第3章 名古屋マユミ(真性M嬢)

「えへへ、ゲロくん、来ちゃった」


 と、その少女はペロリと舌を出して笑った。ゲロはあわてて立ち上がり、


「マユちゃん、職場にも来たらだめだって言ったでしょう」


 少女を外に連れだそうとする。


「だって、マユ、お店では18で高卒だって言ってるけど、本当は16で不登校なんだもん。今朝の新聞にマユの名前と顔写真が載ってたよ」


「嘘つくな。そんな話聞いたことないよ」


「確かにゲロくんにも18だって嘘ついてたけど、でも普通リストにマユの名前と写真があったら気づくでしょう?」


「マユちゃんの本名、なんだっけ」


「ひどーい、なんで彼氏なのにマユの本名知らないわけ? サイテー。名古屋マユミだ、こらー、文句あんのかー」


 冗談みたいな名前だが、名古屋という苗字はある。


 俺の家の近所にも名古屋さんはいて、コープに勤めていた頃は家族ぐるみの付き合いをして、よくこどもと遊んであげたことがあったっけ。


 あの子も確か今年16になっているはずだ。


名古屋マユミ……名古屋マユミ……あった、本当だ、16歳、まじかよー」


 ゲロはリストを片手に嘆く。


「ねぇ、いつも話してくれてる刑事さんはこのふたり? どっちがコープさんで、どっちが物の怪さんなの?」


「コープは俺、物の怪はそこの爺さん」


 ゲロはマユを早く連れ出したくて仕方がないようなので、俺が応えた。


 爺さんと呼ばれた物の怪が俺を睨んだ。


「ふうん、でもなんで三人ともなかよくゲームなんかしてたの?

 っていうかコープさんってマユのクレパスおじさんに似てるね?」


「誰だよ、そいつ」


 ゲロが問う。


「マユの初恋の人。

 近所に住んでいて、遊びにいくといつもクレヨンじゃなくてクレパスを一本ずつくれるの。

 直接くれるんじゃなくてマユが家に帰るとスカートのポケットの中に一本ずつ入ってたの」


 それはおまえが勝手に持ち帰ってたんじゃないか、と俺は当たり前のように思い、そして気づき、認めた。


 マユのクレパスおじさんは俺だった。






 そして今日、市民会館のロビーにある講習会受け付けには、俺とゲロと物の怪と、そしてマユがいた。マユはゲロに渡されたネオジオポケットにはすぐに飽きて、ゲロではなく俺の膝の上に座って、昔のようにクレパスで絵を描いた。


