第15話.ベナ雪原の幻
前回のあらすじ
一行は無事に常雨の丘を越えて、下流の町、コールの町にたどり着いた。その夜、カイトは闘技場に入って賭博に参加した。
カイトは一夜にして大金を作り上げた。昨日の闘技場で大当たりをとったのだ。彼は袋に詰まった硬貨を二人に見せびらかした。
「すごい!240万ガルもある!」
「こんなにお金集めてどうするつもりよ。」
「いや、単純に金はあったほうがいいだろ。」
「そうだ!ちょうどベナ雪原の近くに鍛冶で有名な町があるんだ。そこで新しい武器でも作ってもらったらどうかな?」
カイトの短剣もヨシノの音叉も度重なる戦闘でところどころに傷ができている。
「でも、ヨシノのそれとか作れんのか?その音叉ってもともと武器じゃないだろ。」
「もともとは大勢で調音するためのものだったんだけど、武器になるかなって。」
「頼めば同じものぐらい作ってくれるよ。」
一行は部屋を出て宿代を支払った。
「今日は雪が降るそうなので気を付けていってらっしゃい」
と女将から注意をされた。宿の外に出てみると、かなり空気が冷たかった。二人は袋から羊の毛でもっこもこの上着を取り出し、着た。
「ペニーは寒くないのか?」
「まだまだへっちゃらだよ。さすがに寒季が来たら着るけどね。僕らは毛がいっぱい生えてるからね。」
「にゃあ。」
道行く獣人たちも厚着をしているのがちらほら見られる。ペニーがこの町に長く居たくないみたいなので、彼らはすぐに町を出た。
時間が昼に差し掛かる頃、軽く雪が降ってきた。ヨシノは彼女の黒髪に雪が付くことを気にして上着の頭巾を被った。彼らがいる辺りには雪は全く積もっていないが、少し先から大地は雪に覆われている。雪原にはところどころ二重らせんの木があり、その周囲に草木が多く生えている。そしてかなり多くの動物たちがいるようだ。
「うおっなんだあれ。」
カイトは空に竜が飛んでいるのを見つけた。
「下流は龍がよく居るんだよね。あの龍が向かっていった先にあるのがベナ雪原なんだ。」
歩くたびに雪に彼らの足跡が残る。ペニーは相変わらずの素足でで雪にはっきりと彼女と子猫の肉球の形が浮き上がる。
「ペニーちゃんは素足で冷たくないの?」
「慣れてるんだよ。ねー…あれ?」
ペニーは子猫の足が止まっていることに気が付いた。ペニーは気になって地面の匂いを嗅いだ。数匹の獣の匂いがした。彼女がこれが何の匂いか思い出している最中、雪の下から5匹の狼が飛び出してきた。狼は全身が真っ白で雪景色に紛れていて、目、鼻、舌、肉球、そして顔の周りの細い毛しか見えないぐらいだった。その姿を見てペニーは完全に思い出した。
「ヨシノちゃん、足音を聞いて。今見えてるのは5匹だけど多分もう2匹いる。」
5匹の狼たちは何もせず、機会をうかがうように3人と1匹のことを見つめていた。
「えっ…いやいないわよ。足音は確かに5匹ね。」
「なるほど、じゃあ上だ。なっ」
カイトは短剣で空に向かって突く。すると何もないところから赤い血が飛び出した。血はカイトの魔法によって固められ、雪に落ちていった。彼が魔物を投げ飛ばすと空中で血の塊が放物線を描いた。
「全身真っ白、目までも白い、あれじゃあ目え見えねえだろ?気合入った魔物だな。」
その魔物はカイトの言った通り、雪に紛れるように体のいたるところが白くなった狼だ。血の跡によってその位置があらわになったが、ペニーはもう一匹の位置をまだ警戒していた。魔物たちは一斉にに遠吠えを始めた。
「もう一匹いるはず…いったいどこにいるの…もしかして今度は下かも…?」
ヨシノは注意を地面の下へと注意を向けた。雪の中で何かが泳ぐように動いているのがわかった。
「下にいるわね。それも、私たちの真下よ。」
魔物たちは彼らが勘付いたことを察し、一斉に走り出した。
「下で潜ってるやつは任せろ。」
「りょーかい!」
ペニーは大きく両腕を薙ぎ払い、浮遊する光の壁を作り出した。魔物たちは次々と壁にぶつかりった。壁は少し押し込まれたが問題はなかった。次にヨシノが音叉を地面に叩きつける。固くなった積雪が波のようにうねり、狼たちを吹き飛ばした。一方、カイトは剣を二本とも雪に突き刺した。雪は連鎖的に一つの氷塊に変化し、地中の魔物の動きを封じた。
「おっし、終わりだな。」
6匹の魔物たちは作戦が失敗し、逃げていった。
「この中にいる狼はどうなの?」
ペニーが氷を手の甲で叩き、音を鳴らす。
「もう抜け出して逃げてるわよ。」
3人より先にまず子猫が歩き出した。
