ドクター・マーセデス・ロータス: 1

 終戦から二年がすぎ、ようやく気軽に出歩ける日々が戻ってきたので、私はエンゾー・ヤノの工場をたずねた。

 薄暗い作業場へ入ると、作業員が怪物のような鉄のかたまりをハンマーで殴っていた。ヤノはそのとなりで指示を出していた。

 やがて彼は汗をきながら近づいて、無愛想に「二年ぶりだな、ドクター・ロータス」とだけいった。どうやら私のほうから切り出せということらしい。

「ミズ・リントの最後の出撃について知りたいの」

「メールは読んだ」

 なら最初からそういえばいいのに。

 私が取り出したファリーナ・リントのカルテを見て、彼は少しだけあきれた顔をした。

「軍から持ち出したのか」

担当患者クライアントのカルテを他人に渡す医者なんていないわ」

 ヤノが笑うのを見たのは初めてだった。「俺もあのときの資料はとってある。もちろん無断でな」

 そういうと、彼は奥の階段を指さした。「二階へどうぞ、ドクター」

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