第5章 殺人執行中、逃亡進行中

 ぼくは走っていた。


 どうして?


 だってぼくは殺人犯だから。


 それ以外に不登校でひきこもりのぼくが走る理由なんかないだろう?



 こんにちは。はじめまして。


 ぼくは少女ギロチン連続殺人事件の真犯人だ。


 ぼくは今四人の少女の生首を両手に提げて走っている。


 カスケード波を増幅するヘッドギアに収まりきらない少女たちの長い髪をぼくは握りしめていた。


 ぼくが一歩一歩踏み出すたびに、生首たちは額や頬をぶつけてできそこないの楽器のような音を立てる。


 その音楽になりえない音楽にあえて名前をつけるとするなら「生首行進曲」だ。ぼくはその曲に歌詞をつけよう。きみに生首の作り方を教えてあげよう。


 ぼくは数分前にその生首たちを手に入れたばかりだった。


 本当はいつものようにぼくがぼくの部屋に作り上げた小さなギロチン台できれいに切断してあげたかったけれど、何しろあと60人もの少女たちの生首をぼくは今日、ひとりで切断しなければいけないのだ。


 要雅雪が冤罪で逮捕されてしまわないように。


 今日、警視庁科学捜査研究所カスケード・リターン班が、少女ギロチン連続殺人事件の容疑者であるカスケード使いを特定するため、カスケード被害にあって精神病棟に入院している名古屋市在住の少女たちを名古屋市各区に配置するという情報は、警察マニアのサイトで見て知っていた。


 だからぼくは実家のそばにある廃工場で拾ったトタン板を抱えて、警察マニアの予想配置図に従って、街角の通行人の数を調べるアルバイトのように当たり前に椅子と机を用意して並んで座る四人の少女と数人の男を見つけた。


 ぼくは何食わぬ顔ですれ違いざまにまずCRTと警官をひとりずつ、トタン板で肩口に切りつけた後で、少女たちの首を切断した。


 生首たちはトタン板の上を転がり、踊った。ぼくは素早くその彼女たちの髪をつかんだ。


 少女ギロチン連続殺人の真犯人としては、殺すのがためらわれたCRTと警官たちにぼくは追跡されることになったが、彼らは拳銃を携帯していないし、CRTなど警棒や手錠さえ持たない。応援の刑事たちが到着するまでには逃げきらなければいけない。


 簡単に捕まるわけにはいかなかった。何しろあと60人の少女たちがぼくに殺されるのを待っているのだ。


 タクシーを止めて、生首たちをちらつかせて、ぼくは次の犯行現場へ向かうよう指示した。運転手のドライビングテクニック次第では、車から降りることなく、車の速度を利用して少女たちの生首を手に入れることができるかもしれない。


 逃げながら、ぼくは今までに感じたことのないカタルシスを感じていた。






 ぼくの名前は宮沢渉。18歳。高校三年生。身長は176センチ。体重は44キロ。視力は左右ともに1.5。足のサイズは26.5センチ。


 ぼくの体には脂肪はないが筋肉もない。


 ぼくは他人が作る料理が食べられず、母が一日に三度運んでくる料理を三ヶ月口にしなかったら随分痩せてしまった。だけど最近は過食症気味だ。


 毎日うまい肉料理を食べている。食べては吐き、吐いてはまた食べる。労働を嫌って奴隷にすべて押しつけていたせいで暇を持て余していた古代ローマ人のような食生活をぼくは最近おくっていた。


 髪型は坊主で赤いニット帽を被り、眉は剃って切れ目を入れている。敬愛する大槻ケンヂを真似たものだが結構似合っていると思う。ぼくが着ているのが母親が買ってきた一応はメーカーものらしいがどうにも格好の悪いパーカーと色がすっかり落ちてしまったジーンズでなければ、もう少しは見られるようになるかもしれない。靴は何年か前にお年玉で買ったエアマックス。時計はG-SHOCK。


 ぼくは携帯もピッチもポケベルも持ってはいなかった。なぜならぼくには友達も彼女もいない。出会い系サイトでも使えばそんなものはすぐにできるのかもしれないけれど、そんなめんどうくさいことはごめんだった。だって一回セックスをするためだけに、何十何百というメールを返信しなければいけないんだろう?


