ニナ・リント、テストパイロット: 1

 マーセデス・ロータスはカルテと結婚しそうな勢いだった。彼女がなにかいい出さないうちに、あたしは先制しようとした。

「問題はないだろ、ドクター」

 もちろん、診察室を出ることはできなかった。

「ミズ・ファリーナ・リント」

「ニナでいいって」

 マーセデスは無視して所見を述べた。「テスト中の心拍数がちょっと高いわね」

 あたしは迎撃した。「そりゃ、高速機をブッ飛ばしてるんだから当然さ。高わけじゃないんでしょ」

「やや気になるレベル、ってとこかしら」

なら気にしなけりゃいい」

 案の定、そのくらいで解放してくれるはずがなかった。

「体重が下がり続けてるわ。眠れてるの?」

「あたしのベストはもう二キロ下。体脂肪率を見てよ」

「見てるわよ?」

「レースに出てたころはもっと軽かった。質量は小さいほど有利だから」

 それでも彼女はテールにがっちり食らいついて離れなかった。

「生理も遅れてるんでしょう」

「いつも遅れるんだってば」あたしは推進剤の最後の1ccみたいなため息をついた。「もういいじゃん。高重力エリアにいきたいんだ」

「この上まだ筋肉を?」

「Gに耐える最高のよろいは筋肉だぜ。『ガミコのGは』」

「『重力グラヴィティのG』でしょ。やめてよ。いつか太陽に突っ込みそうで心配だわ」

「ちょっと待った」

 まあ、あたしは彼女が嫌いってわけじゃない。あたしを理解するために、興味もない『スターボウ・ロード』のベストセレクションを完走したんだから。

 でもいまのは見過ごせないね。

「太陽に突っ込もうとしたのはベテルギウス犬のトビーで、ガミコはむしろそれを止めてる。木星の大赤斑だいせきはんだよ、ガミコが突っ込んだのは。危険ではあるけど、焼け焦げるほどじゃない」

 またも無視して、マーセデスはカルテを閉じた。「酸素化ヘモグロビン濃度は基準値よりだいぶ高いから、テストは継続していいわ。だけど」

 彼女はわざと間をおいた。

「筋トレは延期してちょうだい」

 なんだって?

「このあとミスター・ヤノとの三者面談でしょ。忘れたの?」

 あたしはよっぽどの間抜けづらをしてたらしい。マーセデスはしてやったり、と眼鏡を押し上げた。

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