エピローグ 溺愛ロジック
さて、俺と戸田刑事が二ヶ月にわたって物語ることになったこの少女ギロチン連続殺人事件も、これでエピローグを残すだけとなった。
しかし真犯人だと思われたインディーズバンドバストトップとアンダーのドラマー、ロリコ(=橋本依子)が、真犯人にもヒロインにもなりきれず、その死体が108個に切断されて同じ数だけの小箱に積められた形で戸田刑事に発見されたことにより、捜査は振り出しに戻ってしまったと言えるだろう。
きみたちは真犯人にすでに何度も出会っているから、ひょっとしたら真犯人が誰かわかっているかもしれない。もっともこの物語はライトファンタジーらしく、ミステリーではないそうだから、犯人を当てようと読み進めてくれた人は皆無ということもあるだろう。だからあえて、俺はきみたちに挑戦状を叩きつけている。
果たして、犯人は誰なのか。
ぜひとも推理してほしい。
少しだけヒントも与えておこう。
パラドックスはカスケード以外の犯罪行為を他者に委託することができる、ということはバストトップとアンダーのメンバーの犯行からすでに理解してもらえていることと思う。
つまりアリバイなどあっても意味がない、ということだ。
だが劇中で描かれたカスケードの現場かあるいは近い場所に必ず居合わせていなければならない。カスケードまでは委託できないからだ。そういった人物が数人いる。
そのうちのひとりがパラドックスだ。
もちろん真犯人パラドックスは完結編の犯人であった兄妹とは異なるし、要雅雪でもない。
準備はよろしいか。
それでは少女ギロチン連続殺人の最後の瞬間を、戸田刑事に代わって俺が物語ろう。
戸田ナツ夫の病室のドアをノックしても返事はなかった。戸田入るぞ、と声をかけたが、やはり返事はなかった。まさか死んでいやしないだろうな、と思いながらドアを開ける。
妻のマユが毎日彼の見舞いに来ていることは知っていたから、俺は彼とマユがよからぬことをしてはいないか不安でもあった。マユは以前戸田と付き合ってもいた。
しかしドアを開けてみると、病室にはそれ以上に奇妙な光景が広がっていた。
戸田とマユが108色の箱から肉片のようなものを取り出してベッドの上でパズルのように並べていたのだ。
肉片のようなものとはまさしく肉片であり、少女の裸体を形作っていた。
まだ二次性徴の途中であったその体はばらばらに切断される前はさぞかし美しいものであったのだろうが、今は誰もが吐き気を催す汚物に過ぎない。戸田は最後のピースだった生首を、少女に返した。
少女は橋本依子だった。
橋本依子。
彼女がパラドックスであったなら、こんなところで彼女の死体が見つかるだろうか。見つかるわけがなかった。
橋本依子はパラドックスではなかったのだ。
別に驚くことじゃない。
そんなことははじめからわかっていたことだった。
マユは昼に食べたものをすべて洗面台に吐いていたが、戸田は吐き気すら催してはいないようだった。泣いてもいない。震えてもいなかった。彼は冷静だった。
ならば彼にはもう真犯人が誰であるか、わかっているはずだった。
「戸田ナツ夫」
俺は彼のフルネームを呼んだ。
戸田は振り返り、
「安田呉羽」
と、やはり俺のフルネームを呼ぶ。戸田は俺を睨んでいた。
マユは洗面台から顔をあげて俺を見ては、俺の名前を呼びかけて、また吐いた。
「橋本依子はパラドックスじゃなかったようだな」
「ごらんのとおりです。真犯人がばらばら死体で発見されるわけがありませんから」
「となればパラドックスは別にいるというわけだ。では一体それは誰だ?」
俺たちは死体を前にしていながら少し冷静すぎたかもしれない。だがそれが刑事の仕事だ。それでいいんだ、戸田。
「パラドックスはカスケードによって自分の代わりに犯行を行う者を作り出すことができます。
二種類のカスケドリアの歯を実行犯に植え付けることでカスケード波さえも意図したように操ることができます。
しかし、偽物のパラドックスはカスケード使いではありませんから、カスケードはできません。
つまりパラドックスはカスケードが行われるときだけは、現場かあるいはそのすぐ近くには必ずいなくてはいけません」
戸田は立ち上がりながらそう言った。そして洗面台の前のマユを俺から隠すように立ち、花瓶や果物の籠が置かれた台にあった果物ナイフを手にとった。それの刃先を俺に向けた。
「パラドックスはあなたですよ、安田刑事」
「なぜそう思う?」
俺は背広の内ポケットに手を差し入れ、拳銃を取り出した。銃口を戸田に向ける。
「個人的にカスケードを受け利用された内倉や中村や片羽やロリコは問題ない。そんなことはいつだってできる。
被害者の中にパラドックス以外のカスケード使いの被害者がいることも大した問題じゃない。
パラドックスはすべてのカスケード障害者を犯行の対象にしているのだから。
問題はあんたが86年の11月と、そして三週間前の新宿に居合わせていることだ」
「そうだな、だがお前もふたつの事件に居合わせている。悪いが俺もお前を疑ってるんだよ。パラドックスはお前だろ、戸田刑事」
「ぼくはあんたがなぜ三週間前にあんな行動を取ったのかずっと理解できなかった」
「俺はなぜ、お前が最初の連続殺人事件で気付いたことを上に報告せず結果的に捜査の進展を妨げたのか理解できなかったよ」
「マユがロリコと同じように甘ロリの服を着るようになったのは、あんたと結婚してからだ。カスケードを使って、マユの心を自分のものにしたんでしょう」
「お前、俺を犯人にしたてあげてマユを取り戻したいだけだろう」
「譲りませんね」
「譲らねぇなぁ」
俺は戸田の前歯がカスケドリアの歯であることに気付いた。
戸田もまた、俺の前歯がカスケドリアの歯であることに気付いたようだった。
「そうか、そういうことか」
「そういうことだな。伏せろ、戸田」
俺は拳銃の引き金を引いた。弾は戸田の頭の上を通過して、マユが握り締めていたカッターナイフを弾いた。
戸田は素早く、マユの腹に拳を叩きつけた。そしてカッターナイフを回収する。マユは気を失い、床に崩れ落ちた。
俺の妻がパラドックスだったのだ。それがパラドックスである俺が書いたこの事件の結末のシナリオだ。
俺はしゃがみこむ戸田に手を差し伸べた。
しかし戸田は果物ナイフとカッターナイフを俺のわき腹に突き立てた。
俺は拳銃を戸田の顔面に向かって撃った、つもりだったが、拳銃はそのときすでに俺の手から零れ落ちてしまっていた。
俺が最後に想ったのは、マユでも最初の妻やこどもでもなかった。
俺が狂わせてしまった妹に、俺はすまないと謝り続けていたのだ。
もう13年も。長かった。
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