シンデレラ、最後の夏 6

 サッカー部の呼び出しがかかった。

「何事!?」

 牧羽が叫ぶ隣で、宇山がゴクリとつばを飲み込んだ。

「宇山、お前には仕事してもらわなきゃ困る」

 僕は逃げようとした宇山の腕を掴む。痛い、という視線を投げかけられる。

 最悪の展開になったのかもしれない。元気は一体何をとちったのか。

 これで、最後の1手にかけるしかなくなってしまった。 

 僕たちがやるべきことは3つ。

 1つ目。学校外、つまり藪の方にボール拾いに行っているソフトテニス部に撤収命令をかけること。スパイクがその辺に転がっていたことが伝われば現場を見に行ったりもう片方を探しに来たりする人が出てくるはずだ。どのみち学校の敷地外に出ている生徒たちの存在も明るみに出るので、騒ぎになる前に撤収しておくべきだ。これは既に小倉とソフトテニス部の遠野綾子にお願いしてある。

 2つ目。スパイクを捨てた人を説得しに行く。自ら名乗り出てもらえれば事態は収束する。これも別の人間が向かっている。

 3つ目。スパイクを捨てた人の保護者に話をしに行くこと。名指しするくらいで名乗り出てもらえるとは思っていない。おそらく他の部員たちに話したところで解決するとも思えない。なら誰に頼もうと考えるか。

 今日は奉仕作業という、保護者が学校に来ている日なのである。子どもの説得にこれ以上の適任者はいない。宇山の言う分には彼の母親は良識がある方で、こちらがよほど失礼な態度をとらない限りは話は聞いてもらえるはずだ、という。

 僕らが今やるべきことは、保護者を見つけ出して誠意を持って現状を話し、自身の子どもに話をしてもらうことだ。

「で、どの人なのよ?」

 職員玄関前には保護者らしき集団が岩井先生につっかかっている。

 宇山にあの集団に飛び込んでもらう訳にはいかない。呼び出しをしている張本人の岩井先生に見つかったらすべておじゃんだ。特徴を聞いて僕たちが引っ張ってくることにした。

「あ!」

 宇山が声を上げて走り出したので後を追った。

 宇山が駆け寄ったのは中学生の保護者どころか、子どもがいるとすら思えない、まだ青年と呼べるくらい若い男性だった。

「もしかして、東海林しょうじ先輩のお兄さんですよね! こんにちは。サッカー部の宇山です」

 すごい愛想を振りまいて挨拶をしている。宇山の声が無駄にデカかったせいか、周りの生徒たちから意味ありげなまなざしが向けられる。ねえねえ。あの人、ちょっとかっこよくない? 的な。

「やっぱりサッカー部の子か。そっちの子たちは友達?」

 東海林先輩。僕たちが探しているその名前だ。

「いえっ、違います。こいつらは」

「あなた、目的を忘れてないでしょうね」

 牧羽に肩をがっちりと掴まれて宇山は口をパクパクさせている。しかも宇山の友達が通じなくなってしまったので、何か別の名目を考えなくてはならない。

「もしかして崇哉たかやに何か用? 崇哉なら開始早々どっか行っちゃったから、俺もどこにいるか知らないんだ」

「あの、その崇哉さんの保護者の方はどちらに?」

 牧羽が間に入って聞く。

「一応俺が保護者代わりで来てるけど」

「お兄さんがですか?」

 愛想を振りまいたままのトーンで宇山が聞き返す。

「共働きでどっちも来られなくなったから、どうせ暇だろって俺が来ることになってさ。

 ところで宇山君や君たち、は行かなくていいのかい?」

 宇山が返答に困っているところで、僕たちはこの事態に切り込むことにした。

「紹介が遅れました。僕は城崎、こちらは牧羽です。

 僕たち2人は研究部といって、人助け的なことをやっている部です。ボランティアだと思ってくれて構いません。

 実は僕たちは崇哉さんを探しています。これは今サッカー部が呼び出されていることにも関係があります」

「さっきも言ったけど、崇哉の居場所は知らないよ」

「それはこちらで探すつもりです。

 あなたには、崇哉さんを説得していただきたい」

 東海林さんは眉をひそめた。

「何やらかしたの?」

「少し場所を変えませんか」

 牧羽の提案に、東海林さんは校舎の陰を指さした。

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