 そんな面倒なことをするくらいなら、鈴木あみになりたいのか浜崎あゆみになりたいのか、モーニング娘に入りたいのかいまいちわかりかねる化粧をした姉や妹でも犯した方がはるかに手っとり早い。


 大学生のキリコも中学生のリカも、どうせ処女ではない。


 一度くらい兄弟としてみるのも彼女たちにとっても悪い話じゃないだろう。


 首のない死体を犯すのも、食べるのも、生首たちの口の中で射精するのもぼくはもう飽きていた。


 来たばかりの64個の生首たちには申し訳ないけれど。CRTがカスケード使いを特定しようとさえしなければ、殺してあげることさえなかったのだから、殺してもらえたことを感謝してほしいくらいだ。


 昨日64個の生首たちを手に入れることができたからだろうか、ゆうべはあまり実感がなかったが今夜はなんだかとても気分がいい。


 お祝いに、姉と妹の性器の出来の違いを今夜ぼくが確認してやろう。そして父と母に教えてやろう。






 ぼくは少女ギロチン連続殺人事件の犯人だ。


 ぼくが殺人を犯すのは、本を読み映画を観てどんなに知識を吸収しても、その知識は現実の体験に勝ることはないとある人に教えられたからだ。


 そのある人というのは、先日おそらくカスケード使いだと警察に知られてしてしまっただろう要雅雪だ。


 彼がそう言った、というわけではない。


 ぼくが小説や映画の世界でしか見たことがなかったカスケード能力の発現を、数年前ぼくの母校に教育実習生として訪れた彼が見せてくれたときに、そう教えられた気がしたのだ。


 その話はいつかしよう。


 ぼくは昨日、本当に姉のキリコと妹のリカを本当に犯した。


 どちらの体が気持ちいいかを比べるためにふたりを並べて、交互に犯した。


 姉が中学に入るまでは三人で風呂に入っていた。


 妹が小学校をあがるまではふたりで風呂にはいっていた。


 どちらの体も、最後に見たときから数年が経過していて、女の体になっていた。


 ぼくはまずふたりの陰毛を剃ることからはじめた。


 宮沢家の女は二次性徴は中学にあがってから訪れる。


 妹などまだ初潮を迎えてもいなかった。


 ぼくは三人で風呂に入っていたあの頃に時間を戻したくて毛を剃った。もちろん自分の毛も。


 兄弟とはいえ、あるいは兄弟だからこそ、犯されればもっと嫌がって悲鳴をあげるものだと思っていたが、ふたりとも声を上げず寂しそうな悲しそうな目をして、ぼくを見ていただけだった。濡れてはいたから感じてはくれたのだろう。


 死体とばかりしていたセックスが、生きた女を相手にすればこんなにも気持ちがいいものだとは思わなかった。


 やはり現実に体験してみなければ、わからないものだ。


 ぼくはまだ、ぼくの部屋にふたりを縛り付けている。


 病みつきになってしまった。


 ふたりが悲鳴を上げるまで続けてやる。






 今日はまだ教師ですらなかった彼が、ぼくの恩師になった瞬間について話したい。


 ぼくの母校は偏差値は県内でも相当なものだったがいかんせん荒れていて、窓ガラスなど割られるためにあったようなものだし、消火器は教師たちに向けて噴射するものであったし、同級生の何人かは覚醒剤をやっていてそのうちのひとりは逮捕されていたくらいだから、ルックスのよかった要に気に入られようとしていた何人かの女子たちを除いて彼の授業を聞いている者などもちろん誰もいなかった。


 騒がしい教室の中で、要は声を張り上げるわけでもなく、淡々と授業を進めていた。


 彼は国語の教師で確か、大学では日本童話の研究をしていると話していた。古文であったはずの授業は誰も聞いていないのをいいことに脱線しはじめ、桃太郎は異人のこどもであり、鬼ヶ島こそ鬼と蔑まれた異人を流刑にした島であり、偶然にも採掘されてしまった鉱物資源によって富を得た異人たちが独立国家を形成しはじめたために、当時の日本の権力者が異人による異人狩りを行ったのだという説を唱えていた。


 彼曰く猿やきじや犬も桃太郎や鬼と同様に異人を蔑んでそう例えられたものらしい。


 彼らのきびだんごひとつで簡単に死地に向かえてしまう愚かさは異人を同じ人間として見ていなかったことの証明なのだそうだ。


 しかし誰もそんな話を聞いてはいなかった。ぼくでさえ角川スニーカー文庫を読んでいた。


 だが、彼が指導係であるぼくたちのクラスの担任教師の咳払いを聞いて再び教科書の古文の解説をはじめたとき、教室が突然静かになった。皆呆然と黒板を見ていた。授業を聞いているようには見えなかったが、彼は驚きもせず淡々と授業を続けた。


