少女ギロチン・パラドックス 物語の分岐点 歩き出した夏

 新たにリストアップされた15歳から29歳までのカスケードの被害者が64名、合同捜査本部の捜査員に保護された。


 妹が28歳であったように、生首の持ち去りは少女だけにとどまってはいない。

 はじめの生首の遺棄では18歳以上の女は見逃されていたに過ぎなかった。


 彼女たちのカスケード波を増幅させるため、なんだかオウムじみたヘッドギアのようなものを装着させ、名古屋市各区に4名ずつ配置することになった。

 同様に16に分かれたカスケード・リターン班が、午前10時、カスケード使いの逆探知をはじめた。


 彼らの持つCRW(シーアールダブルユー)という携帯電話ほどの大きさの機械で逆探知したカスケード波の情報はすべて、映像として捜査本部に用意したパソコンに送られ、映像を繋いだスクリーンに今表示されている名古屋市の地図上に、赤い直線で描き出される。


 名古屋市内に何人カスケード使いが潜んでいるかはわからないが、64の直線のうちの二本でも交差する場所がカスケード使いの現在位置だ。

 最低でも五人はいるだろうというのが、捜査本部の共通の見解だった。

 逆探知には時間がかかるようだった。


「なぁ戸田、最初の連続殺人で生首を切断されて遺棄された少女たちの体は、なんで見つからないんだろうな」


 俺はゲロにそう言った。

 首のない遺体もどこかに遺棄されている可能性を捜査本部はいまだ捨てておらず、捜査員の一部はこの一ヶ月必死の捜索を続けていたが、いまだ見つかってはいなかった。


「首のない遺体をいつまでも大事にとっておくわけがないとは思わないか」


「さぁ、マグロ女が好きな奴なんじゃないですか」


「死体とやってるってか。首なし死体は少しマグロすぎやしないか」


 ゲロと、俺たちの話に聞き耳を立てていたキャリアが笑った。頭のいい奴は不謹慎な奴が多い。

 監理官だけが、真摯なまなざしでスクリーンを見つめていた。


 64本の直線が浮かびあがる。


 ここにいる誰もが目の前にある事実を、受け入れることができなかった。


 交点はふたつあった。


 16カ所から64本もの直線が交われば、本当はもっとたくさんの交点ができるはずだが、コンピュータが自動的にカスケード波の終着点を無数の交点の中から導きだしていた。


 64本のうちの3本の交点はこの際何の問題もなかった。

 そこは要雅雪の家だった。

 捜査本部が最初に容疑者だと睨んだが、すぐに違うと判断したその男もカスケード使いだった、ただそれだけのことに過ぎない。

 一人目の犠牲者だった大塚愛子は要の教え子だった。

 要がカスケード使いだということは充分にありうることだった。


 残りの61本は、愛知県警のあるこの場所で交差していた。


「え、これって……」


 ゲロが間の抜けた声で、そう言った。


「犯人は今この建物の中にいるぞ!!」


 監理官が声を張り上げたとき、下の階から聞き覚えのある婦警の悲鳴がした。

誰も捜査本部から動かなかった。

 動かなければならないとわかっているのに、動くことができなかった。

 あるいは、61本の交点の男が、捜査本部にやってくるのを俺たちは待っていたのかもしれない。


 監理官がドアに向けて拳銃を構えた。ゲロがそれに続いた。おまえのもってるそれ、確かモデルガンだったよな?


 ヘッドギアを被った少女の生首を四つ、長い髪を掴んで手に提げた男が捜査本部に入ってきた。


 少年だった。


 彼が手に提げていたのは、確かこの区の担当のはずの四人のゴスロリちゃんの首だった。


 少年は生首を放り投げた。


 そのうちのひとつに向けて監理官が銃を撃ち、もうひとつをゲロが思わず受け止めてしまい、悲鳴をあげた。


 俺は横目でスクリーンに映しだされた直線の数を数えた。


 60本しかなかった。


 そのうち少年に向けられているのは57本。


「貴様がこの連続殺人の犯人か」


 監理官がそう問うと、少年はにやり、と笑った。


「そうだ。だから逮捕されにきてやったぜ。

 だけど、簡単には逮捕されてやらない。

 俺が逮捕されるのが先か、お前等全員が気狂いになるのが先か、勝負しようぜ。

 俺が勝ったら全員皆殺しだ」


 少年がもう一度にやりと笑おうとしたその瞬間、少年の頬や額に何かが食い込んだ。


 銃口から硝煙を出していたのは、監理官の拳銃ではなかった。


 硝煙はゲロが震えながら構えたモデルガンの銃口から出ていた。


 あれはモデルガンのはずではなかったか。


「戸田ーっ」


 俺は叫んだ。


 ゲロは弾が切れるまで少年に向けて撃ち続けた。



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