」

「いるかなぁ、そんな人……あっ、あっちの人はそんなに速くなさそうだよ」

「分かった、分かった、分かったから、そんなに引っ張るな」


 ていうか、俺の腕を抱え込んでグイグイ押し付けてんじゃねぇ、歩きにくくなるだろう。

 白川が見つけた美容師は、最初の人よりもゆっくり作業をしていた。


 それでも十分早いのだが、何をやっているのか分からないほどではなさそうだ。

 見ていると、遅いというよりも丁寧に仕事をしているように見える。


「うん、うん、裏編みにして、後ろの束を加えていく感じだね……」

「分かるのか? てか、俺にやれって言うなよな」

「えぇぇぇ……教えてあげるから、やってよ」

「何でだよ、面倒くせぇ……」

「お願い、おねがい、最初だけ……ね?」

「ねっ……じゃねぇ。やらねぇぞ」

「じゃあ……やってくれたら、ヤッてあげてもいいよ……」


 白川はシャツの胸元をチラリと開いてみせた。

 まったく、どんな気持ちで俺が欲望を抑え込んでいるのかも知らないで、マジでムカついて来る。


「お前なぁ……ヤッちまったら、デキちまうかもしれねぇんだぞ。日本にいるならともかく、こんな状況でデキちまったらどうすんだよ!」

「別に、デキない方法だって気持ち良くなれるんじゃないの? ほら、口とか胸とか……」

「えっ……?」


 白川は両腕で抱え込むようにして、胸の膨らみを寄せて上げてみせる。

 トローンとした目つきをしながら、意味深に半開きにした唇を舌でなぞってみせた。


「ば、馬鹿……や、やらねぇよ……」

「ふーん……でもさ、考えておいてよ」

「お、おぅ……」


 編み込みを行うには、櫛とか、髪油とかが必要だが、街の人からパクるのは少々罪悪感があるので、城に戻って女官の部屋から盗み出すことにした。

 この後、30分ほど白川のレクチャーを受けながら、美容師の作業を見学した。


 作業は恐ろしく細かいように見えるが、やっている事自体は単純作業の繰り返しで、手順さえ覚えてしまえば出来ないこともなさそうだ。

 自分の髪を編み込むのは難しそうだが、他人の頭ならば何とか出来そうな気もする。


 べ、別に、俺は欲望に負けた訳じゃないからな。

 そうだ、白川の精神状態を安定させるために、必要になるかもしれない知識だから覚えるだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る