 ぼくには一瞬何が起こったのかわからなかった。


 それがカスケードによるもので、おそらく騒がしい生徒のみに能力は発現し、ぼくは幸運にも免れたのだと気づいたのは、要の教育実習が終わる頃には学級崩壊が起きていて、ぼくとあとわずか数人しかぼくのクラスに出席している者がいなかったことを目の当たりにしたときだった。


 カスケードの対象になった人間の心がどうなるかということはぼくも知っていた。


 しかし物語の中では一番の見せ場として描かれるカスケードが、あんなにも静かに人の心を砕くものであったことをぼくははじめて知った。


 だからぼくは人を殺してみようと思った。死体を犯してみようと思った。死肉を食らってみようと思った。


 カスケードの被害者たちを対象としたのは、気狂いを殺せば社会を掃除することにもなるし、彼女たちはかわいい服を着ているから犯しがいがあるし、何より要雅雪に敬意を表するためでもあった。


 誰を殺すかという問題は実はどうでもいいことで、電車の中で音を出してポケモンをやっているガキでも携帯電話のキープッシュ音を消さずにメールを打っている女子高生でも香水のきついにおいをばらまいて歩くことしかできないOLでもよかった。結局この世界は誰を殺したって社会の掃除になってしまう。


 ひとり殺せばよかったはずなのに、やめられないのはその快楽に溺れてしまったからだ。


 ぼくは逮捕されたいし死刑になりたいのかもしれない。






 ひさしぶりにつけたテレビでは、ぼくが犯した一連の事件の警察の不手際を言及する特集をやっていた。


 警察を誉めたたえる番組を年に何度か放送しながら、世論にあわせてそうやって罵倒もしなければならないのだから、彼らも大変だ。


 しかし無理もない。


 生首が各区に放置された16の死体損壊遺棄事件と、12の生首持ち去り事件、そしてわずか数時間のうちに64人が警察の目の前で首を切断された数日前の連続殺人事件。


 同一犯に一ヶ月で92人もの少女を殺されているのだ。


 境界性人格障害でリストカットを繰り返す困ったゴスロリちゃん、という三拍子揃った少女は重度のカスケード被害者以外にいないから、名古屋の街にはもうひとりも残ってはいないのではないだろうか。


 両親も学校も社会も手を焼いていた気狂いの少女たちをぼくは殺してあげていたわけだけど(両親たちの中には涙ぐんで「死んでくれてありがとう、殺してくれてありがとう」と訴える者もいた)、さすがに被害者が百人の大台に乗りかねないということになれば、ぼくをバッシングしないわけにはいかない。バッシングしなければ、人はその自分の地位や名声を失うことになる。


 要のようなカスケード能力をもたなくとも、人間は集団を形成した時点でカスケードに支配される。


 いじめを見て見ぬふりをしたり、上司の不正を訴えることができなかったり、ブームが去った途端に超能力を信じなくなったりしてしまうのはこの集団が生み出すカスケードによるものだ。自分の身を守るために人はカスケードに依存する。


 世界はカスケードに支配されている。人はカスケードから逃れて生きることはできない。


 要のカスケード能力はこの集団のカスケードを破壊するためのものだ。


 ぼくが要を恩師と仰ぐもうひとつの理由は、彼がその気になれば集団のカスケードを正しく導くことができるということにある。そして邪悪なカスケードに身をおく愚民を気狂いにして社会の最下層においやることができる。最下層に貶められたとはいえ、まだ存在する彼女たちを清掃するのがぼくの仕事だ。


 まだカスケード能力の本来の意味に気づいてはいない要が生み出してしまった哀れな彼女たちを、未来の彼のためにぼくは殺している。






 しかし、これで要雅雪のカスケードの対象者がすべて存在しなくなったわけではなかった。


 要は少女たちだけにカスケードを行ったわけではないし、ぼくがたまたま被害を免れたように、男たちもカスケードの対象になりうる。それに少女たちの中にはぼくがまだ発見できないでいる者たちがいる。


 なぜなら彼のカスケードによって何ヶ月も何年も心を病んでしまうほどの後遺症を与えられてしまうのはほんのわずかで、それ以外の者たちは数日あるいは数週間の躁鬱状態に陥るに過ぎないからだ。


 リストカットは何度か経験しているが、ゴスロリを着ていなかったり、リストカットをしたことはないがゴスロリを着ていたりなど、すべてのカスケード被害者が境界性人格障害でリストカットでゴスロリだというわけではなかった。


