第14話.常雨の丘の歌

前回のあらすじ

一行は魔物退治の仕事でお金を稼ぐことはできたが、次の日の朝、酔いつぶれて寝坊したカイトはヨシノの'最も不快な音'で起床させられ、調子がおかしくなってしまった。




 買い物も済み、一行はウールーの町を後にした。余裕があったのでペニーの防寒着も購入したが、それでもお金は余った。カイトは未だ調子が悪そうで、少しふらつきながら歩いている。


「カイト、体調悪そうね。な…何かあったの?」


ヨシノは必死に笑いをこらえた。


「お前なあ、寝起きにあんなもん、聞かされたらそりゃあ、こうなる。マジで勘弁してくれよ…。もし今日お前ら二人で、手に負えない魔物と遭遇したらどう、するんだ?」


「僕ね、昨日うまく魔法を使えたんだ。だからカイトが動けなくても大丈夫だよ。」


「昨日の戦い、ちらっと見たけど、まだまだ、だな。」


「えーなんで?」


「今は、教えられない、俺が回復、してからにしてくれ。」


「ごめん」


彼にはかなり後遺症が残っているみたいで、さすがにヨシノも少し反省した。





ペニーは以前ここを通った時よりも魔物が多いと感じた。しかしその時よりも魔物を簡単に退けることができた。戦うほどにペニーの技術は鋭くなっていき、彼女自身もその状況を大いに楽しんでいた。事実、この日はヨシノの出る幕もなかった。さすがに日が落ちるとカイトは回復を果たし、食事を作り、テントも立てた。ペニーの作り出した柱から発せられるわずかな光が彼らを照らす。


「あれ…?私、今日何もしてなくない?」


「そんなことないよ!」


ペニーはヨシノを慰めようとした。しかしカイトが横槍を入れた。


「余計なことは十分にしてくれたがな。」


「そんなことより!次は何を教えてくれるの?」


「そんなこと言ったっけな。」


「しっかりしなさいよ。」


「(お前のせいで記憶が曖昧なんだけどな)ああ、思い出した。えーと、あの戦いのときお前は壁を地面に立てて使ってたよな。」


「そうだけど。」


「あれじゃあ壁として不完全だよな。簡単に倒れるし、上からの攻撃を防ぐときなんかは、あのままだと盾みたいに構えないといけないだろ。だからこうするんだ。」


カイトが手を構えた。その手のひらの先に氷の球が生み出された。それは重力に抗い宙に浮き続けた。


「ほら、これ浮いてるだろ?」


「ホントだね。」


「これは風魔法の一種だ。この氷の魔力を少しずつ重力を打ち消す力に変えている。」


「僕、風魔法なんて使えないよ。」


「魔力を見えない手でつかんでると想像するんだ。俺も得意じゃないが、その場に浮かせることぐらいはできる。」


「ちょっとやってみるね。」


ペニーは手のひらからじわじわと板を作り出した。


「それを自分の手だと思って動かせ。光の魔力は他と比べて動かしづらいが、浮かせるぐらいはできるはずだ。」


「…こう?…こうだよね!」


板はペニーの胸の前で空間に固定されたかのように浮いている。


「そうだ。ここでヨシノ、お前の出番だ。」


「また殴ればばいいのね。」


ヨシノは肩に音叉を担いで立ち上がる。


「しっかり持ち続ければ、ヨシノの攻撃を防げるはずだ。」


「行くわよ。」


「来い!」


ペニーは右手に反対の手も添えて力を込めた。ヨシノの腕が大きく振るわれる。音叉は光の板に一番いい場所で当たった。


「ぶっ」


そして光の板はペニーの顔面吸い込まれるように当たった。板は砕けて消えていった。


「いっ…たあ」


「まあ最初はこんなもんだ。あとは意識しなくても浮かせられるようになるまで練習あるのみ、だな。」





「ほら見て、すごいでしょあそこ。」


一行は常雨の丘という場所に来ていた。ここではその名の通り一年中雨が降り続いている。ここを超えると気温は一気に低くなる。吹雪はないものの陽樹から届く熱も光もかなり弱くなる。


