第16話.英雄と災厄の戦い
前回のあらすじ
ベナ雪原にて龍と戦い、勝利した一行であったが、子猫が突然いなくなってしまった。子猫を見つけた先で目的の'幻の獣'を見つけ、導かれた先で太陽の英雄と出会った。
石碑の振動がヨシノの音叉を通して増幅され、洞窟で太陽の英雄の声が響く。
「僕は数えきれないほどの年の間、あの氷河の龍と戦い続けている。眷属から聞いた話だとここが南獄と呼ばれてから1000年以上経っているらしい。昔はかなりお供え物をもらっていたりしたんだけど、僕らは人類に忘れ去られてしまったみたいだね。それで今までこの中に入ってこようとする奴なんて一人たりともいなかったんだ。人払いもある程度してたしね。まあ面白かったから少し無理して君たちを助けたんだよ。」
「それで、ここから出る手助けはしてくれますか?」
カイトが柄に合わない口調で訊ねた。
「もちろん助けはするよ。僕の子供たちにも外の世界を知って欲しいしね。ただし条件がある。君たちはこれから世界中を巡っていくんだろう?僕の旧友が二人いるんだ。彼らもほかの災厄と戦っていたから、あいにく僕は彼らがどこにいるかは知らないが、見つけ出して僕のことを伝えてくれ。」
「災厄って何ですか?」
「氷河の龍、大地の巨人、光の破壊者、この三つのことさ。突然やってきたもんだからから詳細はよくわからないが。世界が残ってるってことは僕の友達もうまくやってくれてるみたいだね。災厄を完全に消滅させるためにも僕の友に会ってきてくれ。」
「友にあってくれと言われても。もう少し情報はないんですか?」
「本名は…聞いていない。僕は太陽の英雄と呼ばれてるそうだね。旧友にもそういう名前がついてるはずだ。容姿については…正直あまり覚えていない。僕みたいに魂だけになってるかもしれないし、どこで災厄と戦ったかも知らないんだ。でも、君たちなら探し出せるんじゃないかな。」
「なんか、もう少し…その災厄を倒す手助けとかはできないの?」
ペニーは純粋に疑問に思って口を開いた。
「おお、僕の子供、そういえばこうやって直接声を聴くのも初めてだ。あー、それは無理だね。多分千年以上たった今でも僕たちに並ぶ力を持つ者はいないだろう。君も僕からしたら赤子同然だ。まあ、あと五日ぐらいしたらまたここにおいで。君たちを助けたせいで少し予定が狂っているが、そのぐらいでこの辺りにいる邪魔な氷河の龍の眷属たちを退けることができる。それが終わったら君たちを外の世界へ導こう。」
「それじゃあもういいかしら?」
ヨシノが音叉を石碑から離そうとした。
「あ、最後にもう一つ。災厄とか、僕ら三人のことは口外しないでくれ。」
「それはなぜですか?」
「嫌な予感がするんだ。普通僕たちのことを忘れることなんかできるか?世界を守ったんだよ?裏で何かよくないものが動いているのかもしれない。もしそうだとしたら口にした瞬間、君たちはそれに消されるかもしれない。」
―――――――――
「あと五日かあ。結構暇になっちゃったわね。」
「うーん、コンくんのところに泊めさせてもらおうか。」
空も暗くなったころ、一行は無事、コンの家に帰ってきた。
「泊まるのか?それはいいが、あの子猫はどこへ行った?」
「あー、なんか雪原が心地いいみたいで野生に帰っちゃった。」
コンは舌打ちした。
「まあ依頼の品ができるまで泊めてやるが、家事手伝いとかしてくれよな。」
ヨシノは朝日と金属がぶつかる音で目を覚ました。カイトとペニーが一緒の前掛けをして台所に立っていた。
「あらみんな早いわね。」
「お前に起こされたらたまらないからな。」
カイトは包丁とまな板で軽快に音を立てながら答えた。
「もう少しでできるから待っててね。」
今日の朝食は豪華だ。4人で机を囲んだ。
「はあー、こんなに旨い飯を毎日食えるのなら早く嫁でも貰いたいなあ。」
「メルちゃんとかは?付き合い長いでしょあの子と。」
「いやーあそこの親父さん相当な頑固者でさあ。」
「それにメルちゃん料理なんかしないか。あの子も金槌一筋だもんね。」
「それもそうか。あ、そうだヨシノだったか?」
「なによ?」
「お前の音叉もう折れちまったんだろう?どうやって折れたんだ?」
「こう、龍の体を殴ろうとしたらそのまま折れちゃって。」
「まじか。防御に使ったら折れちまったとかじゃねえのかよ。こりゃあお前さんの力に耐えられるようにしないとな。まずはお前がどれだけ力があるか見せてくれよ。」
コンは椅子から立ち上がろうとした。
「ちょっと。食事中なんだから、仕事は食べ終わってからにしてよね。」
「ああ、すまん。」
「じゃあこれを殴ってくれ。本気でな。」
