値打ちもの⑤

 グエンに団地での調査を依頼して、わたしは彼女と別れた。自分でもいろいろ調べる必要があった。まずはサントスの勤め先だった自動車解体工場ヤードから取りかかった。工場の主は鴨志田カモシダという50絡みの男で、サントスの死を悼むというよりは、降りかかってきたトラブルを迷惑がっているという雰囲気だった。まあ、仕方ない話だ。わたしはとりあえずお決まりの質問を投げてみた。

「何か、ここ最近、サントスさんについて、変わったことはありませんでしたか?」

「さあてね」鴨志田は突き出た腹の上で手を組み合わせながら言った。「あいつはとにかく人づきあいが悪くてね。まあ、仕事はいつも真面目にやっていて……自衛隊で資格を取ってるとかで、機械いじりや重機の操作が得意なもんで、重宝してたがね。しかし、無口だし、自分のことは何も言わないやつだったからな」

「なるほど」

「それでもな……おう、トウマ。ちょっとこっちこい」

 鴨志田は、ちょうど事務所に入ってきた青年に声をかけた。青年──トウマは汗の匂いをぷんぷんさせながらこちらにやってきた。20をいくらも過ぎていない──ひょっとしたらまだ19くらいかもしれなかった。

「はい、社長。いったいなんすか?」

「こちらの探偵さんがな、サントスのことを聞きたいんだと。おめえ、前にサントスのことで何か言ってなかったか?」

「サントスさん? 殺されたんですよね、あの人?」トウマは不安そうな顔になった。「なんかオレ、ヤバイことになるんすか?」

「そのあたりは心配要りません。わたしは秘密を守ります」わたしは言った。「トウマさん、あなたの知っていることを教えてください」

 トウマは正直にしゃべった。要領を得ないしゃべり方だったが、要約すると以下のようになる。

 数週間前、トウマはサントスがどこかに電話をしているのを見た。サントスはトウマに見られているのに気づいて、きつい態度で、このことを黙っているように要求したという。「怒ってはいたんすけど、なんかビビってる感じもありました」とはトウマの弁だ。そのとき、サントスはちらっと奇妙なことを言い、それが記憶に妙に残ったのだとトウマは言った。

「実入りのいい仕事?」

「はい」トウマはうなずいた。「確かにそう言ったんです。それで、なんか、副業でもやんのかなと思って。もしかして、電話の相手って、その仕事の仲間とかじゃないかなって……ただ……」

「ただ?」

「確か……サントスさん、電話の相手に敬語を使ってたんすよ。何か、すげえ目上の人が相手みたいな感じで。仕事の仲間っていうより……雇い主っつーか」

 ──となると、サントスはあくまでも“道具”に過ぎなかったということか? 事務所に帰る道すがら、わたしは考えを巡らせた。今回の宝石強奪の画を描いた連中は他にいて、そのためにサントスを利用したということだろうか。その可能性は決して低くない、とわたしは思った。だからこそ、にべもなくサントスを殺したのだ。恐らく、計画を立てた連中は、最初から口封じをするつもりだったのだ。

 しかし、そこまでして、どうしてあんな宝石を狙うのだろう? 考えれば考えるほど、わたしにはよくわからなくなっていった。はっきりいって、人ひとり殺すほどの値打ちがあるとはどうしても思えない。仲間割れが起こったと考える方がずっとしっくりくる。しかし……

 何か裏がある。そう考えるほかなかった。この案件は見かけ通りでない可能性がある。何か、隠されていることがある。

 依頼人──遠藤は何か大事なことをこちらに隠している。

 そう考えるとしっくりくる。しかし、何を隠しているのか? それはさっぱりわからなかった。いずれにせよ、遠藤は見かけ通りの人物ではないかもしれない、と想定して、今後の仕事を進めるべきだった。なんとまあ厄介な。

 ほら見たことか。もうひとりの自分が言った。いやな予感がすると言っただろ。てめえが欲をかくからこの有り様だ。わかってんのか。

 わかってるよ。わたしは答えた。自分がバカなことはよくよくわかっている。そうでなければ、こんな明日をも知れない稼業なんかに飛び込んだりはしなかっただろう。


 事務所に帰りつくと、わたしはとりあえず遠藤について調べた。遠藤が貿易商であること、東南アジア方面をメインに活動していることは間違いなさそうだった。これといって怪しげな話はなさそうだ。少なくとも表向きは。これはかえって厄介である可能性が高い。つまり、遠藤は、巧妙に表面おもてつらを取り繕うことができる人間である可能性が高い、ということだ。化けの皮をひっぺがそうと思ったら、相当の苦労を強いられるだろう。しかし、そんなことにかまけていたら、恐らく宝石は本当にどこかに行ってしまい、追跡不可能となる。二正面作戦は当面やめておくのが賢明だった。

 さて、では次の手は? サントスの人間関係から糸をたぐっていくには、情報がまだ不足している。グエンからの情報を待つほかない。しかし、手繰れる糸はまだ他にもある。具体的には、爆薬だ。