 彼女たちの多くは現在は不登校ではない。愛知県警がせっかく新聞各紙に名古屋市内在住の不登校者のリストを載せてくれたが役にはたたない。


 ぼくは要と、彼の教育実習以来会ってはいないし、連絡を取り合っているわけでもない。


 要はぼくのことなど覚えてもいないだろう。


 要に関する資料を彼が働く私立の女子校のコンピュータから引き出したりもしたが、彼がどこの学校の卒業生でこれまでにどんな職場で働いていたのかを知り、当時の彼の周囲のものたちをリストアップしたところで、彼はいつ、何度カスケードを行ったのかすらもわからないし、判別は限りなく難しくなってしまっているのだ。


 男たちの中から、境界性人格障害で自傷癖のあるパンク少年を見つけだすのは簡単だが、ぼくは先に少女たちをすべて殺してしまってから男たちを殺そうと決めていた。


 とりあえず、軽カスケード障害とでもいうべき彼女たちにはひとり心あたりがあるので、ぼくはその少女を殺してあげようと思う。


 彼女からうまく話を聞き出すことができれば、他に何人かの少女たちを知ることができるかもしれない。




 ぼくは今日、名古屋駅の裏側とも言える太閤通りの、生活倉庫や河合塾や代ゼミが立ち並ぶ通りのさらに裏側の風俗街にある、SM専門店「ニアデスハピネス」を訪れていた。


 死の直前に訪れる幸福。


 殺人をしてみるまでそんなものが本当にあるものか疑問だったが、ぼくが殺した少女たちは必ずそれまでは見せてくれなかった笑顔を見せてくれたものだった。


 ぼくは一人目の犠牲者の生首を切断する前日、この店を訪れて、ナンバーワン真性M嬢のマユという女の子を指名していた。風俗店を訪れたのはもちろん景気づけなどではなく、中学校でやらされたフォークダンス以外にぼくは少女の体に触れたことがなかったからだ。


 敵情視察のようなものだった。


 少女の肌がどれほど白くどれほど柔らかいものなのかをつぶさに観察するには、性行為そのものがメインの一般の風俗店ではなく、視姦が性行為として許されるSM店のM嬢相手が良いとぼくは考えた。ナンバーワンのマユを指名したのは、選ばされた何枚かの写真中でマユがぼくより年下に見えたからだった。


 ぼくは一時間ほど待って、マユの待つ部屋に通された。


 ぼくはさっそく脱ぎはじめてしまったマユに服を着させて、人恋しいから誰かに話を聞いてもらいたくてやってきた友達も恋人もいない寂しい少年を演じ、並んでベッドに座って話をした。


 手首にはリストカットのあとはなく、ゴスロリの服を買うために働いていおり、せっかくお金を貯めて買った服だけど着て歩くのは恥ずかしくて家の中でしか着ない、と話していた。


 ときどきしょうもない嘘をつき、なぜそんな嘘を必死に守り通そうとするのかわからなかったが、嘘が嘘だとばれてしまわないように繰り返し嘘をつく、少し頭の足りないしゃべり方をする子だった。境界性人格障害の特徴だった。


 結局一時間近くぼくはマユに何もせず、最後の数分の間だけ服を脱いでもらい体を観察させてもらっただけだった。


 美しい体だった。


 ぼくは太閤通りの地下街エスカで、何か彼女に贈り物を持っていこうと考えて、しかし何も思いつかず、フィギュアとプラモデルの店に入り、マスターグレードゼータプラスアムロレイ専用機カラーを買って店へと向かった。


 マユを指名すると、十日ほど前に突然辞めたよ、と言われた。


「携帯も換えちゃったみたいでさ、うちも連絡とれなくてほんと困ってるんだよ」


 ぼくはそうですか、とだけこたえた。


 店長らしきその男はぼくの持っていた袋を指さし、


「それ、マユちゃんへのプレゼント? 何を買ってきてくれたの?」


 と訊いた。


 ゼータガンダムのアニメには登場しないアムロ専用機だとこたえると、変な顔をされた。


「きみねぇ、もう18、9なんだろ、いつまでも自分の好きなものをあげたら女の子が喜ぶなんて思ってちゃだめだよ。マクドナルドなんかでそんなものあげた日にゃ、女の子は食べてたポテトを握りつぶすぜ」


 ぼくは家に帰ると、妹といっしょにそれを組み立てた。


 姉はゆうべぼくが少し加減を間違えて殺してしまっていた。




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