ドクター・マーセデス・ロータス: 2

 二階の事務所はテスト施設の格納庫ハンガーとよく似ていた。床も机も、金属粉のほこりと蒸発した機械油でじっくりコーティングされた感じだ。

 エンゾー・ヤノは泥色のコーヒーを出してくれたが、口をつける気にはなれなかった。私はカップをわきへ押しやり、カルテを机の上に広げた。

 彼女が最後に参加したのは宇宙要塞の防衛戦だった。

 担当医だった私は、所見を書くためにそのときの報告書を閲覧した。ただ、コピーも持ち出しも禁止されたので、思い出しながらカルテに記入するしかなかったのだ。

「技術的なことは専門外だから、まちがいがあったら教えてもらえるかしら」と前置きしておいて、私はとりあえず要約を読み上げた。




 1.ファリーナ・リント中尉はアル・ステイサム中尉と二機一組で、母艦を出撃。

 2.隣接エリアへ移動中、先行していたステイサム中尉の一号機に微小なデブリが衝突。中尉は即死。

 3.制御を失った一号機が二号機と接触。二号機の通信が途絶。

 4.一時的に二号機の通信が回復。内容は「母艦が見えない。通信が聴こえない。推進剤が足りない」(データ送信は回復せず)。

 5.その後、二号機は加速、要塞近傍きんぼうを通過し、レーダーから消失。




 ヤノは無言だったが、「続けて」といいたげな目をしていた。物理の担当教授がよくこんな態度をとっていたものだ。

「いくつか疑問があるの」

 ひさしぶりに、学生が教師に立ち向かうときの気分で、私は質問した。

「まず、両機が接触したこと。テスト機には自動回避システムがついていなかったの?

 それから、通信内容。

『通信が聴こえない』のは通信機が故障したからでしょう。でも、パイロットのメディカルデータ――――テレメトリも送信されてたはずよね?通信は一時的に回復してるけど、テレメトリのほうは送られなかった。その理由は?

『母艦が見えない』原因はカメラの故障?視力の一時的、または永続的喪失かもしれないけど、断定はできない。ただ、外の状況は見えなかったということね。

 なら、外が見えないのになぜ加速したの?なぜ『推進剤が足りない』のに加速しようと思ったの?

 彼女はいったい、どこへ行こうとしていたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る