「なぁ、この事件はカスケード犯罪かもしれないっておまえ前に言ってだろ。あれ詳しく教えろよ」


 俺はマユと画用紙にクレパスで絵を描きながら、ゲロに言った。


 マユは切断された少女の生首を描いていた。


 俺はその生首に体を描いた。


 物の怪は便所に行っていた。


「ただしじいさんが戻ってくるまでだ。あの爺さんにかかっちまうとカスケードも幽霊の仕業になっちまうからな」


 ゲロはマユから画用紙を奪うと、


「あー何すんだこのやろーゲロー」


 裏返して、何かを描き始めた。


「聞いてるのかよ」


「聞いてますよ」


 怒ったように言う。


 ゲロにとってマユはおそらくセックスフレンドなんだろうが、俺とマユが仲良くしているのは気に入らないんだろう。


 だが俺だっておまえがマユと寝てるのは気に入らねーんだよ。


 ゲロが書いたのは、16個の生首だった。


「いいですか、犠牲者は全部で16人。

 犯人は少女の選別と誘拐、殺人、そして死体遺棄、そのすべてを毎日平行して繰り返していました」


「だから何だっていうんだよ? ひとりじゃ大変だってか?」


「違いますよ。不登校の少女のリストアップをしていて思ったんです。

 街を歩いている少女たちが、不登校であるかそうでないかを判別するなんていうことは不可能です。

 名古屋市在住かどうかさえもわかりません。

 ぼくたちは何十人と動いて、何日もかけてこのリストを作りました。

 しかし犯人はそれをやってのけている。つまり」


「犯人のひとりは学校関係者ってことか?」


「それも違います。犯人は作り出しているんですよ」


「何をだよ? もったいつけるなよ」


「不登校の女生徒を、ですよ」


「どうやって作るんだ、そんなの。カスケードでできるのか?」


「一度でもカスケードの対象になった人間がその後どんな人生を歩むことになるか、コープさんが一番ご存じじゃないですか?」


「心が壊れるな。俺の妹みたいに」


 妹のことをゲロに話したことはなかった。


 同僚たちも誰一人知らないはずだ。


 誰にも話したことのない妹についてゲロが知っていたことが気味が悪かったが、顔には出さなかった。


「そして吸血鬼に血を吸われた人間のように、カスケード使いになる。

 心が砕けてしまっているから、自在に操れはしないし、与えられたカスケード能力そのものもたいしたものではありませんけどね」


「心が壊れてしまったから、不登校になってしまったと?」


「えぇ、そうです。ただ被害者の少女たちの中に精神科に通院している者はいませんでしたが」


「娘は気が狂ってましたとは言わないわな、普通。

 この国は、誘拐されたり殺されたりしただけで恥さらしだと親戚に罵られるような国だからな」


「調べてみないとわかりませんが、たぶん全員ではないにしても通院している者がいるはずです」


「俺たちがまだ気づいていないだけで、少女たちと犯人はこの一連の事件以前に何らかの接触があったわけか」


「犯人がぼくの推理通りカスケード使いであれば、おそらく。

 ただ、動機がまるでわからない。

 すでに心が壊れてしまっている少女を何故殺さなければいけないのか。

 16人に限定した理由もわかりません」


 マユが俺たちの顔を交互に見比べながら、にやにやと笑っている。


「どうした?」


 と訊ねると、


「ふたりとも刑事みたい」


 と言った。


『刑事だよ』


 俺とゲロの息がはじめてぴたりと揃った瞬間だった。






 1986年11月、日本犯罪史上はじめてカスケード犯罪と認定される事件が新宿アルタ前で起こった。


 犯人はいまだにわかっていないし、その事件がカスケード犯罪だと認定さるたのは何年か後の話だった。


 俺はそのとき21歳で東京の大学生だった。


 前日から高校生の妹が学校をさぼって東京に遊びにきて俺の部屋に泊まっていた。


 あの日、「笑っていいとも」のオープニングタイトルのバックに映りたいと駄々をこねられしかたなく俺は大学を休み妹を連れて、正午に俺と妹はあの事件に居合わせた。


 あの現場にいた何者かがカスケード能力を使って、何十人もの道行く女たちに自ら服を脱がせて、「いいとも」のタイトルバックに全裸で整列させた、という事件だった。


 妹も迷子にならないように繋いでいた手を離して服を脱ぎ始め、俺はそれをやめさせようと必死で妹を背中から抱きしめていたから、妹は全裸になることだけは免れた。


 カスケード犯罪だったと認定されたのはそこまでだが、しかし事件はそれだけではなかった。


 ノイローゼの男が運転する暴走車が整列した彼女たちを全員ひき殺すという、おそらくカスケード使いも予想していなかった事故が起きてしまったのだ。


 その頃はカスケードなんてものを信じていたのはムーの読者かネオナチくらいで、もちろん俺はカスケードを知らなかったし、だから目の前で一体何が起こっているのかまったく意味がわからなかった。


