値打ちもの②
遠藤が帰ってから、さっそくわたしは調査にとりかかった。幸い、現時点で他に抱えている案件はないから、この案件に全力を注ぎ込むことができる。
とりあえずは、事務所にいながらでもできることからはじめた。まず、遠藤からもらった盗品リストを参照しながら、盗品の売買に詳しい同業者や、知り合いの故買屋にかたっばしから連絡を取って、それらしい宝石が売りに出ていないかどうか確かめた。結果は空振りだった。しかし、悪くない話でもある。つまり、泥棒は、宝石をまだ手元に置いている可能性が高いということだ。泥棒の居所をつかむことができれば、宝石を奪還できる公算は高い。一通り調べものを済ませると、もうすっかり夜もふけていた。わたしはとりあえず遅い夕食をとってから、ソファの上に横たわって眠りについた。
目を覚ましたのは翌日の午前9時だった。ブラインド越しにも夏の日差しがまぶしい。わたしは冷蔵庫を漁り、食べかけのかさついたパンを見つけると、それを出がらしのコーヒーで流し込んだ。それから身なりを整えて事務所を出た。現場周辺を見て回る必要があるからだ。
遠藤の会社の倉庫があるのは、港に面した倉庫街の一画だった。周辺には民家もなく、夜になればほとんど人通りもないのは明らかだった。なので、聞き込みをして回ることは最初から放棄していた。するだけ無駄だ。
わたしは遠藤の会社の倉庫に向かった。問題の倉庫は、周囲に立ち並ぶ倉庫と大差ない作りで、これといった特徴はなかった。警察官の姿は見えない。しかし、扉の前に、フル装備の警備員が一人立っていた。警備会社から詫びがわりに送り込まれてきたのだろう。この暑い中、ご苦労なことだ。わたしはその警備員に近づき、
「わかりました」浅黒い膚で、目のやたらと大きな、その若い警備員はうなずくと、扉の鍵を開けてくれた。「では、どうぞ中へ。終わりましたら声をかけてください」
「ありがとう」わたしは軽く頭を下げて倉庫に入った。
倉庫の中は薄暗く、蒸し暑かった。いくつも棚が立ち並び、大小様々の木箱やら金属製のケースやらが並べられている。わたしは奥へと歩いていった。遠藤によれば、宝石類が置いてあったのはその一画、特別にあつらえた保管ケースであるということだった。
問題のケースはすぐに見つかった。金属製で、金庫のように重厚な作りになっていたが、今は死んだ貝のように口を開けてしまっていた。電子ロック式だったようだが、そのロックは今は黒こげの穴と化していた。ロック周辺には放射状の痕がつき、べっこりとへこんでいた。この手口には見覚えがあった。少量の指向性爆薬を使ってロックをぶち壊して開けたのだ。荒っぽい手口だが、手早く金庫を破るには向いている。しかし、この手口をやるには、金庫の構造を熟知していなくてはならない。となると、犯人は、前もってこのケースのことを調べていた可能性が高い。犯人は狙いすまして、宝石だけを狙って犯行に及んだのだ。道具といい、手早さといい、無駄のなさといい、プロの仕業であるのはまちがいない。
そこで、わたしは不意にいやな可能性に思い至った。そういうプロなら、あらかじめしかるべき故買屋とも話をつけていそうなものだ。ならば、とっくに宝石を売り飛ばしてしまったかもしれない……。となれば、ぐずぐずしている余裕はない。一刻も早く犯人にたどり着かなくては。
だが、その前にやっておくべきことがあった。わたしは警備員に声をかけて、監視カメラの映像記録の提出を依頼した。警備員は上司に連絡してくれたが、上司は何やらごちゃごちゃ言って難色を示した。よくあることだ。それでも、こちらが正規の探偵であることがわかると、しぶしぶ記録の提出に同意した。わたしは映像記録のデータスティックを手に事務所に戻った。
事務所に帰りついた頃には、日は中天から少し西に傾いていた。わたしはとりあえずシャワーを浴びて汗を洗い流し、それから、戸棚からカップヌードルを取り出して、遅めの昼飯を食べた。暑さにあてられて少しバテていたので、軽く仮眠を取る。次に目覚めたときには、日はかなり傾いて、窓の外はずいぶん暗くなっていた。少し寝過ぎたかもしれなかった。眠気覚ましにコーヒーを飲み、頭を覚醒させてから、わたしはある番号に電話をかけた。相手はしばらくしてから出た。
『はい、もしもし……』回線の向こう、相手の声は若干苛立っているようだった。『灰田? いったいどうしたの? 今ちょっといそがしいんだけど……』
「おいそがしいところ申し訳ありません、
『その言い方、やめろって言わなかったっけ、前に』
「そうでしたっけね」
『言ったよ。まあいいけど。ところで何の用? 手短にお願い』
「ええ、実は──」わたしは用件を告げた。
『また厄介ごとを持ち込みやがって』聞き終わるが否や、牧田は吐き捨てるように言った。『だいたいね、これがバレたら、わたしのキャリアもパアになるんだからね。わかってる……』
「わかってますよ。しかし、そのキャリアを築き上げるのに際して、わたしがどれだけ協力……」
『この野郎。それ以上抜かしたらぶちのめす』善良な市民に向かってぶちかましたら一発退職まちがいなしの暴言を吐いてから、牧田は長いため息をついた。『……了解。だけど、こっちの仕事もあるから、すぐにとはいかない。それはわかってほしい。あと、しかるべき見返りもよろしく。リスキーだからね』
「了解しました」わたしは言った。「いろいろ面白いネタがありますので、そちらからの結果を確認し次第……」
また牧田が呪いの言葉を吐きはじめたので、わたしは適当にあしらい、よろしくお願いしますと言って電話を切った。まあ、どうにも愚痴っぽい御仁だが、それでも彼女は役に立つ。まったく、持つべきものはカネとコネだ。こういう稼業ならばなおのこと。わたしはニヤリと笑い、データスティックをラップトップに差し込んだ。
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