ニナ・リント、パイロット: 5
予想開戦時刻まで一時間はあった。
アル・ステイサム中尉の一号機とあたしの
レースとちがって、みんながみんな戦いたがってるわけじゃなかった。レースと同じなのは、戦いたがってる者も心のどこかで逃げたいと思ってるところだ。
アルのヨタ話につき合っていると、イタスカからの通信が入った。隣接するエリアで戦端が開かれたらしく、イタスカを含む部隊は応援に向かえという指令だった。
いよいよか。
あたしは慣性飛行で一号機を追尾した。イタスカと足並みをそろえなくちゃいけないし、推進剤も節約できる。
気をまぎらわせたいのか、個人用周波数でアルが聞いてきた。
「なあニナ、二号機はどっかいじってんのか」
「ああ、プログラムをね。なんでわかる」
「挙動がこっちと微妙にちがうぜ。あの担当エンジニアが?」
「古いつき合いだから、あたしのクセを知ってるんだ。だからじゃないか」
「へえ。俺もそういうやつに担当してもらいたかったな」アルは自分を担当したチーフエンジニアのグチをこぼしはじめた。
エンゾーもマーセデスも、
――――エンゾーは昔から、ビールしか飲まなかった。
打ち上げパーティのとき、なにか話そう、つまらないことでもいいから――――とエンゾーのところまでいったが、いざグラスを手にした彼を前にすると、なにもことばが浮かばなかった。
あたしは彼を尊敬してるけど、いつも心のどこかでは恐がっていたと思う。
黙っているあたしを見て、エンゾーが口を開いた。
「レースに戻らないか。いまの俺ならバックアップできる」
酔ってるんじゃないかと思ったが、エンゾーはビールでは酔わないんだ。ビールしか飲まないくせに。
「もうそんな歳じゃないって」
苦笑いでごまかすあたしに、エンゾーは続けた。
「プレストー“
トップカテゴリじゃなくたっていいさ。そこに道さえあればレースはできる。だろ?」
シーズン4で、ガミコが引退を決めたときのセリフじゃないか。
反則だ、こんなタイミングで。
あたしには「あんたも観てたなんて、いまのいままで知らなかったよ」というのがせいいっぱいだった。
「考えといてくれ。返事は必ず聞かせてもらう」
背中で手をふる彼を、あたしはただ見送ったんだ。見送られるのはこっちだっていうのに。
気がつくと、アルの話題は知らないうちに賭けポーカーへと移っていた。
「……と思うじゃねーか。それがお前、開けたらブタだよ?ふつうブタでブラフかけるか?ブタでレイズしていいなんてルール、世界中ど」
イヤホンから、金属音とゲップのような音が重なって聴こえた。
エレクトラが勝手にどこかのスラスタを噴射した。
不審に思うひまもなく、フロントカメラをかすめる何かが見え、振動と轟音があたしを叩きのめした。
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