 俺はただ、俺の腕から逃れようとする妹の両腕や肋骨を何本か折ってしまうほど強く抱きしめながら、泣いていただけだった。


 女たちの死体を撮影していたカメラ小僧のガキが補導されていたが、たぶん無関係の通行人に過ぎないに違いなかった。


 すべてが終わってしまったあとで、街が騒がしさを忘れてしまったかのような、早朝のような静けさの中で、俺はようやく妹から体を放し、救急車を呼んだ。


 すでに駆けつけていた救急車はすべて女たちの遺体やまだ生きている者を病院へ運んだあとだった。


 女たちは皆死に、12年が過ぎた今も妹は精神病院に入院している。


 妹は日本初のカスケード犯罪被害者の唯一の生き残りだ。


 あの日を境に気が狂ってしまった妹の病名は境界性人格障害といって、妹はリストカットをこれまでに百回以上繰り返し、それまでまったく興味など示してはいなかったロリ服をパジャマ代わりに着るようにもなった。


「ゲロ、ついでに調べてもらいたいことがあるんだよ。

 犠牲者の少女たちの心が仮に壊れているなら、病名は境界性人格障害であったかどうかということ、それとリストカットを繰り返していたか、ロリータファッションを好んで着ていたかどうかだ」


 俺はこれから名古屋大学付属病院の精神科を訪ねると連絡してきたゲロにそう言った。


「それらの共通点があったとしたら何かわかることがあるんですか?」


「犯人はまず間違いなくカスケード使いだ。

 まだ犠牲者たちの生首が燃やされてないなら、監理官の親父に頼んで警視庁のカスケード・リターン班を呼んでもらえ。

 カスケード被害にあった人間の脳からはカスケード使いに向けて微弱な信号が送られている。確かカスケード波ってやつだ。

 16個の脳から送られるその信号が交わる場所が犯人の現在地だ」






 職場の後輩で、社長(警視総監)の娘と結婚を前提に付き合うようなエリートが、遊びで付き合っている女の子が、昔自分が娘のようにかわいがっていた近所に住む女の子で、その子は16歳になっていて、体だけはしっかり大人の女に成長して、18だと偽って風俗で働いていて、そして彼女の初恋の人が自分であったと知ったら、あんたならどうする?


 俺は今日、三日前マユにもらった名刺に書かれていた風俗店を訪ねていた。SM専門の風俗店だった。


 店の女の子たちは女王様と奴隷に分かれているらしく、店の受付の壁にはマユの写真が貼られており、彼女はMの方なのだとわかった。


 首輪に繋がれたマユは、当店ナンバーワン真性M嬢、と紹介されていた。


 マユを指名すると、彼女は指名中らしく一時間ほど待たされた。


 待合室にはテレビゲームがあった。


 当店のオリジナルゲーム、とあるが、店の水着姿の女の子たちを裸にするだけのブロック崩しで遊ぶ気にはなれなかった。


 風俗ははじめてではない。


 恋人を作らない代わりに、電話帳のように厚い名古屋の風俗情報誌を見ては、俺は非番のたびに風俗に通っていた。しかしSM専門店というのははじめてで、知り合いを訪ねるのもはじめてだった。


