シンデレラ、最後の夏 5

 スパイクの砂ぼこりを極力はたき落とし、俺はスパイクの持ち主を探すべくサッカー部にあたることにした。

 何が問題なのかといえば、見つけた場所と経緯を正直に話すとテニス部の不法侵入が明るみになってしまうことである。ならそれをねじ曲げればいい。地道な作業にはなるが、持ち主の心当たりをサッカー部に聞いていけばおそらくは見つかるのではないか、と思う。だって少なくともスパイクの片方がなくなっているのだ。気づかない訳がない。

 澄香と遠野さんにもう片方のスパイクの捜索をお願いし、俺はサッカー部に聞き込みに向かった。

 サッカー部の持ち場はグラウンドである。とにかく一番声をかけやすい1年生の集団に飛び込んだ。ほとんどどこかの小学校でサッカー部をやってたメンバーだ。大体の顔と名前は知っている。

あきら!」

「ひゃあ!」

 田辺たなべ章は名前を呼ばれてかなりのオーバーリアクションで反応した。

「元気! ってことは何? 研究部の活動?」

「まあ。サッカー部みんなにちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 章はキョロキョロと仲間を見渡した。声をかけてくれて、章の周りには部員が集まってきた。

 大体の顔ぶれが集まってきたところで俺たちは例のスパイクを見せ、で片方だけ拾ったこと、持ち主を探しているので心当たりはないか、とだけ話した。

 彼らは顔を見合わせると、さあ、とか知らない、という声が上がってきた。

 視線は八乙女やおとめに注がれ、彼が話を始めた。

「実はサッカー部って昨日部室の掃除をやったわけね。で、今使ってない私物とかも出てきたんだけど、そのモデルのはなかったわけよ。

 じゃあこの中にいる誰かの持ち物ってことなんだろうけど……」

 1年生たちは先輩たちの集団に視線を動かした。先輩たちも何人かはこちらの成り行きを見守っていたのか、パラパラと周りに集まってきていた。

「あれ、奉仕部の」

「研究部です」

 新部長の倉田くらた先輩が出てきた。総合体育大会のコメントを集めに行ったときに窓口になってくれた先輩である。2年生の先輩たちにも同じ説明を繰り返した。

「これ……」

「うわあ……」

 そのまま顔を見合わせる時間が流れる。最初の俺たちと同じ感想を持ったのかもしれない。

「俺たちはまず誰の持ち物なのかを明らかにしたいです。ただ落としただけなのかもしれませんし、その辺りに放置してカラスとかに持って行かれたのかもしれません」

 まだ誰かが悪意を持って捨てたと決めつけるには早すぎる。

「でもシューズなくしたとかだったら誰かが聞いてるだろ」

 そうだな、と口々に言い合っていた。

「とにかくどうする?」

「先生に届けるしかないだろうけれど、こんなの岩井いわい先生とかが見たら……」

 ちょんちょんと肩をつつく章に、何? と声をかけようとしたときだった。

「サッカー部!」

 会話を遮断するような怒鳴り声。そばには檜室先生がいた。最悪のタイミングで最悪の人選。やはり手にしていたものを見とがめられた。

「それは何だ?」

 数十秒後、サッカー部は3年生も含めて中庭に集合するよう放送がかかった。

 サッカー部の面々は、誰1人として一言も発さずに体育座りをしている。パラパラと遅れて入ってきた部員は、おっかなびっくり体育座りを始めた。俺も同じく腰を下ろすように指示が出された。

 やって来る生徒がいなくなった頃、岩井先生が話を始めた。

「全員目を閉じなさい」

 有無を言わさぬ口調。命令、というべきだろうか。俺たちもならった。

「心当たりがある人間は、手を挙げなさい」

 薄めを開けて様子を見た。誰1人として手を挙げない。

「正直に手を挙げなさい」

 さらに口調が強くなる。

「手を下ろしなさい」

 当然手を下ろす人間など誰1人としていない。

 この沈黙が何を意味するのか。さらに長い沈黙が続く。

「もう一度言います。目を閉じなさい」

 この先の展開はわかっている。

 この儀式は持ち主の特定ではない。の犯人捜しだ。

”呼び出しをいたします。岩井先生、岩井先生。保護者からご連絡が入っております。至急職員室までお越しください。” 

