リクウ帝国編
第17話.最南端の集落と二択
前回までのあらすじ
南獄の中の不思議な'陽樹'と呼ばれる巨大な木の作り出す空間'内の世界'にたどり着いたカイトとヨシノは好奇心旺盛な狐の姿をした獣人、ペニーと出会った。内の世界の全てを見たと豪語するペニーに導かれ、旅を進めた。
そして陽樹を作り出した太陽の英雄と出会う。太陽の英雄から歴史上なかったことにされた三人の英雄と三つの災厄の話を聞かされ、南獄脱出の手助けの代わりに残り二人の英雄に会ってほしいと頼まれた。
彼らは氷河の龍の眷属に行く手を阻まれるも、見事南獄脱出に成功し、リクウ帝国に入った。
「ねえ。これから行くリクウ帝国ってどんなところなの?」
ペニーはこれから向かう地について知りたくてたまらなかった。
「えー、どこから説明しようか。」
「まあ、簡単に言うと、超実力主義の国ってところかしらね。」
リクウ帝国は広大な領地を持つ侵略国家だ。弱肉強食を信条に掲げ、今の皇帝が就任するまで、すべての国と敵対していたほど血の気が多い。皇帝が変わったことにより、外国との貿易を始めるなどらしくない姿を見せている。少し前までは入国したら捕らえられて奴隷のように働かされるという噂から、旅人が絶対に近寄ることのない国だった。
しかしまともな外交をし始めてからは、力さえあればどんなに低い身分として扱われている人間でも高い地位につける国として知られることになり、身寄りのない者たちが一発逆転を目指して入国することもしばしばある。
「へーそうなんだ。弱肉強食、自然の掟って感じだね。」
「まあそうなんだが、国家の構造としてはかなり無理な形をしてる。いびつな国だよ。」
「どうしてよ。」
「国の上に立つような奴は頭がよくなきゃいけないだろ。ただリクウ帝国は基本力を持つものが上に立つ。現皇帝は頭も切れるから多少マシにはなったものの、領主によっては地獄みたいな場所もあるって話だぜ。」
そうこう話しながら歩いていると大きな集会所のような場所が見えてきた。整備された広場の様なものが建物の裏にちらりと見える。そしてそこからは激しく金属のぶつかる音と、雄たけびとの様なものが聞こえてきた。
「あそこ、もしかして戦争でもやってるのかしら?」
「いや、おそらく違う。あれは噂に聞く…おい、おい!ペニー!」
ペニーは好奇心を抑えきれず、我を忘れて走りだしていた。
「あいつの姿が見られたらきっとややこしいことになる。急ぐぞ。」
ペニーを追って二人も草原を走りだした。
広場というより訓練場だろうか。そこでは二人一組になって剣を交わす者たちや、藁で作られた人形相手に剣を振るっている者、遠くの的をひたすら弓で狙い続ける者もいた。そしてそれらは皆年端もいかないような少年たちであった。それらをすべて見渡せるお立ち台の様な場所に、少年たちとは違って重そうな鎧を着ている大人がいた。ペニーはその男に後ろから肩を叩いて話しかけた。
「ねえ!今、何してるの?」
男は未知の生物を目にして驚き、転んで尻をついた。
「おい、魔物が出てきたぞ!迎え撃て!」
「いや、僕は…」
息をつく間もなく、無数の矢がペニーに向かって飛んできた。ここの子供たちは本当によく訓練されているようだ。ペニーはとっさに空中に大きな光の壁を生み出し、矢をすべて防いだ。それと同時に、数人の少年たちがペニーに向かって剣を構え走りこんでくる。ペニーは少年たちの持つ武器をうまく蹴り飛ばしたが、少年たちは一切止まらなかった。結果、彼女は少年たちになだれ込まれ、取り押さえられた。
「よし、お前たちよくやった。止めは私がさそう。」
男は剣を抜き、動けなくなったペニーの首元にゆっくりと歩いて行った。男が剣を両手に構えた瞬間、カイトが男の顔に蹴りこんだ。カイトは倒れた男の顔面の上に着地した後、ペニーの上にのしかかっている少年を一人蹴り飛ばした。