コンはヨシノにもう使っていない金床を差し出した。ヨシノは躊躇を一切せず金床に殴り掛かった。ヨシノの拳はコンが今まで使い古したことによってつけたどの傷よりもくっきりと痕を残した。
「げっ、これかなり固いんだけどなあ。まあだいたいどのぐらいにしたらいいかは分かった。お前のあれ、もう溶かして再利用してもいいか?」
「どうぞ。」
この日、ヨシノはもうやることがなかったので外でずっとヴァイオリンの練習をしていた。カイトは、ペニーからいろいろな料理の作り方を聞きだして手帳にとった後、日が暮れるまでペニーに魔法の使い方を教えた。
あの日から五日後、コンは頼まれていたものを完成させていた。
「持ち手の形変えたけど大丈夫か?」
カイトは二本の短剣を受け取って、握った。
「いいね。手に馴染む。」
「で、問題のこいつだ。」
コンは壁にかけてある音叉をよろめきながら持ってきた。
「要件を満たすためにかなり…重くなっちまったが…」
ふらつくコンの手からヨシノはひょいと音叉を取る。
「うん。よくできてるじゃない」
彼女が逆の手で音叉の先端を指ではじくと部屋中に高低様々な音が響いた。
「完璧ね。」
「ありがとうコンくん。私たちもう行くね。」
「おう。また来いよ。」
一行はベナ雪原に向かった。そこでは眷属の熊が座って彼らの到着を待っていた。熊の導くままに彼らは進んでいった。吹雪がだんだん激しくなり、視界が悪くなってきたので彼らはなるべく固まるようにした。熊が吹雪よけになってくれているので寒さは軽減されていたが、ペニーはついに耐えられなくなっていた。
「きゃっ。ほんとに寒くなってきたね。」
カイトは静かに袋からペニーの分の上着を取り出した。
「早く着ろよ。」
「ありがと。」
「思い出すわねここに来た時のこと。」
「まあ二人仲間が多くなってるけどな。そういえばお名前とかあるのか?」
カイトは熊の後ろ足に触った。熊は立ち止まってカイトに振り向き、吠える。
「ガア」
「なるほど。」
「わかるの?カイトくん。」
「一切わからない。まあ熊でいいんじゃないか。」
「なんじゃそりゃ。」
ヨシノがカイトの首をどつく。
「いってえ」
カイトは数秒間耳鳴りに苦しんだ。熊はこのやり取りに一切関心は示さず、また前を向いて歩き出した。かなりの時間が経ち、熊は吹雪の中で寝転がった。
「ここで寝ろってことだな。」
3人は熊に寄り添うように睡眠をとった。
ついに吹雪は弱くなり、カイトとヨシノが見たあの雪原の光景が見えてきた。そして低い太陽が彼らを出迎えていた。
「空が、青い?あれが太陽で、これが外の世界…?」
「そうだな。」
「やったー!」
ペニーはヨシノに抱き着き、顔をこすりつけじゃくる。それとは対照的に熊は何かを警戒して身構えているようだった。
「ちょっとペニーちゃん、いいよそんな抱き着かなくて。…あ」
彼女が偶然見上げた空に龍が飛んでいた。ペニー以外は龍の存在に気づき、青い空を見上げる。龍は雄たけびを上げ、ここでペニーも龍の姿を目にする。太陽を背に龍は彼らの前に立ちふさがった。カイトらが以前ベナ雪原で対峙した黒い龍と全長は同じぐらいだが、比べるとかなり細身であった。そして額に大きな青い宝石を持ち、鼻の上に大きな一本の角が、また頭から背中にかけて無数のつららが生えている。額の宝石から、大きな翼の先端、胸、手足を通り青白く光る文様が刻まれていた。ペニーは剥製にしたあの龍の成体だと確信した。
三人の足元から二重らせんの木が生えてきて、彼らを持ち上げる。らせんは高台で一つにまとまり快適な足場が作り出された。
「なるほど、ここで見てろってことか。」
氷河の龍の眷属と太陽の英雄の眷属である大きな熊。二匹の大きさは同じくらいだろうか。開戦のろしと言わんばかりに熊が大きく吠えた。
先手を取ったのは龍だ。龍はその場で回転し、勢いのついたその長い尻尾を熊に叩きつけた。それにより起こった風は三人のいるところまで吹き荒れたが、熊は尻尾を受け止めて掴んでいた。そのまま熊は龍をまるで棒のように振り回し、大地に叩きつける。衝撃が木を大きく揺らし、熊はもう一度振り回そうと尻尾を持ち上げた。しかし熊の手から尻尾はすり抜け、龍は体勢を整えた。そして熊の両手は血まみれになっていた。龍は尻尾の表面に氷の魔法で細かな刃を作り出していたようだ。
龍はかなり勢いよく地面に叩きつけられたものの全く効いていない様子だった。熊は両手から大きな炎を上げた。熊の周りの雪がどんどん蒸発し、彼の両手の出血は次第に治まった。彼は四つ足で大地を蹴り、大きな両手を龍に叩きつけた。龍は大きな爪をさらに氷で巨大化させ、二本の手を受け止めた。
