シルバー・プシキャット、レーサー: 5

 じぇいぃー……。

 うん、だいじょうぶ。ちょっとイヤな夢見ただけ。思い出したくないこと思い出しちゃった。

 踏んでも踏んでも、ヘルメスの靴職人シューメイカーを抜けないんだ。

 そのときの話をするね。



 ワークスへ移ってから三年、アタシは地道に戦績を積み重ねて、とうとうファーストパイロットに抜擢ばってきされた。

 あの年は特に調子がよかったんだ。

 エランは――――そのときの愛機だよ――――軽快で柔軟で、安心感があった。

 監督は話のわかる人だったし、セカンドパイロットはサポートに徹してくれた。クルーの結束も固かった。

 ライバルチームはマシンの問題点を克服できなかったり、レギュレーションの変更に対応できなかったりで、運も味方した。

 チームはまだまだ優勝を狙える位置につけていた。アタシは、シーズンの結果しだいでFインフィニットへのチケットを手にできそうな雰囲気だった。




 シーズン終了まであと三戦を残すだけとなったコンコルド・サーキット。

 リヴァイ・シューメイカーがピットインしたスキに、アタシはトップに躍り出て、そのまま首位を八周キープし続けた。

 “ヘルメスの靴職人シューメイカー”はアタシの三つ年下で、FΣシグマから上がってきたばかりだった。アタシは自分より新参者レイトカマーに背中を突っつかれたことがなかったし、エランの操舵そうだ性に甘えすぎてた。

 そう、あれは十九周目のアリアンコーナーを出るときさ。

 テールが流れると感じた。まだ流れ出さないうちにわかったんだ。わかってたのに、止められなかった。

 エランはスピンした。

 シューメイカーはアタシのケツにぴったりつけてた。突っ込んで、巻き込まれててもおかしくないはずだった。

 でも、あいつはアタシの頭をかすめて飛び越えたんだ――――前方宙返りみたいに。

 コーナーを全速で曲がりながらだよ?

 コントロールも失わなかった。どうやったらそんなことができるのか、いまだにわからない。

 下位カテゴリには興味ない、ってファンも多いと思う。けどこのときのシューメイカーが見せたテクニックは、全FFFフリーフォール・フォーミュラの歴史に残る奇跡だから、できれば動画で観てほしいな。




 もちろん、そのときそんなことを考える余裕はなかったよ。アタシはとにかく必死でエランを立て直して、コースに戻った。

 無線でエンゾーが「まだ十周以上残ってる、チャンスはある」といった。アタシは「頭に血が上ったりなんてしてないさ」と返事した。

 映像で観るシューメイカーは優雅で華麗だけど、うしろから見たら堅実で陰湿だった。どんなにスキを探してアタックをかけても、こっちの考えを読んでるのかってくらい先回りされて、絶対的に進路をブロックされた。

 最後までどうしても抜くことができなくて、アタシはイライラしたままゴールした。




 太陽黒点が活発になったせいで、次のレースは中止になった。

 その次も。

 こうしてアタシたちのシーズンは終わった――――。

 次の年、シューメイカーはFインフィニットへいった。

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