「早く付いてこいだってよ。こいつ、かなり生意気になってきたな。」
彼らは今まで道を外れて進んでいたが、ついに街道と合流した。街道には全く雪がかかっていない。丘を越えた先に煙が上がっているのが見える。そしてそのさらに奥で吹雪が起きているのが見える。
「看板があるわね。[オーの町もうすぐ]ですって。」
すると向こうから荷車を引いた狩猟団がやってきた。
「あれ、ペニーじゃないか?」
「あ、フェル団長久しぶりだね。」
ペニーは狩猟団の先頭を歩いていた虎族の男に挨拶を返した。
「珍しいなお前がお供を連れてるなんて。もしかしてベナ雪原が目当てか。」
「そのとおり。幻の獣を探しに来たんだ。」
「おー、あれかあ。俺も見たことねえなあ。見つかるといいな。それで、こいつかなり無茶するからよう、お二人さんも頑張ってな。」
狩猟団のうちほとんどがどこかに包帯を巻いていた。おそらく彼らもベナ雪原で狩りをしてきたところなのだろう。荷台は布で覆われていたが明らかにパンパンだった。
「ペニーちゃんってホント顔広いよね。」
「まあね。」
オーの町は常に煙と金属音であふれている。ペニーの知り合いの鍛冶屋がいるというので一行はそこに向かった。ペニーの案内で鍛冶屋に入ると、ずんぐりむっくりした山羊族がかまどの前の金床で何かをたたいていた。
「コンくん?やっほー。」
彼は手を止めず、金槌を振り続けた。
「おーい。」
ペニーが肩に触り、やっと彼は来客に気が付いた。
「おお、ペニーか久しぶりじゃないか。」
「ちょっとお仕事を頼みに来たんだけど。この二人の武器を新しくしてほしいんだ。」
「えーと、短剣二本に…?なんだありゃ。」
「音叉よ。まあ、ただの鉄の棒ね。」
「えーと、ちょっと全部見せてくれるか?」
二人は武器を手渡した。コンは眼鏡を掛け、木でできた作業台の上に武器を乗せた。
「この短剣、魔術が入ってるが、こっちで刻むのか?」
「いやそれは俺がやる。」
「じゃあ、この音叉ってやつ?明らかに疲労してるな。材質が戦闘用じゃないみたいだが、同じ材質にする必要はあるのか?」
「あー、戦闘用にしてちょうだい。ただちょっと…こう…振動が伝わりやすい?ようにしてくれると助かるわ。」
「で、予算はいくらぐらいだ?」
カイトはいっぱいに硬貨が入った袋を作業台に乗せた。
「どう?足りる?」
「まあ、お前にも借りがあるし、このぐらいあれば結構いいのが作れるぜ。」
「ホント?ありがとうコンくん。」
「それで、お前のことだからベナ雪原に行くんだろう?」
「うん。」
「最近吹雪が強くなって龍も増えてきているらしい。怪我すんなよ。」
「わかってるって。」
一行は武器を取り、出発の支度を済ませた。ペニーは扉に手を掛ける。
「あと、その猫預かっておこうか?」
「あ、お願いするよ。」
コンが片手で子猫を持ち上げる。しかし子猫は嫌そうに手足をばたつかせた。そしてその手から脱出してペニーの足下にすぐさま移動した。
「どうしても嫌みたいだね。」
吹雪が強くなってきた。ここからがベナ雪原と呼ばれる場所だ。ところどころ、雪のかまくらがある。これは龍の巣だ。このあたりの龍が討伐隊の御用になったようだ。一行のの幻の獣とも呼ばれる太陽の英雄の眷属探しが始まった。ペニーはあたりを嗅ぎまわり、ヨシノは必死に聞き耳を立てる。彼らはあっちこっちに動き回るがそれらしき姿はなかった。
一行はいつの間にかベナ雪原の奥地にたどり着いていた。今まで彼らは龍とは戦わないように動いていたものの、ついに龍の怒りを買ってしまった。体長は4メートルほど、黒い鱗に大きな翼が生えている。
「これは私のせいじゃないわよ。」
「うるせえな。早く構えろよ。」
ペニーが子猫の周りを光の壁で囲み、保護した。ヨシノも音叉を両手で構えた。龍は上体を低くして吠えた。積もっている雪たちが青く光った。3人はその光る地面から生えてくるつららを何とか避けきることができた。しかしペニーは回避が遅く、左足首がつららによって切られた。彼女は雪の上を転がり、仰向けになった。彼女は転がった先で宙に無数のつららが浮いている光景を目にし、叫んだ。
「上からもつららが降ってくる!」
「耳塞いで!」
ヨシノは空に向かって思いっきり音叉を振るった。爆音が雪原に鳴り響く。降り注ぐつららが爆音によってばらばらに砕け散る。一方、龍は一番近くで寝ころんでいるペニーに狙いを定めた。龍は大きな口を開けペニーに噛みつかんとする。そこでカイトが目にもとまらぬ速さで龍の首に切り込んだ。
「こいつ、硬え!」
