シンデレラ、最後の夏 7

 校舎の陰で今回の件をすべて話し終えると、東海林さんのお兄さんは目を細めた。

「んー、確かに俺が説教すべきなのかもね。今日は保護者代理で来ているわけだし、一番の被害者はスパイクにお金を出した親だわな。

 ただでさえ教師の卵なんだから、弟がそんなことしたんだったら叱ってやらなきゃいけない」

「東海林先輩のお兄さんって先生目指しているんですか?」

 未だ宇山はこびへつらうように愛想を振りまいている。東海林先輩のお兄さんは「長いから恭哉きょうやでいいよ」と前置きしてこう言った。

「これだけの理屈がそろっていてなんだけれど、俺は断る」

 3人から表情が消えた。

「どうしてですか」

 そもそもスパイクシューズは買ってもらったにしろお小遣いから出したにしろ、元をたどれば保護者が出したお金のはずだ。叱っていいはず。

「君たちの解決方法はこうなってしまった以上、最もスマートな解決方法かもしれない。

 サッカー部の子たちは今、犯人だと疑われている。先生方もスパイクが転がっていたとなればいじめを疑わざるを得ないだろうからね。

 経緯が明らかになれば、ソフトテニス部が私有地に勝手に入ったこともおおっぴらにはなる。

 もう片方のスパイクを持っている子が正直に話すわけにもいかない。その子が逆に疑われるかもしれないから。

 君たちが話すのも逆効果だ。疑いの目が君たちに向かう。

 そりゃ、スパイクを捨てたうちの弟に正直に名乗り出てもらうしか解決は望めないだろうね。だって本当のことなんだから」

 恭哉さんは、別に私たちの話を信じていないという訳ではなかったことには安堵した。むしろ私たちのやっていることが正しいと思ってくれている。

「そこまで言ってくださるのに、どうして」

「俺だったら絶対嫌だ」

 恭哉さんはしゃがみ込むと、少し長い話になるから、と私たちも腰を下ろさせた。

「俺がいた頃の久葉中ってさ、びっくりするほど風紀が厳しくて、校則でガチガチに締め付けられていたのね。中学校でろくな思い出がなかった。

 特にすごかったのが部活。たまたまサッカーやってたからサッカー部に入って優勝を目指す、なんて甘い理屈が通用しなかった。顧問の厳しい指導に耐えられない同級生がバタバタ辞めていったよ。先輩たちも先生からの罵声に耐えるか、後輩しごいて鬱憤晴らすか、みたいな感じで。とにかくひどかった。結果俺たちの代が3年生になって部の現状を見たとき、優勝どころか大会出場もできないことに気づいた。部員5人? サッカーできないじゃん。結局そのまま引退が決まった。

 そんなクソみたいな学校生活を送る生徒がこれ以上いないようにと、先生を目指した」

 城崎と2人目を合わせる中、1人宇山だけが困惑の表情を浮かべている。

 4月当初に知ることとなった研究部と蓬莱先生にまつわる悲劇。恭哉さんはそのさなかに在籍していた生徒のはずだ。直接は言わなかったけれど、サッカー部他どの部も当時勉強部だった研究部に部員をとられ、まさに活動できるかどうかの瀬戸際にあったはずだ。

「崇哉がここに入学して、サッカー部に入って時々大会とかに応援に行ったりしてさ。みんな元気よく挨拶してくれて、教えたりするとそれでお礼言って喜んでくれて、久葉中変わったんだってほんとうれしかった。

 その瞬間だけはさ、崇哉が中学でもサッカー部に入る! って言い出した時、反対しなくてよかった、と思えたんだ。

 だからさ、崇哉の同級生が事件起こして総体に出られないかもしれないって聞いたら、絶対に守らなきゃと思った。頭下げてでも靴なめてでも、弟たちには大会に出場させたかった」

「先、輩……」

 宇山にティッシュを差し出す。ひったくるようにティッシュを受け取った。

「そこまでしてお膳立てしたのは、たぶん崇哉も知ってる。だが努力もむなしく、サッカー部は一回戦敗退を喫した。

 それでスパイク捨てちゃったんだろ? 気持ちは痛いほど分かるよ」

 研究部なので、情報だけは仕入れてあるから知ってはいた。けれど、いざ口に出されてみると、無念さがひしひしと伝わってくる。まともに目を合わせられなかった。

「崇哉なら絶対間違ってるって頭では理解してるよ。それをまた他人に言われるだけでも苦しいのに、しかも先生や仲間に正直に白状してくださいって、自分がそんなこと言われたら、絶対に耐えられない」

 こんなにも弟おもいの恭哉さんに説得を持ちかけたことを後悔した。城崎の顔にもばっちり書いてあった。宇山は半泣きになっている。

「すみませんでした。撤回します」

 城崎が頭を下げた。私もならって頭を下げる。

「そうは言ったけど、やっぱり説得するかい。崇哉が正直に話すしか、方法はないんだろう。時間が経てば経つほど、崇哉も苦しんでるはずだ」

 恭哉さんが立ち上がる。

「恭哉さん、やはりあなたではだめです」

 城崎が制した。宇山に「何だと!」と突っかかられているが、身長差故に城崎のデコピンで宇山は黙った。

「ここまで真剣に考えてくれるお兄さんから、もし自分がやったことを正直に先生や仲間に話せ、と言われたなら、崇哉先輩はきっと正直に話してくれるでしょう。

 でも、僕は恭哉さんと崇哉先輩の兄弟関係を壊したくありません。壊れなかったとしたら、崇哉先輩にとって恭哉さんの言葉は呪いになってしまいます。

 あなたは崇哉先輩の味方であるべきです」

 ここまできっぱり言う城崎に、私は反論できなかった。

 いいな。

 こんな時に羨望とか嫉妬とか感じてる場合じゃない。でも、思わずにはいられなかった。私の姉は、そこまで考えてくれないから。そんなこと考えてくれないから。

「どうするんだい?」

 恭哉さんはなお私たちに優しいまなざしを向けてくる。

「あの人は絶対動かないだろうしな」

 城崎がため息をついた。一応誰だか聞くと、全員ため息をついた。

「いっつも兄貴の方から愚痴聞かされてたけど、その兄貴の優秀さ故だろうな。俺とは絶対に口利かないよ」

 恭哉さんまでため息をつく。

「説得に言っている人とは違う面の当事者で、正義をぶつけられてもギリギリ反抗できそうな人……誰か……」

 1人宇山が涙をためている。

「どうした?」

「ううっ、絶対、ぜーったい言わない」

 心当たりがあるな。

「言いなさいっ!」

「ヤダッ!」

「あー!」

 城崎がいきなり馬鹿でかい声を出す。正直殴りたかったけれど。

「誰?」

「盲点だった。説得に言っている人とは違う面の当事者で、正義をぶつけられてもギリギリ反抗できて、しかも絶対に説得に応じてくれる人。しかも居場所も検討がつく」

「そんな都合のいい人間いるの?」

 城崎が言う人間は、確かに盲点で都合のいい人間だった。

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