「おい、てめえら。とっとと離れろ。殺すぞ。」
少年たちは怯えたようにペニーから離れ、少し離れたところで正座した。
「カイトくん、ちょっとやりすぎじゃない?」
「あー、ごめん。」
カイトは適当にこの訓練場を観察しに来た視察官だと嘘を吐いた。ペニーのことは学者の研究で姿を変えられた人間ということで押し通した。
「申し訳ございません。よもやそのようなお方だとは知らず…!」
「あーいいよ別に。変な姿をしたこいつが悪いんだからな。制服を着てこなかった俺達にも非がある。で、どうだ調子は?」
「はっ、先ほど非常に無礼ではありましたが、ペニー様が体験したように連携や思い切りの良さなどかなり仕上がっております。」
「訓練を続けといてくれ。少ししたら見に行く。」
「はい…」
実力差を見せつけたこともあって彼らはかなり丁重に扱われている。しかし、この男はカイトより20は年上のはずだが、すっかり平伏している。
「よしお前ら、ちゃんと俺に口裏を合わせてくれ。」
「それよりここってなんの集落なの?」
「私もよくわからないんだけど。説明してちょうだいよ。」
「ここはな、使えないとされた奴らが更生するための場所なんだよ。噂でしか聞いたことなかったが、俺も本当にあるとは思わなかった。」
「ここの人たちみんな何かを怖がってるみたいだよね。」
ペニーは国の事情をまだよく分かっていないが、彼らがどういう立場かは感じ取れていた。
「まあ、こんな寒くて隔離された場所でひたすら訓練してるわけだしな。全員かなり虐げられてるんだろう。」
「じゃあ、少し助けていかない?あなたかなりひどいことしたでしょ。それに宿をもらったわけだし。」
「まあ、そうするか。」
訓練を続ける少年達からは必死さが、彼らを見守り、ここを一人で切り盛りする男の背中からは焦燥が感じられた。
「おいお前、名前はなんていうんだ?」
「ギースでございます。」
「よし、ギース、飯はいつだ?」
「まだ訓練は2時間ほど続きますが…」
「なんでだ?もう日が沈むだろう。」
「そういう時間割にしろとの命令を受けましたので…」
「じゃあ訓練はもう終わりだ。もうずっとやっているんだろ?それじゃあ効率が悪い。今すぐ飯にしろ。」
「…はい直ちに!」
ギースは少年達をかまどに集め、食糧庫から材料を、持ってこさせた。かまどの上には大きい鍋が置いてあった。
「なにを作るんだ?」
「いつも材料を煮込んでシチューにしますが…」
「俺とペニーで調理も指導させてもらおう。食事の質は士気に直結する。いいな?」
ペニーとカイトは二人でそれぞれ鍋を見て回り、野菜の切り方や、食材を鍋に入れる順番など注意して回った。そして出来上がったシチューは彼らがいつも食べている者より数段旨かった。中にはその味に思わず涙を流す少年もいた。
翌朝の訓練では3人がそれぞれ少年たちを見て回り、時には指導を行った。カイトはこのような兵士の訓練を見たのは初めてだったが、かなり驚かされた。どの少年もまるで魔力を感じない。使えるのはおそらく身体強化の魔法だけで、手から魔力を放出することもできないだろう。こう言ってしまっては何だが、才能がない、または生まれが悪いと断言できる。そして何より知識が足りない。単に頭も悪いのか、教えもされなかったのかは知らないが。
カイトは一通り回った後、ギースに話しかけた。
「なあ、ギース。ここでは座学はやってないのか?」
「…?座学はやるなとの命令を受けてますが?それに、私たちではやるだけ無駄でしょう。」
「まあそうだな。それで、実践訓練とかはしていないのか?」
「と言いますと?」
「魔物狩りのことだ。」
「食料は配給で足りてますし、それもやるなとの命令ですが。」
「じゃあそれは撤回だ。あいつと、あいつと…あとあいつ、3人とも連れてこい。」
ヨシノとペニーは訓練場に残し、カイトはギースと3人の少年、ヤン、チョー、ハクを連れて森に入った。
「お前らの目的はなんだ?」
「それは…」
ギースが答えようとしたので彼はギースの口を手でふさぎ言葉を遮った。彼は少年3人を見つめるが答えようとしない。仕方がないので彼はチョーを指した。それでも沈黙は少し続き、やっと少年は口を開いた。
「…少しでも強くなること…」
「そうだな。俺もお前らぐらいの年の頃、こうやって森に連れてこられたんだ。それで、えー」
カイトは昔のことを思い出していた。
「あの…どうかしましたか?」
ギースに肩を叩かれ、カイトは意識を戻した。
「おっと、失礼。それで、森の中に一人で放り出されたんだな。俺は生きるために必死になって魔物を殺して、食べた。俺を連れ出したあいつが戻ってきたのは5日が経った後だった。まあ、お前らにいきなりそんな厳しいことはしない。少し待ってな。」
カイトはそう言い残し、森の奥に消えた。
4人が言われたとおりにきっちり待っていると、カイトは森の中から氷漬けになった熊を滑らせながら戻ってきた。
「こいつと戦え。」
カイトは氷の壁で囲いを作り、その中心に氷漬けの熊を置いた。少年たちは黙って囲いの中に入った。
「それじゃあ開始。」
カイトが熊の氷を解除した。熊が動き出したのを見て少年たちは訓練の通りに動いた。この時、、少年たちとギースは期待していた。訓練が報われる瞬間が訪れることを。
ヤンが正面から熊に迫った。熊が狙いをヤンに定めたのを見てから、ハクとチョーが左右から剣を構え突撃し、同時に熊の脇腹に剣を刺した。しかし、その剣は深く刺さらなかった。熊は体を振り風を起こした。刺さった剣が風圧によって抜け、それを握っていた少年ごと吹き飛ばされて、氷の壁に叩きつけられ、呼吸が困難になった。
残ったヤンは冷静に熊の攻撃を受け止めようと足に力を入れた。彼は熊の腕を剣で受け止めるも、あっさりと背中が地面についてしまう。少年達の目は恐怖に染まった。ヤンが熊に押しつぶされそうになった瞬間、熊はまた氷漬けになった。
「で、どうだ。3人そろって死にかけてみて。」
カイトは再び氷漬けになった熊の上に座った。
「怖かっただろ。絶望しただろ。そこから学べよ。次この熊と戦うとき、どうすれば勝てる?ハク、答えろ。」
「…作戦を変えて、時間差をつけて攻撃を繰り返す。」
「不正解。じゃあヤンお前はどう思う?」
「次戦うまでに鍛えて強くなる。」
「それも違う。今のお前らじゃこいつに勝てるぐらいまでは強くならない。少しだけ教えてやるとな、心の持ちようを変ればいいんだ。じゃあ、チョー。答えろ」
「…敵を恐れないで、反撃されてもすぐに立ち上がる。」
「それも不正解だ。じゃあギースはどう思う?」
ギースは突然の指名にうろたえた。
「私は…見当もつきません。」
「そうか、じゃあ答えを言うぞ。答えは目的だ。お前らの目的は少しでも強くなることだと聞いたが、強くなった後はどうするんだ?」
「…それは、この暮らしから抜け出して、普通の暮らしをして…」
「そう。そこだよ。多分お前らはこの熊を殺したら普通の暮らしに一歩近くなるとしか思っていない。対してこの熊は?いきなり人間に襲われて死んだかと思ったら、次起きた時、殺しにかかってきそうな人間が3人もいた。多分必死になって戦ったろうな。こいつの目的は生き残ることだ。お前らの目的に比べてどうだ?」
「そんなの…比べられないだろ!」
ハクが声を荒げた。突然訪れたカイトに彼らがどれだけ普通の生活を渇望しているかはわかるはずもない。
「まあそれもそうだな。ただ、普段の訓練でもお前らの目的は同じ、普通の暮らしに近づくこと。そんな遠い目的じゃあ、力もつかないのも当然だ。だって、楽しくないだろ。才能もないのに、楽しむこともできない。それじゃあ立派に強くなるなんて不可能だ。」
「だったら…!どうしろっていうんだよ。」
「お前ら昨日、シチュー食って泣いてたろ。あの中にはどんなものが入っていた?」