しかし、カイトの剣は龍の鱗に全く通用しなかった。彼は続いて全く動じない龍の顎に膝を打ち込んだ。なるべく力が伝わりやすいように先端を狙ったことが功を奏し、龍の顎は勢いよく閉じて、歯が音を立てた。龍は更に激高しカイトに狙いを定めた。カイトは距離を取り龍をペニーから引きはがした。
「ペニー、動けるか?」
「もう大丈夫。動けるよ。」
彼女の切られた足は完全に元通りにくっついていた。龍が大きな爪でカイトに襲い掛かる。カイトは両手の剣で爪を受け止め、さらに自分の体を氷で固めることによって耐えた。しかし龍の強い力で体の氷にだんだんと亀裂が入る音が聞こえる。
ペニーが立ち上がり、助けに入ろうと駆け出した。しかし突然、彼女の前に氷の壁が出現し、そこに激突してしまった。少し遅れて、ヨシノが音叉を構えて走りこむ。彼女は先程の行動で肩を痛めてしまったが、その痛みをこらえながら龍の体に下から上に打ち上げるような打撃を浴びせた。しかし、彼女の武器である音叉が折れてしまい、攻撃は不発に終わった。
「もう限界だ…早くどうにかしてくれ…」
カイトは体がきしみ始め、音を上げた。ヨシノは折れて柄だけになった音叉で龍の体を強打するが、これも全く通用しない。龍は翼をはためかせ、ヨシノを吹き飛ばした。
次の瞬間、氷の壁を蹴破ってペニーが現れた。彼女は爪に魔力を集中させ、その光輝く爪で龍の鱗を切り裂いた。カイトは龍の力が弱くなったことを感じ、体に張った氷をすべて解除して両腕を動かし、龍の腕を弾いた。続いてペニーは龍の背中に乗り、翼の付け根を二つまとめてつかんで、光の輪で固めた。カイトは龍の前足に剣を投げつけ、さらに魔力を送り、氷を張り地面と龍の足をくっつける。龍は翼と腕を拘束されてしまったので、自由な尻尾と後ろ足で必死にもがく。
「ヨシノちゃん!今やっちゃって!」
ペニーは龍の尻尾を捕まえながら叫んだ。ヨシノは折れた棒を杖として、雪を後ろにまき散らしながら勢いよく立ち上がり走り出した。彼女は左足で積もる雪を思いっきり蹴り、右足を大きく龍の胸に打ち込んだ。その衝撃は龍の体中を駆け巡った。その結果、龍は力を完全に失った。
ヨシノは雪に突き刺さっている音叉の先端を拾い上げた。
「それ、くっつけてやろうか?運びづらいだろ。」
「頼むわ。」
カイトは棒と先端を氷で接着した。子猫を拾いに行ったはずのペニーが大慌てで走ってきた。
「子猫ちゃんがいない!」
「は?そんなはずはないだろ。」
「囲いは壊れていなかったんだけど、どこかに消えちゃった!」
「足跡も…もう消えてるわね。こんな雪じゃ。」
「匂いはどうだ?」
「ダメ。どこにもない。」
カイトは偶然、吹雪の中動く小さな影を目にした。
「あれ、今なんかあっちにいたぞ。」
ペニーは我を忘れてカイトが指した方向に走り出す。そしてものすごい勢いであたりの匂いを嗅いだ。
「あ、あった!」
ペニーは匂いの跡を見つけ、それをたどっていく。二人は速足でペニーについていった。
ペニーは視界の悪い中、ついに子猫が座っているのを見つけ、勢いよく抱き着いた。二人がやっとペニーのもとに追いつくと、ペニーは愕然として上を見上げた。
「どうしたペニー?」
「みて…あれ…」
ペニーは視線の先を震える手で指した。そこでは胸に大きな赤い文様を持った巨大な熊が佇んでいた。子猫は光を発しながら大きくなり、ペニーの腕に収まりきらなくなり、さらに巨大化した。そしてあの文様を持つ白い虎になった。
「マジかよ。」
二匹はしばらく見つめ合ってから、立ち尽くしている三人に振り返った。そして歩き出した。
三人はついてこいと言われた気がして、黙って後を追った。大きな洞穴に入り、どんどん地下へ潜っていく。洞窟の最奥には二匹と同じ文様が刻まれた石碑があった。二匹は石碑の前をまるで通れと言っているように開け、座った。三人は言われるままに石碑の前に立った。しかし、石碑は赤く光るだけで、他に何も起こらず、カイトがぼやいた。
「…なんだこれ」
ヨシノは何かを感じて石碑に触れた。触れてみて、彼女は何かが動いているのに気が付いた。そして音叉の柄を石碑に当て、彼女はその動きを魔法で増幅させた。
「…ありがとう。気が付いてくれて。」
音叉を通じて声が洞窟に響く。
「あなたはまさか…」
「そう。かつては太陽の英雄と呼ばれていた。フェルだ。最も今は肉体を失ってしまって魂だけの存在だけどね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます