シンデレラ、最後の夏

平野真咲

シンデレラ、最後の夏 1

 奉仕作業はつらい。

 夏を実感させるがごとくじりじり照りつける太陽。俺たちをあざ笑うようにそこかしこにピョンピョン飛んでいる虫。

「暑いな」

「ああ、暑い」

 蓬莱ほうらい元気げんきは、額ににじんだ汗を体操服の袖で拭った。帽子を取って扇ぎだした城崎きざき篤志あつしが話しかけてきた。

「これマジで大丈夫なのか? 研究部の活動としてもやらなかったわけだし」

「仕方ないだろ。部活でやって熱中症が出たらアウト。活動停止。学校側も処分を受けるの。

 だけどこれは3年生の学校行事に有志で参加しているだけだから」

「さすが久葉くば中。有志という名の強制参加だもんな」

 篤志はため息をついて、ブチブチッと連なって生えていた草を根こそぎ引き抜いた。

 本来なら3年生とその保護者のみを対象とした行事として奉仕作業が設定されているのだ。なぜ夏休みの終わりを浮き立たせるような時期にやっているのかというと、一大学校行事である運動会に備えて校内美化を図るだとか、部活を引退した3年生の生活リズムを戻すため(受験生だから勉強にいそしんでいるはずだし、課外の参加者や図書室利用者など結構見かけるのだが)だとか、仕事の負担軽減と親子のふれあいができるともくろむPTAの陰謀だとか、とにかくいろいろな説がささやかれている。

 ところで久葉中学校は上下関係がとても厳しい。ゆえに『最上級生であり受験前という非常に忙しい時期の3年生が暑い外に出て学校の草刈りをやっているのに1、2年生が手伝わずに部活をしているとは何事だ』と考える人もいる。

 そんなわけで、毎年どの部活も大会やコンクール等が被らなければ強制参加させられるという。研究部に大会もコンクールもあったものではない。ほぼどの部も奉仕作業を行っているのに、うちだけやらないのは如何なものか、という顧問の田村たむら先生の助言により俺たちも奉仕作業に参加することになったのだ。

 ちなみにうちの学校の生徒は全員どこかしらの部活に入部しているとの話で、どの部も奉仕作業の日はよほどの用事がない限り部活を休んではいけないという暗黙の了解があるらしい。これも久葉中らしいと言えば久葉中らしい。

「あんたたち、無駄口叩いてないでしっかりやりなさいよ」

 後ろから牧羽まきば美緒みおの声が聞こえる。

「やってるよ」「小学生の掃除の時の女子かよ」といい加減な返事をした。

 こんな会話をしながら草をむしっているが当然ペースは遅くなる。仕方ないじゃないか。鎌とか3年生しか使えないんだし。

「ほんと、呆れた。ほかの部もしっかりやっているんだから、ちゃんとやらないと」

「そうは見えんがな」

 篤志は牧羽さんの後ろの遠くの方を見た。牧羽さんも振り返って見る。

 南は校舎、西は体育館、北は学校の敷地を区切るネット、東はグラウンドに囲まれたこのエリアは、檜室ひむろ先生が定期的に巡回に来る。巡回の目がない間、真面目に草取りをしようなどと考えている生徒はまずいなかった。途中から手を抜き始め、だんだんおしゃべりの方が盛んになったりふざけ始める者が出てきた。彼らに比べればこの部は至って真面目に取り組んでいる。指示のままに草を摘み、かき集めてゴミ捨て場に持って行く。

「大体熱中症とか大丈夫なのか?」

「だーから水分補給しろって話なんでしょうが」

「そういえば澄香すみかはどうした?」

 部活ごとに持ち場を決められているので、俺、篤志、牧羽さん、そして小倉おぐら澄香の4人で固まって作業していたのだが、さっきから澄香の姿が見えない。俺は立ち上がった。

「休憩ついでにゴミ捨てに行ったわ。ほんと働き者よね、誰かさんたちと違って」

 牧羽さんは俺たちを見下ろして言う。

「お前が言える立場かよ」

 篤志が手を止めてボソッとつぶやく。俺は一旦立ち上がって頭にかぶっていたキャップを取って汗を拭った。少々めまいがして、倒れこむように地面に腰を下ろす。帽子がパサリと落ちた。

「元気?」

「あんた、大丈夫?」

 篤志と牧羽さんに口々に言われる。

「そういえば元気、全く水飲みに行ってないだろ」

「サッカー部だった頃はこのくらい――」

「そうでなくても黒い帽子だから熱がこもりやすいのに」

「これしかなかったんだよ」

 小学生の頃、当時流行っていたスポーツブランドのキャップを買ってもらって以来、他に帽子は持っていない。急に帽子をもってこいと言われたから、これしかなかったのだ。

「一旦休憩してこい」

「もう草取りいいから」

 2人の勢いに気圧されて、俺は水分補給のため少しだけ離れることにした。

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