「あー俺はいいけどさ、お前ら濡れるの大丈夫か?。」


「ここで私の出番よ。」


ヨシノは音叉を空に向けて持った。雨粒は彼女の上ではじかれ、不可視の傘があるように見えた。


「ほら、入りなさいよ。」


カイトはすぐにヨシノの側に行ったが、ペニーがなかなか動かなかった。


「どうした?」


「子猫ちゃんが嫌がってる…」


ペニーが子猫を押して動かそうとしてもその場に座って動こうとしない。


「ああもしかして、この音が聞こえるんだ。」


「どうしようかな…」


「ペニーが傘出せばいいじゃんか。さんざん練習してただろ。」


「やってみるよ。」


彼女の手から透明な板が出現した。彼女はそれを少しずつ広げ上へ浮き上がらせた。最後にゆっくりと手を下ろした。宙に浮いた光の傘はペニーを追いかけるように動く。ヨシノは彼女の傘を小さくしながらペニーに近づいた。カイトも急いで駆け出すがびしょ濡れになった。


「お前マジで、こういうくだらないことすんなよ。」


「ウフフッ、あなたの勘が悪いからよ。」


「フッ、残念だが、濡れるぐらいは大丈夫なんだな。」


カイトについた水滴がみるみる氷に変わっていく。次に氷は砕け、輝く粉になって消えた。


「…なかなかやるじゃない。」





この丘は雷の魔法を使う魔物が多いようだ。ペニーがあまり動けないというので襲い掛かる魔物にはカイトとヨシノが対応した。


「ここには集落はないのか?」


「あるけど通らないよ。カイトくんがいるんだから、湖を突っ切る方が早いと思うし。」


「いいけどよ、その言い方だと初めて湖を渡るんだろ?」


「そうだね。」


「危なくなったらすぐ逃げるからな。湖にはあまりいい思い出がない。」


「なにがあったの?」


「子供のころ、調子乗って湖の上を氷張って散歩してたら水面からめちゃくちゃ魔物が飛んできて大変だったんだよ。」


子猫がペニーの足をたたいた。


「どうしたの?」


「あら、ここからかなり水浸しね。水に足をつけたくないんじゃないの?」


「もう、仕方ないなあ。」


彼女は子猫を拾って抱きかかえた。一行はそのまま足首から下が浸かってしまうような地面を進む。しばらくすると、カエルの唄が聞こえてきた。絶え間なくカエルのケロケロという声と雨の音がする。


「いい雰囲気ね。曲が一つ作れそうだわ。」


「おいヨシノ、のんきなこと言ってないで、少しは警戒したらどうだ。こんなにカエルが集まってるってことは居るんだよ。こいつらの親玉が。」


「見た感じ近くに親玉は居ないけど、踏まないように気を…」


「グゲェ!」


ペニーの注意をしている最中にも関わらず、カエルの悲鳴が起こった。


「えっ」


「あら、ごめん。踏んじゃった。」





 突然、地面の中から水しぶきと泥とともに巨大なカエルが現れた。3メートル以上はある巨大なカエルだ。その皮膚からは時折閃光が大きな音を立てて走っている。カエルの皮膚は帯電していて、とても怒っているように見える。


「また余計なことをしてくれたな。ヨシノ」


巨大なカエルが大地を揺らして吠えた。カイトは警戒してて手を前に構えた。しかし彼の予想に反して雷撃は空から届いた。


「きゃっ」


ペニーの傘がその雷撃を完全に受け止めた。しかし大きな穴が開いた。


「いいぞペニー。そのまま俺たちの頭上を守っててくれ。」


「まかせてよ。」


彼女は右手を高く上げた。彼女の手は輝き、光の壁はみるみるうちに修復された。


「ヨシノ、油断するなよ。」


「わかってるわよ。」


魔物は体を大きく傾け大きな両前足を上げた。そしてそこに雷の魔力を集中させた。カイトはいち早く魔物の取る次の行動に勘付いて声を上げた。


「跳べ!地面の水から離れろ!」


魔物の両腕が地面に着いてしまう前に三人とも跳躍した。地面に接触した魔物の両腕から地響きとともに辺り一面に電流が放たれる。そして辺りのの小さなカエルが帯電した。彼らが着地した後、小ガエルたちは自身の周りに球形に雷撃を放電した。偶然、そのうちの一つにカイトは足を踏み入れていた。

 ヨシノは地面を踏みつけ、波を起こした。彼女を中心に小ガエルたちは押しのけられ、カイトは放電から抜け出すことができた。


「ありがとな。」


また魔物が両前足を高く上げる。二人が跳躍の準備で身ををかがめる。


「今度は別に跳ばなくていいぞ。いよっと」


カイトは短剣を魔物が中心に入るように逆への字で振るった。魔物の足元の水は氷へと変わり、振り下ろし攻撃はその場だけで大きな電撃を起こし、氷を溶かすだけに終わった。

 魔物の攻撃の失敗を機にヨシノが走り出す。そしてまだ残っている氷塊を足場に跳び上がり体を大きく反らせて大きな音叉を構える。しかし魔物は目にもとまらぬ速さで電気を帯びた舌を繰り出し、彼女を捕らえた。魔物の舌に断続的に流される電流で音叉を落としてしまうほどにヨシノの力は抜けてしまった。

