解決編 インターミッション2 満月の夜に一番遠い少女
少女が風俗店で真性M嬢をしていたのは、ロリ服を買うお金がほしかったからだ。
メイドカフェに通うような、恋人もいない、趣味といったらアニメかゲームかインターネットの、働いているからお金だけは持っているけどお金の使い道を知らない男の人が首から提げたカメラの被写体にときどきなってあげたりしたら、ロリ服なんていくらでもヘッドトレスから靴までのセットでいくらでも買ってもらえることくらいは知っていたけど、なんだかそういうのは違うと思った。
たとえ体を売ったりしても自分で稼いだお金で買わなければ、本当に汚してはいけないものが汚れてしまうような気がしていた。
それに、カメラ小僧といっしょにロリ服を買いにいくくらいなら死んだ方がましだと思っていた。
少女は援助交際もしなかった。
カメラ小僧の写真のモデルになることと、アマチュアの売春婦になることはさして変わらない、と少女は思ったからだった。
どうせならプロの写真家に撮られてみたいように、少女はプロの売春婦になりたかった。
だから少女は16なのに18だと偽って風俗嬢になったけれど、もちろん売春は法律で禁じられていてプロの売春婦なんてものはこの国には存在しない。
わたしがそうだ、ぼくは知っている、と言う人はまずは自首するといい。
法を犯している時点でプロとはいえない。
少女が勤め始めたお店も、ほとんどの店がそうであるように「本番禁止」のお店だった。
客とセックスをしたことが店に知れた時点で、即解雇なのだと店長にきつく言われた。
プロの売春婦になりたい、というのはもちろん援助交際で売春をするくらいなら、という意味だ。
セックスしなくていいならそれにこしたことはなかった。
処女はクレパスおじさんのためにとっておいてあげたかった。
近所に住む、かわいそうなおじさん。
妹は気狂いで、両親は心中、結婚をしてようやくつかんだ幸せも、少女がまだ幼い頃に妹がすべて壊してしまった。少女の父親が管理職を務める会社で働いていた頃はよく遊んでくれたけれど、妻とこどもを殺されてしまってからは遊んでくれなくなった。
遊びにいくといつも帰り際に知らないうちにクレパスを一本ずつ少女のスカートに忍ばせてくれる、優しいおじさんだった。
近所に住んでいたけれど、仕事をやめて警察官になってからは忙しいのか顔を見ることもなくなった。
真夜中に車の免許を持たないおじさんのバイクが帰ってくる音だけを楽しみにしながら、少女は幼女から女児になり、少女になった。
クレパスおじさんは少女の初恋の人だった。
その頃はやっていたビックリマンシールをよくくれて、チョコウエハースを半分ずつ食べた。
ぼく以外からはもらっちゃいけないよ、と耳にたこができるほど聞いた。
少女は知らなかったけれど、ビックリマンチョコを餌に幼女を誘拐するのがその時代の誘拐の手口だった。
少し大きくなってからそのことを知って、もう遊んではくれなかったけれどますますおじさんのことが好きになった。
父も母も、「呉羽くんのような人と結婚しなさい」と耳にたこができるどころか耳がたこになってしまうほど少女に言った。
呉羽というのがクレパスおじさんの名前だ。
おじさんのような人ではいやだったから、いつかはおじさんと結婚するんだと、少女は少女になってからもそう信じていた。
18も年が離れていたから結婚はできないかもしれないけれど、処女はやっぱりおじさんにあげたかった。
なぜSM専門店を選んでしまったかといえば、同級生たちの中でも人一倍性の知識が少なかった少女が公衆電話ボックスの中でたまたま見つけしまったのが、その店のチラシだったからに過ぎないし、一本だけ観たことがあった父のアダルトビデオがSMもので、学校の性教育では習わなかったけれどセックスというのはそういうものなんだろう、と漠然と信じてしまっていたからに過ぎない。
お店で少女がはじめて相手をしたのは店長で、いかにもSMの女王様といった格好をさせられたけれど、少し頭が足りなかった少女がどれだけ演技をしても女王様らしくは見えず、逆に奴隷役を与えられるとうまく鳴いてみせることができたので、少女は真性M嬢として売り出されることになってしまった。
そのときバイブで処女膜は破られてしまった。
はじめの頃は個室でSの男の人とふたりきりになった瞬間、これから痛い思いをするのだと逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、すぐに馴れた。
少女がその店のナンバーワン真性M嬢になるのには一ヶ月もかからなかった。
ナンバーワン女王様とレズもののビデオも撮った。
何日か店に通えば、ロリ服がセットで買えるお金ができた。
一日でそれだけのお金がもらえることもあった。
店長が少女のために借りてくれたマンションの部屋のクローゼットはすぐにロリ服でいっぱいになったけれど、着て街を歩くのは少し恥ずかしくていつも部屋の中で着るだけだった。
それだけで少女の心は満たされた。
だけどその幸せでいっぱいのはずの心のどこかにまだぽっかりと穴があいてしまっているような、心が転がってどこかにいってしまうような不安を少女はいつもかかえていた。
たぶんわからなかったからだ。
少女は学校には行っていなかったし、家にも帰っていなかった。嘘ばかりつくようにもなっていた。
一度ついた嘘が嘘だとばれてしまわないように、破綻してしまうまで嘘をつき続けるので、店の女の子たちからは相手にしてもらえなくなったし、客の中には怒って帰ってしまったり、真性M嬢の少女が叱られたくてわざとそんなふうにしているのだと勘違いする客もいた。
勘違いしたのがゲロというあだ名の少し頼りないが頭のよさそうな刑事だった。彼とはなんとなく付き合ってしまっていた。
試してみたことはないけれど、手首を切ってみたくてしかたがなかった。
いつからこんな風になってしまったんだろう。
全然興味なんてなかったロリ服が欲しくてたまらなくなってしまったのもいつから?
それを思いだそうとすると、頭が痛くなって、なんとなく覚えている男の人の顔だけが浮かんだ。
クレパスおじさんではなかった。
顔を知っているのだからどこかで会ったことがあるはずなのに、名前を思いだそうとすると頭は割れるように痛くなった。
クレパスおじさんと再会してからは、少女の心はけっして忘れたことがなかった初恋の熱に溶けてしまって、そんな不安はすっかり忘れてしまっていた。
安田マユミ、旧姓名古屋マユミは、今は夫で呉羽と名前で呼んでいるクレパスおじさんの腕に抱かれながら、男の顔が私立高校の受験会場にいた監督官のひとりの顔なのだと思い出した。
どうしてもその高校に入りたかったはずなのに試験問題を見た途端、解くのがバカらしくなって、白紙の答案を出すのがかっこいいような気がして、試験が終わるまで少女はずっと鉛筆を転がして遊んでいた。
まわりの女の子たちもみんな少女と同じことをしていた気がする。
合格発表の日、同じ教室で受験した43人の連番の受験番号が、合格者の番号表から確かすべてごっそりとぬけ落ちていた。
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