龍はだんだん熊の腕を押し込んでいった。そこで熊は両手を爆発させ、その勢いで龍から距離を取る。その爆発をもろに食らった龍は叫びをあげた。
「結構熊さん優勢なんじゃない?」
「いや、まだここからだな。氷河の龍に近い存在ならおそらく吹雪の息が目玉だろ。」
龍は口を大きく開き大地に爪を立てた。そしてカイトの言ったとおりに、吹雪の息を放った。それは吹雪というより青い光のようで、凄まじい速さで熊に迫った。熊は左腕を構え、息吹を弾く領域を作り出した。そのまま熊は少しずつ龍に向かって足を動かす。
二匹の距離がかなり近くなってきた。龍は急に息吹を止めた。それに反応して熊は右手で龍に殴り掛かる。しかしそれよりも速く龍の尻尾が熊に叩きつけられた。今度の尻尾は鋭いつららが無数に生えていて、熊の巨体に突き刺さった。しかし彼も負けてはいない。燃える手刀で龍の尻尾を焼き切った。彼は体に刺さった尻尾を力ずくで抜き取り、体に空いた穴を燃える手で触り、治癒した。結果を見れば熊は白い毛に赤い血がついているがほぼ無傷にまで回復、龍は尻尾を失い、一見、熊が優勢に見える。しかし熊のほうが明らかに息が上がっていて、消耗しているようだった。
「まずいな。このままじゃ多分負ける。」
「でも私たちにできることはないでしょ。」
「あの龍の力の源は多分あの額の宝石だ。あれに触れることができれば…」
「そんなことさせてくれないわよ。今のうちに逃げる準備でもしましょ」
熊が大きな雄たけびを上げ龍に向かって走り出した。龍もそれを迎え撃つ。三人はその光景を見ていたところ、背中に温かさを感じ、一斉に後ろに振り向いた。二本のらせんの中心に橙色の光が浮かんでいた。使えと言わんばかりに光るそれに、彼らは手を伸ばした。光は全てペニーの腕に入り、彼女の左の手袋に陽樹の文様が光り上がった。
「ペニーをご指名みたいだな。」
「すごい力を感じる…」
彼女は手を握り、授かった力の大きさを実感した。
「行ってらっしゃい。」
「額の宝石を狙うんだぞ。」
「まかせてよ。僕、あいつの子供を捕まえてるんだからね。」
ペニーはすこぶるいい調子だ。頭の中で考えたことが今までと違って簡単にできる。彼女は足元に次々と浮遊する光の壁を作り出し、それを足場にして空中を飛んでいた。龍は近寄ってくるペニーに気が付き、顔を向け、口を開いた。すぐさま熊がその開いた口に手をかけて、腕を思いっきり地面に降ろした。しかし、熊の手は食いちぎられていた。熊は残っている反対の手で龍に殴り掛かる。龍はそれを翼で防ぎ、更に拳を凍結させ翼に張り付けた。そして翼を翻し、熊を投げ飛ばし、背中を地面につけさせた。最後にとどめと言わんばかりに熊の無防備になった腹を踏みつけた。
ペニーは龍の足、翼、口が使えない今を好機とみて飛び込んだ。龍はまだ使える翼を動かしてペニーの飛び込んでくる軌道をふさいだ。ペニーは翼の前でまた高く飛び上がり、上空から龍の宝石を見据えた。龍は熊の手を吐き出して、真上を向いて口を大きく開け、吹雪の息を繰り出した。その光景を見ていたカイトとヨシノは大きな絶望を感じた。
しかし、当のペニーは好奇心で胸が躍っていた。手をかざすだけでこんなにも強力な龍の息吹も防ぐことができる。壁を慎重に動かし、ペニーは息吹の中から脱出した。そして彼女は頭上に光の壁を作り出し、回転し、上下逆さまになりその壁を蹴飛ばして急降下する。彼女は左手を大きく前に出し右手を大きく引き絞った。龍はペニーを狙い直すが彼女は突き出した左手で完全に吹雪の息を弾いた。彼女はもう一度光の壁を生成し、それを蹴ってもう一度吹雪の息から飛び出した。そしてありったけの力で龍の宝石に右の爪を浴びせた。宝石は五つに割れ、光に変わった。光は雪原中を明るく照らした。龍は地面に伏し、ペニーは雪に頭から突き刺さった。二人はすぐに木を駆け下りてペニーを迎えに行った。
「すごいじゃないペニーちゃん。」
「陽樹サマのおかげだよ。」
彼女は龍の体をひょいと持ち上げ、下敷きになっていた熊を救出した。その後ペニーの手から文様が消え生じた光が熊の体に入っていった。彼らはもう一人の功労者に手当てをしようとしたが、熊がもう構わなくていいとばかりの態度をとったため、三人は丘へ歩き出した。
丘からは星空が見えた。
「これでついに外の世界に出れるんだね。」
「ここももう外だけどな。」
「見てペニーちゃん。あれが星だよ。」
ペニーは目を輝かせた。
「いっぱいあるね。星。こんな驚きがいっぱい待ってるんだね。」
「そうだな。」
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