 急に放送がかかる。岩井先生は明らかに不服な顔で出て行った。あれは増田ますだ教頭先生の声だ。

 部員たちは不安と困惑の表情を浮かべている。誰しもが不安を顔に出している。

 岩井先生と入れ替わるように姿を現したのは、我ら研究部顧問の田村先生だった。声をかける前に制された。田村先生はサッカー部の前に立って咳払いをした。

「えー、何か誤解があるようですが、ハッキリ言って皆さんにはほとんど関係ありません。私としては皆さんを解散させてもいいのですが、ここは乗りかかった船ということで、待機していてください」

 話が終わった途端にわっと騒ぎ声がはじけた。不安、混乱、怒り、すべてが混ざり悲鳴と化している。田村先生は俺たちを呼んだ。 

「さっきのどういうことですか?」

「とりあえず高瀬から伝言だ。君たちへのアドバイスが裏目に出て訂正が間に合わなかったことを謝る、と。自分たちが知らないところで事態の収束に向けて動いてた連中がいて、彼ら曰くスパイクを放り出したのを捕まえてくるだけなんだと。

 いいか? こうなった以上、部外者が何を言っても信じてもらえんわけだから、君らは裏で動いている連中を信じて待つしかないわけだ」

 田村先生は腕を組んでどっかと縁に腰掛けた。

「じゃあやっぱりスパイクを捨てた犯人がわかったってことですよね? 誰なんですか?」

「待て待て」

 詰め寄る俺を制して田村先生は腰を下ろさせる。また咳払いをして話し始めた。

「まず、俺はさっき言ったことしか聞いてないし、無駄に秘密主義なのは知っているだろう? だから詳しいことは全く知らん。よって犯人も知らない。ただ、そいつを説得するまで便宜を図って欲しいとのことだった。

 まあ俺なら余計な詮索をせずそのまま待たせてもらうがな」

 田村先生はそのまま視線をサッカー部の方へと向けた。いつの間にか全員がこちらを見ている。

 ともかく田村先生の話からわかったのは、俺たちの他にもスパイクを捨てた人を探していた人がいたこと。スパイクはということ。説得するまで、ということは今別の場所にいて説得を受けているのだろう。つまり、スパイクを捨てた人はここにはいない。

 スパイクを捨てたのはサッカー部ではないのだろうか。そうは思わない。よくよく見ればあったのかもしれないが、あのスパイクには名前が書かれていなかった。つまり特定の誰かのスパイクを持ち去るにはどんなものを使っているのか知っていなければならない。サッカー部以外の人が嫌がらせをするなら、違うもの、例えば名前が書いてある上履きや通学用ヘルメットとか判別がしやすいカバンなどを選ぶだろう。それこそ自転車にいたずらというのもあり得るのだ。ましてや今は夏休み。わざわざ他の部のところに行ってまで嫌がらせするとも思えない。

 となるとスパイクを捨てたのはここにいない人間となる。

「あの、先生」

 倉田先輩が田村先生に話しかける。

「何だ?」

「さっき蓬莱に話していたこと、信じていて大丈夫なんですか。やっぱり分かりませんでした、だったら、サッカー部は代替わりしてもずっと疑われることになるんですけど」

 他の部員たちが固唾をのんで見守っている。その心配はもっともだ。

「事態の収束に向けて動いている人たちって、もしかして篤志たちですか」

 小声で田村先生に話しかける。否定はしなかった。やっぱりとは思っていたが、研究部のメンバー以外で他に動くような人たちも思い当たらない。

 不安を膨らませないためと、自分の考えを整理するために、倉田先輩に質問を投げかけた。

「そういえば、サッカー部ってここにいる人で全員なんですか」

 何でこんなときに、と顔をしかめられはしたものの、確認はしてくれた。

東海林しょうじ先輩と宇山がいない」

 再びざわめきが起こった。顔を引きつらせた倉田先輩が助けを求めるようにこちらを見た。よりによって宇山がいない。倉田先輩は「まさか部長がいなかったなんて」と頭を抱えだした。

 いない人間が2人。

 どちらかがスパイクを捨てられた被害者でもう片方は――。

「幽霊部員とか、いないんですか?」

「あの集団そうじゃねえか?」

 田村先生が指す方を見ると、中庭の後ろの方で檜室先生たちが何人かの男子生徒を囲っていた。彼らがそうらしい。

「あれじゃケイドロだ」

 田村先生はあまりじっと見るなよ、と釘を刺した。

 活動していた中だと東海林先輩と宇山。

 幽霊部員だと、思い浮かぶ顔が2人。藤波先輩と戸川先輩。

 ガラス戸を開けて入ってきたのは――――。

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