シンデレラ、最後の夏 2

 ふらふらな元気を見送ると、2人きりの僕たちには気まずい空気が流れた。

「小倉はいつ帰ってくるんだ?」

「とりあえず今は2人でも充分でしょ。直に高瀬たかせ先輩も来るでしょうし研究部の持ち場ってそんなに広くないから」

 牧羽はそのまま草を抜き続けた。

 辺りを見回せばむしった草を投げ合ってはしゃいでいる男子たち、集まってしゃべっている女子の集団、どうやら四つ葉のクローバー探しに勤しんでいるらしき女子など俺たち以上にやる気のない生徒たちが点在している光景が広がっていた。きっとホウキがあればチャンバラを始め、水道のつながったホースがあれば水を掛け合ってじゃれあう。学園ドラマのような青春の1コマが完成するだろう。

 しかしながら、僕は研究部の一員として、彼らの仲間に加わることは考えなかった。

 僕たち、僕、元気、牧羽、小倉、そして高瀬冬樹ふゆき先輩の5人は研究部という部活のメンバーだ。

 研究部は久葉中の生徒や先生からの依頼を受けてその解決のために活動する部活である。生徒からは抱えている問題を解決するという人助けのような側面があるが、先生からの依頼はほとんど学校の雑用だった。場合によってはボランティア部にもなりえる研究部だから奉仕作業を行わない理由などない。むしろ活動内容の一環として積極的に参加するべきかもしれない。ただ、今年の夏は新聞掲示に加え、各部に総合体育大会やコンクールの時のコメントを書いてもらったりと活動の幅を広げたため、とにかく忙しかったので、そこまでの余裕がなかったのも事実だ。

 以前はかなり活気のあった部活だったようだが、3年生の部員は0、2年生の代も元々3人いたのに2人もいなくなってしまったという。僕たち1年生が入らなかったらこの部はどうなっていたのだろう。

 いや、冬樹先輩が研究部を辞めていたら? もしかしたら元気の父親、蓬莱先生のことはずっと闇に葬られたままになっていたかもしれない。

 姿を消してしまった元気の父親は、研究部の顧問だった。

「戻ってくるのがちょっと遅いわね」

 僕は作業の手を休めてあたりを見回す。目の届く範囲に小倉はいない。

「誰かに捕まってるんじゃないのか?」

「それならいいけどね。さっきの蓬莱を見たらさ、ちょっと不安になるじゃない」

 牧羽の言い分も最もだった。小倉は誰かに頼まれると嫌と言えないような性格をしている。それが嫌でなければいいが、ただただ仕事を押し付けられることだってあるはずだ。

 柔道場の方を手伝いに行っている冬樹先輩もなかなか帰ってこない。校内で一番西側にある柔道場は、ここからだと体育館の陰になってしまっているから状況すらわからない。下手に持ち場を離れると檜室先生の雷が落ちそうだし。

 ただでさえ牧羽と2人きりでは調子も狂うし、感傷的になった自分が嫌になった僕は少し場所を変えることにした。どの辺りをやればいいだろう、と辺りを見回し、未だ草が盛んに茂っている場所を見つけた。

 草をむしり始め、垂れてくる汗を拭ったとき、僕の視線はとある一点に注がれた。

 学校の敷地を区切る緑色のネットが一瞬だけ動いた気がしたのだ。今日は全くの無風。ひとりでに揺れるなんて思えなかった。

 僕はそろりとネットに近づいた。少しだけ持ち上げてみると、ネットの下部に穴が開いているのが見受けられた。

 牧羽は怪訝そうに僕を見た。

「これまずくね? ここだけネットが破れてるって」

「先生に言えばいいんじゃないの」

 牧羽の答えとしては、普通の生徒なら模範解答であろう。牧羽はいつにましてふくれっ面をしてしゃがみこんだ。

「でもさ、僕ら研究部だぜ?」

 柄でもないのは重々承知している。でも言い訳くらいさせてほしい。今まで僕ら研究部が活動内容としてきたのは、自分たちで行動してきた積み重ねなのだ。

 仮入部だった時は、元気が研究部を、元顧問だった彼の父親の蓬莱先生が残したものを探すために、元気は走り回った。

 七不思議を調べたときも、僕は最後まで3人に引っ張られる形で終わった。

 自転車事件だって、危ない橋を渡ったのは元気と依頼してきた白石しらいし先輩が突っ走ったからだ。

 元気はもう1つ、自分のクラスのために自ら動いたことも聞いている。

 改めて隣にいる牧羽のことを見る。夏休みに入ってから、女子2人は特に活躍していたと思う。勝手にとある美術部員のことを嗅ぎ回ったていたし、体育館の部活割り当て表がなくなったときも真っ先に動いたのは彼女たちだ。

 冬樹先輩だって動ける側の人間でなければ、研究部など僕らが入部する前に辞めていただろう。僕たちが入部するまでたった1人で研究部を守っていたのだ。何せ3年生はおらず2年生の部員も彼だけなのだから。

 僕は普段から積極的に行動するタイプではないとわかっている。実際危ない目にも遭ってきたから、自分から首を突っ込むことが必ずしもいい結果につながるとは限らない。行動派に変われるとも今の時点では思えない。

 けれど研究部に籍を置く以上、僕だけ今のままでいいんだろうか。言われるがまま誰かの手伝いだけで満足してしまうのは、さすがに違和感を覚えていた。

「なら、調べてくれば?」

 牧羽は目も合わせずに言う。

「気になるんでしょ。澄香も蓬莱も高瀬先輩も私1人残っていればいいでしょう」

 そりゃ、気にならないといえば嘘になる。答えを見つけたかった。

 グズグズしていると、牧羽ににらみつけられた。

 ネットをめくってみる。ヒモが外れており、フェンスにはかがめば人1人通れそうな隙間が空いている。

 僕は藪の中を見た。人影を認めた。

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