チョーが質問にすぐに答えた。
「ジャガイモとか、ニンジンとか…」
「そこに新鮮な肉が入ってたらどうだ?俺の見立てだと、こいつの肉はかなり脂がのっててうまいと思うんだが。」
3人の少年の口に昨日の夕食の味がよみがえり、唾が沸くように分泌された。
「食ってみたいか?」
少年たちは首をそろって縦に振った。
カイトたちは仕留めた熊を抱えて訓練場に帰ってきた。訓練中の少年たちにギースが号令をかけた。
「みんな集まれ!昼飯にするぞ!」
カイトは熊の解体を実演し、肉の部位についても詳しく説明した。特にカイトが連れて行った3人は食い入るように見ていた。そうして出来上がった熊肉の鍋、新鮮さに自分たちで狩ったという特別さが最高の調味料になって、3人目に涙が込み上げてきた。
「ねえカイト、あの三人にまた何かひどいことした?」
ヨシノはボロボロになった装備、体に引っかかれたような傷のある少年3人を不審に思った。
「してねーよ。お前らこそちゃんと訓練させられたのか?」
「ばっちりだよ!」
カイトは少年たちと食事をとっているギースのもとに歩いた。
「じゃあさ、ギース。俺たちもう行くわ。」
「そうですか。いろいろと、ありがとうございました。」
「まあ、無茶だけはすんなよ。あと訓練はなるべく楽しく、だ。」
「肝に銘じます!」
ギースは激しく頭を下げた。
カイト達一行は集落を離れ、街道を進む。街道といってもかなり簡素なもので、看板一つもない。
「なんか、かわいそうな子たちだったね。あんなところでずっと訓練だなんて。」
「まあそういう国の構造だし、しょうがないんじゃないか?」
「そうなの?外の世界って難しいなあ…」
「じゃあ、お前はどっちがいい?無能が無能として扱われる国と、無能で何もできなくても人を支配できる地位に立てる国と。」
「えー」
ペニーはわかりやすく頭を抱えた。
「ちょっと、ペニーちゃんに難しい質問しないでよ。まだ世界のことよくわかってないんだから。それにカイトはどう思うのよ?」
「俺か?俺は両方嫌だがな。」
「それずるいよ!」
ペニーは驚き、ヨシノは呆れた。
「どっちかって話でしょ。」
「どっちも嫌だってのも立派な答えだ。」
一行は街道を進み、看板を見つけた。
|←サルカン領主の町|
| 帝都街道→|
カイトは今まで一人で気ままに旅をしてきた。仲間が二人もいて、特に行く場所が決まっていない今、どちらに行きたいか二人に意見を聞くことにした。
「なあお前ら、どっちの道に進みたい?」
「どっちって言われてもなあ。」
ペニーはまたしても悩み、どっちのほうが面白そうか考えた。
「そもそも、私たちの旅の目的って何よ?思ったんだけど、私たちってこれ以上同行する必要もないんじゃないかしら。」
「でも僕は二人と一緒のほうがいいなあ。心強いし。」
カイトもヨシノもは生まれて初めてこのような言葉を聞いて驚いたが、悪い気はしなかった。
「じゃあさ、こうするのはどうだ?俺たち人類が忘れてしまった、3人の英雄、3つの災厄、こいつら全ての真実を突き止めるっていうのは?」
「いいね。面白そう!僕は賛成!」
「でも、太陽の英雄も言っていたように危険だわ。彼が私たちに頼んだのは、あくまでほかの英雄と会ってきてほしいということだけ。かなりの危険に身をさらすと思うけどそれでもいいの?」
「まあ、面白そうじゃないか。」
ヨシノは笑った。
「そう来なくっちゃね。」
カイトは地図を開き近くに何かないか見た。
「地図によると、山脈の近くに遺跡があるみたいだ。もしかしたら何か災厄とかの手がかりがあるかもしれない。」
ヨシノも地図をのぞき込む。
「じゃあ進むべき道はあっちね。」
ヨシノは看板に示されていない方角を指した。
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