ニナ・リント、テストパイロット: 2

 あたしがエンゾー・ヤノと再会したのは五ヶ月前。軍のテストパイロットと、メーカーのエンジニアとしてだ。

 格納庫ハンガーの中、テスト機の前に、エンゾーはひとりで立っていた。あたしの靴音に気づいてふり向いたけど、手を挙げただけだった。

 もうちょっと胸にこみ上げるものを期待していたんだが、まあ、らしいっちゃらしい。

 あたしは彼と並んで、テスト機を見上げた。

「これがKXL1?」

「ああ。通称は“コブラ”だ」

「どっちかっていうとクラブじゃないの?ヘビに腕なんてないでしょ」

 機体のあちこちから大小六本のアウトリガーが突き出していた。先端にカウンターウェイトがついていて、まるで巨大な振り子のようだった。

「カウンターウェイトはアウトリガー上をスライドするようになっている。アウトリガー自体も可動式だ。その組み合わせでモーメントを調節する」

 エンゾーが解説した。




 簡単にいえば、KXL1はこの腕を動かすことで機体の向きを変える。

 ふつう、宇宙機スペースクラフトを右旋回させるときは、機体の前方左側と後方右側から推進剤を噴射する。KXL1はそのかわりに、アウトリガーを右回りに振るわけだ。

 似たような仕組み――――リアクションホイールという弾み車フライホイールの一種――――を搭載している宇宙機もある。しかし、もっと小さくて、内部に納められている。

 つまり、アウトリガーは機体の外まで張り出したバカデカいリアクションホイールみたいなものだ。

 どういうところが便利かというと、方向転換用の推進剤が節約できる。積める量には限度があるから、これが案外バカにならない。




「でもさ、それじゃアウトリガーを動かすためのモーターと発電機もデカくなるじゃん。カウンターウェイトも重そうだし。割に合うの?」

 機体が重くなれば、必要な推進剤の量も結局は増える。

「そのぶんを差し引いてもおつりはくるさ。それに、こいつは航続距離より小回りの迎撃機インターセプターだからな。計算上、加速と旋回性能はちょっとしたもんだぜ」

「計算上、でしょ」

「だからテストするんだろ。それにアウトリガーは姿勢制御にも使える」

 姿勢制御用の弾み車フライホイールはモーメンタムホイールという。KXL1のアウトリガーはリアクションホイールとモーメンタムホイール、両方の機能を兼ね備えてるってことだ。

「もちろん、姿勢制御用噴射機ヴァーニアスラスタも併用する。

 細かい調整はコンピュータに任せろ。パイロットは直感的に操作すればいい。お前でもできる」

 ひとこと多いのも相変わらずだった。




 ひらべったい甲殻類のようなボディをながめながら、エンゾーに聞いた。

「なんか、やっぱり“コブラ”じゃかわいくない。……名前つけちゃってもいいよね?」

「かまわんだろ。勝手に呼ぶだけなら」

 あたしは真剣に悩んだ。

「エルフ?……うーん」

 昔から、乗機にはEから始まる名前と決めている。

「エレクトラ。エレクトラだな。こいつはエレクトラね、OK?」

 エンゾーは肩をすくめて、クギを刺した。

一四〇〇ヒトヨンマルマルからオリエンテーション、そのあとレクチャーがある。準備しとけよ」

 おしゃべりはおしまいってわけだ。あれからどうしてた?のひとことぐらいあったっていいのに。

 まあ、エンゾーらしいっちゃらしい。

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