 今回の事件では爆薬が用いられた。周知のように、この国で爆薬を入手するには、相応の資格が必要で、なおかつ七面倒くさい手続きを経なければならない。しかし、それはあくまでも合法的ルートの話だ。非合法ルートとなればまた別である。しかし、そういうルートは、たいてい限られている。この国の警察がいくらだらしなくなったといっても、爆薬などの危険物の流通に関しては、まだまだしっかりと監視の目が行き届いているからだ。それをごまかして爆薬を入手しようとすれば、自ずと入手経路は限られる。しかも、今回の事件では、指向性爆薬が用いられている。つまり、爆薬だけでなく、金属ライナーやら起爆装置やらもセットで入手しなければならなかったわけだ。そういうものを手に入れるためのルートは非常に限定される。わたしが探ろうとしているのは、つまりそこだ。そういう、需要の限られる代物のやり取りに関しては、どんなに巧妙に波風たてずにやろうとしても、必ず何らかの痕跡が残るのだ。それをたどっていけば、自ずと取引の相手に行き着くはずだ。

 わたしは知り合いのハッカーに連絡を取り、ダークウェブでその種のブツの売買を行っているコミュニティに探りを入れてもらうよう依頼した。品物の組み合わせが特徴的だから、追跡は比較的容易であるはずだった。とはいえ、こういう仕事には様々な危険がつきまとう。爆薬なんぞを非合法に売り買いしている連中は、たいてい剣呑な奴らだ。パラノイアを長いこと脳ミソの中に飼っていて、いつの間にかそいつと同化している連中が多い。そういう連中に疑いの目を向けられたら、どういう目に遭わされるかわかったものではない。なので、わたしは知り合いへの報酬にずいぶん色をつけなければならなかった。ますますもって、今回の案件を成功させねばならないという気分が高まった。

 そうやって、あれやこれや、やり取りをしているあいだに、またも時間は飛びすぎて、あっという間に深夜を過ぎていた。いつの間にか眠り込み、次に目を覚ましたのは昼過ぎだった。ひどく汗をかいていた。喉が乾く。舌打ちして、わたしは洗面所で顔を洗い、コップで続けざまに5杯水を飲んだ。多少人心地がついた。デスクに戻ると、スマートフォンのランプが緑色に瞬いていた。わたしはスマートフォンをチェックした。

 メールが一件届いていた。グエンからの連絡だった。調べものは首尾よく済んだらしい。メールには簡潔にまとめられた文書が添付されていた。報告書といっていいものだ。彼女は想像以上にできる女であるらしい。運がよかった。

 報告書によれば、こういうことだった。サントスはかねてから、自らの置かれている経済的状況の劇的な改善を目論んでいた。平たくいうと、大金をつかみたかったということだ。そのためには、非合法な手段に訴えることも厭わないつもりであったらしい。しかし、いかんせん、彼には伝手がなく、そのままでは大金を稼げるような仕事になど行き当たりようがなかった。彼は鬱屈し、ずいぶんストレスを溜めていたようだ。ところが、3ヶ月ほど前から、その状況に変化が生じたらしい。つまり、何らかの形で、彼は大きな仕事への伝手を得ることができたようなのだ。彼はその詳細についてほとんど周囲に漏らさなかったようである。ただし、彼が電話で何者かとやり取りしているのを聞いた者は何人かおり、そのうちの1人が、電話相手の名前を偶然聞いて覚えていた。その人物はタカハシといい、どうやら、サントスの雇い主であるらしかった。少なくとも、サントスはタカハシに対して、かなり丁重な態度で話していたようだ。恐れているようだった、という話もあるらしい。タカハシの人となりについては一切不明。また、深夜、団地近辺で、サントスが何者かと話し込んでいる様子を目撃した住民の証言もあった。その人物がタカハシであるかどうかは不明。また、サントスと話していたその人物は、帽子を目深にかぶり、マスクをつけていたということもあって、人相などは一切不明だが、体格はサントスより明らかに小柄であったという……。

 グエンに礼を言うメールを返信しながら、わたしはこの情報について考えた。十中八九、このタカハシなる人物が、今回の事件の中心人物にちがいない。この人物が、事件に関する絵図を引いたのであろう。サントスと話し込んでいた人物が何者かはわからないが、恐らくタカハシ本人ではない。タカハシの使いと考えるのが自然だろう。そして、あくまでも直感でしかないが、サントスを始末したのも、恐らくタカハシの使いであろう。サントスの室内に争った形跡がなく、サントスが無防備であったことからも、サントスを殺したのが顔見知りであると想定するのが自然であった。

 何にせよ、情報は出揃いつつある。この事件は見かけ通りではないという予感は確信に変わっていた。大がかりな計画が水面下で進行していると考えてしかるべきだった。しかし、それにしても、ますます疑問は大きくなる一方だった。一体全体、遠藤の宝石には、ここまでのことをやらかすに値する、どんな値打ちがあるというのだ?

 

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