ドクター・マーセデス・ロータス: 3

 ヤノはしばらく私を値踏みするような目をして、最初の質問に答えた。

「自動回避システムは正常に作動した。その上で、両機は接触した」

「どうしてわかるの」

「順を追って説明する」といって、ヤノはふたつ目の質問に答えた。

「通話とテレメトリは別系統になってる。二号機の場合、テレメトリは即死、音声通信は一瞬だけ息を吹き返したってことさ」

 彼はPCを操作し、いくつかファイル――――たぶん隠しファイル――――を開いた。

「テレメトリはパイロットのメディカルデータだけでなく、機体のステータスも送る。これは一号機のログだ」

 数字と文字列で埋め尽くされた表が、最前面でポーズされた。ヤノはいちいちスクロールしたりせず、キー入力で目当ての行を表示した。覚えているのだろうか。

 彼はログを追いながら説明した。

「パイロットが死んだときに、一号機の姿勢が崩れている。体のどこかがレバーに当たっちまったんだろう。

 一号機は逆噴射リバーススラストをかけ、追随ついずいしていた二号機がそこに突っ込んだ。二号機の回避システムは正常に作動したが、一号機のコンピュータも、姿勢を安定させるためにアウトリガーを展長した。ここだ」

 略語の列はさっぱりわからなかったが、私はうなずいた。

 彼は別のオシログラフを表示した。

「波形が大きく乱れてる。ここが接触の瞬間だ。時刻は展長のタイミングと重なる」

 そこは私にも理解できた。ヤノは手ぶりを交えながら結論をいった。

「一号機のアウトリガーが二号機の回避コースまではみ出し、機体のどこかを叩いたんだ。通信アンテナ付近の可能性が高いな」

 説明に不自然な点は感じられなかった。私はヤノにたずねた。

「二号機はどうなったの?」

 当然の結果だといわんばかりに、彼は答えた。

「激しい無秩序回転ケオティック・ローテーションに陥った」




 私は待ったが、ヤノは続きを話さなかった。

 彼の目は告げていた。俺は自分の専門について話した、今度はあんたの番だ、と。

 たしかに、私はあらかじめ答を用意していた。

「彼女は視野狭窄しやきょうさく状態になっていたと考えられるわ。もし視界を完全に喪失していたら、『母艦が見えない』ではなく『なにも見えない』というでしょう。推進剤の残量表示も視認している。

 衝突と回転の影響でグレイアウトを発症した、というのが妥当な診断ね。意識は保っているけど、注意力が散漫になったり、意図したとおりに身体を動かせない状態。

 外が見えないのに加速したのは、減速するつもりで逆の操作をしてしまったんじゃないかしら」

 そんな単純なミスをするはずはない、というようなミスを人はするものだ。強烈なGによって、脳の血流に偏りが生じた場合は特に。




 けれど、ヤノは異議を唱えた。

「パイロットは外の状況をレーダーで確認する。視野狭窄だったかどうかは重要じゃない」

 少し考えてみたが、なにがいいたいのかわからなかった。彼はグレイアウト説を受け入れたくないのだろうか。古い友人の尊厳が傷つけられたように感じたのだろうか。

「レーダーは反証にならないんじゃないかしら。それに、グレイアウトが恥ずべき症状ということもないわ」

「いや……そういうことじゃない。ただ、ニナは加速したと、俺は思ってるんだ」

 そういうと、ヤノはPCで音声ファイルを再生した。

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