 俺は緊張していたのかもしれない。


 その一時間は十日間の張り込みより長く感じた。待ち時間で日付が変わった。


 名前を呼ばれて、部屋に案内されると、マユはイソジンでうがいをしている。


 俺はマユにこの仕事をやめさせるためにここに来たわけではなかった。






 だけど、起たなかった。


 繋いだばかりの首輪を外して、マユをベッドに座らせ、その横に俺は座った。


 マユのいかにも安そうな生地のメイド服は部屋の隅に置かれていたが、俺は背広をマユの肩にかけてやった。まだ一言もマユとは話していなかった。


 マユはドアを開けた俺の顔を見て嬉しそうに笑って、そして俺をベッドに押し倒すと唇を奪った。


 真性M嬢というのはこの店での彼女の役柄に過ぎず、こちらが彼女の本当の顔なのだろう。


 マユは俺の服を脱がそうとした。


 俺はそれを拒絶して、メイド服を脱がせると首輪に繋いだ。


 マユのまわりを歩き、舐めるように彼女の体を観察した。


 大人の女の体だ。


 観察に飽きると俺は乳房を掴み、指で乳首を転がした。


 マユはわざとらしい声を上げて、息をすぐに荒くした。


 濡れ始めた股間に指を差し入れると、演技ではない声で喘いで、五分も触り続けただろうか、マユは悲鳴のような声を上げた。


 膣が痙攣しているのを俺の指が感じる。


 バイブを手にとり、痙攣する膣に押し込もうとしたとき、なんだか悲しくなってしまった。


 俺は妙に覚めていた。


 少年の頃からずっと女を喜ばせることが俺の興奮に繋がるはずだったが、今日はそれもない。



 そして今に至る。



 沈黙を破ったのはマユだった。


「おじさんが本当に会いに来てくれるなんて思わなかった」


 俺は死に別れた妻と、生まれなかった娘を思い出していた。


「マユね、こんな仕事してるけど、まだ処女なんだよ。

 バイブを入れられたりしてるから、処女膜はもうないけど、ゲロくんにだって入れられたりしてない。

 ゲロくんは口でされるのが好きだし。

 だけど、おじさんがマユの初恋の人だってこないだ話したよね。

 だからね、マユはおじさんとだったらエッチしてもいいって思うよ。

 死んじゃったおばさんのかわりでもいいよ。ねぇ、マユとしてよ」



 俺はマユに跨られ、騎上位でもてあそばれながら、死んだ妻と生まれてこれなかった娘のことを考えていた。


 妹の事件のあと、俺は妹を狂わせた東京の街にはもう住むことはできず、すぐに大学をやめて愛知へと帰り、翌年の春、アルバイトと正社員の間のような待遇でコープに入社した。