 次に走り込んでくる男を見て、巨大なカエルは捕らえた女も巻き込むように雷を放った。しかし彼は止まらなかった。彼はペニーからもらった光の盾を構え、雷撃を防いでいた。彼は光の盾を放り投げ、盾と同じ軌道で跳び上がった。そして魔物の舌を切断した。さらに落下したヨシノはすぐさま音叉を拾い、寝ころんだ状態のまま力いっぱいそれを魔物の胸に投げつけた。魔物の心臓はヨシノの魔法によって止まり、大きな音を立てて横に倒れた。




カイトの手を借りてヨシノは立ち上がった。しかしペニーの傘の範囲の外だというのに、その場から動こうとしなかった。


「はあ、ちょっとこのまま雨にあたらせてちょうだい…」


「ん?風邪ひくぞ?」


「このままじゃ臭いのよ。いつかのあなたみたいにね。」


彼らのもとにペニーが駆け寄ってきた。


「二人とも大丈夫?」


「問題ないわ。別に骨が折れたわけでもないし。私を傘の中に入れないでちょうだい。」


一行はとりあえずカエル地帯を離れ、ヨシノが満足いくまで体を流してから旅を再開した。




 彼らはついに湖にたどり着いた。この湖には常雨の平原のほとんどの雨が集まってくる。そして湖の中心には大きな二重らせんの木が突き出ている。カイトは足元の湖を凍らせてイカダのような足場にした。


「まあちょっと不安定だがいけるな。流れも強くはないし。」


「おおーすごいね。」


「で、どっちに行くんだ?」


「この湖から出る川沿いに町があるから流れに身を任せるのがいいかもね。」


「とりあえず進むが、危険になったらすぐ逃げるからな。」


彼は歩くたびに新しく足元を凍結させ、二人がその後ろをついていく。


「ヨシノ、近くに巨大な魔物がいたり、魔物の群れがあったりしたらすぐ教えろ。」


「はいはい。ビビりすぎよ。」


ヨシノは靴と氷の道のぶつかる音を変化させ湖中に響き渡らせた。魚やらが泳いでいるのが反響によってわかる。特に差し迫った危険というものはなさそうだった。




しばらく進むと湖の流れが速くなってきた。しかし依然として平和な散歩が続く。


「不気味だな。ほんとに何もないのか?」


「何もないわよ。魚たちは争ってる様子もないし。かなり遠くにでかい魔物がいるけど全く動いてないわね。」


「普通はもっと激しいはずなんだけどなあ。」




そして何事もなく、一行は湖から流出する川上へたどり着いた。


「ビビる必要なかったわね。」


「うるせえ。」


「ほら見てあれがコールの町だよ。あとここから一気に寒くなるからね。」


既に雨は止み、カイトとヨシノは少し肌寒さを感じていた。


「もう日も暮れてきたし、早く宿に行こう。」





 コールの町は都市のある中流と下流を繋ぐ輸送の中継地点としてとても重要な町だ。運び屋に狩人が多く存在し、都市に次ぐ規模の町だ。特に狩りが盛んな下流では人間同士で戦う決闘も活発になっている。特にコールの町には闘技場が多く、そこでの賭博もかなり盛んだ。一行が止まった宿にもかなり大きな闘技場が併設されている。


「僕はね、もともとこの町出身なんだ。」


「じゃあここに家族もいるのか?」


「いるけど、あんまり会いたくないなあ。」


「どうしてよ?」


「家業を継がずに家を飛び出したからね。今は弟たちが頑張ってくれてるみたいだけど…」


ペニーの感情はとても分かりやすい。こういう話をするときはあからさまに耳を下げる。


「…まあそりゃそうよね。」


「なあペニー、ここの闘技場っていつまでやってるんだ?」


「結構真夜中までやってるんじゃないかな。」


「ちょっと見てくるわ。賭けもしてるんだろ?」


「お金スってこないでよね。」


「わかってるって。」


「もう先に寝てるから起こさないように帰ってきてちょうだいよ。」


ヨシノはいつも得意の魔法で寝るときに周囲の音を完全に消す。そんな中、彼女を起こすほうが難しいとカイトは思った。


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