 死んだ妻はコープの正社員で、俺と妻は知り合ってすぐに恋に落ちて、そしてすぐにこどもが出来て、彼女の両親から彼女が縁を切られる形で結婚した。


 当時はまだ今日のようにできちゃった結婚は当たり前のものではなかった。


 腹が目立つようになると妻は産休をとり、バブルの時代であったから、産休にあわせて妻を気にいっていた上司が気をきかせてくれて、俺は正社員に格上げになった。


 その上司というのが、マユの父親の名古屋さんだった。


 元はといえばあの時代にはまだあった近所のよしみというやつで名古屋さんは俺をコープに入社させてくれた人でもある。


 3、4歳のマユとよく遊んだのはその頃だった。


 妹は狂ってしまったのに、俺だけが幸福になる、そんなことが許されるわけがないことはわかっていた。


 しかし俺は妻に愛され、間もなく愛すべきこどもが生まれるという幸福にあらがうことはできなかった。


 浮かれていたのかもしれない。


 再びカスケードが俺の幸福を破壊するなんて俺は思いもしなかった。


 新宿アルタ前のあの日から1年と少しが過ぎた87年の暮れ、妹が病院を脱走した。


 妹は病室を抜け出して、オペ室に忍び込み、夕方からのオペの準備をしていたナースを襲い、メスを奪って逃走した。


 職場でその連絡を受けた俺は、名古屋さんの許可をもらって早退し、病院に駆けつけた。


 しかし病院関係者や警官たちに行き先の心当たりを聞かれたところで妹はもはや俺の知る妹ではない。


 わかるわけはなかった。


 俺にできることなどありはしなくて、仕方なく家に帰ると、家の鍵が開いていた。


 キッチンで夕飯の下拵えをしているだろう妻を呼び、不用心を注意しようと思ったとき、玄関に充満する生臭いにおいに気づいた。


 そして、汚れた小さな足跡が玄関からキッチンのある奥にまで続いているのを見た。


 そのときにはもう、この奥に一体どんな光景が待ち受けているか、俺はすべてわかっていた。


 おそるおそる、靴を脱ぎ、家に上がった。


 奥へ向かうほど生臭いにおいは強くなる。


 キッチンで妻が腹を引き裂かれて死んでいた。


 その横で俺が誕生日に買ってやった一番お気に入りのロリ服を着た妹が、体育座りをして俺の娘を喰らっていた。


 コープをやめて刑事になろうと思ったのは、その事件の直後だ。


 俺は、マユの子宮に種を植え付けたいと考えながら、果てた。


 マユは繋がったまま俺の上に覆い被さり、嬉しそうに胸に頬を置き乳首を舐め、そのまま舌を這わせながら俺の唇をもう一度だけ奪った。


 そして、


「マユと結婚して」


 と言った。


「マユが呉羽のこどもを産んであげる」


 久しぶりに俺は俺の名前を聞いた。安田呉羽。


 それが俺の名前だ。もう二度と呼ばれることはないような気がしていた名前だった。

 今まで忘れていたような気さえする。


「パパがいつも言ってたの。呉羽みたいな男の人と結婚しなさいって。

 マユはあの頃からずっと呉羽のことが好きだし、マユが呉羽と結婚したらパパ、すごく喜ぶと思うんだ」


 それも悪くないかもしれない。


 俺とマユは今日籍を入れた。




 ゲロと俺の推理は的中し、16人の少女たちのうち最初の犠牲者であった大塚愛子他7人は精神科に通院して境界性人格障害と診断されており、リストカットを繰り返していたし、ロリータファッションで診察に訪れていた。


 残りの9人の家族は娘の気狂いをひたかくしにしていたが、娘たちの部屋からはルミノール反応でリストカットの際のものと思われる多数の血痕と、そして何着ものロリ服が見つかった。それで十分だった。


 犯人はカスケード使いだ。間違いない。


 しかし、生首が遺体発見現場に再び置かれることはなかった。


 ゲロが監理官に呼ばせた警視庁科学捜査研究所カスケード・リターン班の調査により、少女たちの生首からはすでに何の電波も発信されていないことが判明したからだった。


 カスケード・リターン班とは、主にカスケードの被害者の脳からカスケード使いの脳へと発信される微弱な電波カスケード波を感知し増幅、そして追跡、カスケード使いを特定することを目的に、1998年8月16日極秘裏に設立された組織だ。


 唯一最後の犠牲者となった吉本虹の脳からは微弱すぎる電波が確認できたが、直進するのみというカスケード波の性質上、犯人の現在地の方角は愛知県警の北北東であることがわかっただけだった。


 生首がもうひとつ、カスケード波を出してくれていれば犯人を逮捕することができたはずだった。


 動機が不十分だろうが、犯行時間にアリバイがあろうが、凶器が見つからないとしても、そんなものは時間さえあれば突き崩すことができるだろう。


 カスケード波という状況証拠は、まだ法律上証拠として機能はしないものの、重要参考人として拘束し取り調べることは証拠などなくても可能だ。


 カスケード犯罪禁止法案は数年前から国会で審議されているがなかなか通過できないでいる。


 今のままではカスケードはただの呪術でしかないし、たとえ可決し施行されても妹をあんな風にした奴を逮捕することは永遠にできないが、しかし今回、カスケード使いは首を切断するという形で殺人を犯している。


 カスケード犯罪禁止法がなくとも逮捕し死刑台に送ることができるはずだった。


 だが、すべては遅すぎたのだ。


 俺はゲロの胸ぐらを掴み、怒鳴りつけることしかできなかった。


「おまえはいつこの事件がカスケード犯罪だって気づいていたんだ。どうしてすぐに上に報告しなかった?」


「だって、最初気づいたときすぐにコープさんに話したら、ぜんぜん聞く耳持たないって感じだったじゃないですか。だから上に話しても相手にされないと思って……」


 俺のミスなのか?


 なぜ、俺はあの時、カスケードという言葉を無意識に拒絶してしまったんだろう。妹をあんな目にあわされて、憎くてたまらなかったはずじゃないか。


「もういいじゃないですか。手、離してくださいよ。こんなことしてる暇があるなら次の手を考えましょうよ」


 ゲロのその言葉に俺は激昂して、ゲロを殴りつけた。


 畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、


 俺は怖かったんだ。


 妹のようになりたくなかったんだ。


 だからカスケード犯罪じゃないように信じたこともない神に祈っていたんだ。



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