第11話.賢者の住む森
前回のあらすじ
一行は氷の谷を越えて陽樹の都市にたどり着いた。一行は内の世界脱出のための方法を知るため、最も賢いとされる猿族の町を目指す。
カイトは窓から差し込む日差しで目を覚ました。
「おはようカイトくん。よく眠れた?」
「もう昼じゃねえか。よく寝すぎたな。」
「はい早く身支度して。出発するわよ。」
一行は陽樹の都市を進む。人通りは徐々に少なくなり、気が付けば野生あふれる森が見えてきた。
ここは森の賢者、猿族の住む森。外から見れば一見、木々しかないように見える。しかし森の中心には猿族の象徴ともいえる大学があり、町が形成されている。森にはたくさんの実がなり、猿族たちは主にそれを食べて暮らしている。木の実や山菜を狙って猪や鹿も多く生息していて、それを狙う肉食獣もいる。
「やっぱ森はいいよねえ。小鳥のさえずりに木漏れ日。瞑想するにはぴったりな場所だわ。」
ヨシノがとてもゆったりとしているのに対しペニーは珍しく険しい顔をしている。
「ヨシノちゃん、気を付けたほうがいいよ。この森は魔力が特別多いんだ。」
「言われてみるとそうだな。」
この内の世界の森はほとんど陽樹に寄生して、陽樹の根から水と養分と同時に魔力を吸い上げている。偶然この森が寄生した根っこは魔力が特に多く、木々が不要な魔力を放出しなくてはならなかった。行き場を失った魔力は果実として排出され、それを食べる動物は魔力を秘め、いわゆる魔物となる。
子猫が突如、「にゃあ」と鳴いた。そしてヨシノの頬を鋭い風が突き抜け、彼女の頬から一筋の血が垂れた。
「つっ」
それに続いて次々と風の弾丸が飛んでくるのを聞き取った。ヨシノはその場で回転するように音叉を投げた。回転する音叉が風の球ををすべて弾き飛ばした。その間にカイトが風の飛んできた方角へ走る。しかし攻撃の源を見つけることはなかった。
「敵の姿が見えない!」
彼は二人に向かって大声で警告をする。今度はその彼に真正面から風の弾丸が飛んできた。反応こそできなかったが弾丸は運よく彼の上着に命中し、仕込んである氷膜によって防ぐことができた。
「見つけたっ!そこの木にへばりついてる!」
ペニーが木の幹に手を伸ばし何かをつかんだ。それはただの木の皮のようだったが彼女が手に力を籠めると、手足の様な部分でもがきだした。首の長い茶色のトカゲ、幹と同化して尻尾に空いている穴から風を飛ばしていたようだ。
「よくやったペニー。」
「私が言うのもなんだけどまだ気を抜いちゃダメよ。今何かが大量に動いた。」
「まだ仲間がいるってことか。」
ヨシノは両手で音叉を構える。
「多分今ちょうど囲まれたわ。とにかく躱したほうがよさそうね。」
四方八方から風の魔法が放たれる。カイトは全身に氷を張って攻撃を防ぎ、ペニーはひたすら勘で魔法を避けた。ヨシノは風の軌道を読んで躱し、次に近くの木に音叉をたたきつけた。木々の根は複雑に地下で絡み合っている。それを通じてトカゲの潜む木々を揺らした。それから風の弾丸が飛んでくることはなかった。
「終わったみたいだね。」
「さ、行きましょう。」
「あとどれぐらいで町につくんだ?」
ペニーはいつもの様な元気あふれる返事をしなかった。
「それが…わからないんだよね。前行ったときは三日ぐらいかかったから…」
「町の場所、知ってるんじゃないのか?」
「猿さんとは仲良くなれたけど、道を教えてもらえなかったし、帰る時もただまっすぐ進めって言われただけなんだよ。もともとあんまり森から出ない人たちだから。」
「そういえば陽樹の都市にも猿族はほとんどいなかったわね。」
「で、三日かかったってがむしゃらに歩いていたら偶然見つけたのか?」
「猿族のパッスさんって人が森で迷ってる僕を見つけてくれたんだ。」
「町ってどんな感じなんだ?木のせいで視界は悪いが三日も見つからないことなんてことあるか?」
「普通に建物があったり木の上に家があったり。でも建物の屋上に必ず木が植えてあるから、空からみても町の位置はわからないよ。」
「町の会話の声とかも聞こえないし何かがおかしいわよねえ。」
「じゃあ匂いとかはどうだペニー。猿特有のにおいとか。」
「そんなの似た匂いが森中にあふれてるからよくわからないなあ。」
「ヨシノの地獄耳に生活音がかからないってのは明らかにおかしいな。…もしかして。ヨシノ、今ここで音消せるか?」
ヨシノは指を鳴らして周辺の音をすべて消し返事をした。が聞こえるはずのないことに気づき元に戻した。
「あーそうじゃなくて、音をかき消す壁みたいなのって作れるか?」
「できるわよ。じゃあカイトの声を全部消しましょうか。」
ヨシノが人差し指をカイトの喉に向ける。
「」
「どう?」
「カイトくん、ホントにしゃべってるの?」
「」
「…ふふっ」
「」
カイトはもうやめてくれと言ったはずだが声は出なかった。彼は何とか笑うヨシノの手を下ろさせた。
「はあ…さっさとやめろよ。」
「ヨシノちゃんの魔法って面白いね!」
「…本題行くぞ。もしこの音を消す壁で町が囲まれているとすれば、ヨシノの耳が利かないのも納得がいく。」
「確かにそうね。」
「ヨシノ、音の反響が不自然な方角はないか?」
ヨシノは音叉を共鳴させる。音はだんだん高くなり普通の人間には聞こえないほどになった。反射してくる音を集中して聴くと森の形が目で見るより詳しく、木の幹のうねりまでもが理解できた。そんな中、一つの違和感を感じ取った。
「音がどこかで消えてるような場所はないわ。…でも妙に滑らかな物体があっちにあるみたい。磨いた石ぐらい滑らかで不自然だわ。」
ヨシノの導きに二人はついていく。しかしそこは何の変哲もない場所だった。
「やっぱり何もないな」
「いえ、あっちにあるわ確実に。」
そういってヨシノは指をさした。
「ヨシノちゃん、いつの間に爪に怪我なんかしたの?」
「?怪我なんてしてないけど。」
ヨシノの爪は消えていた。彼女がさらにその方向に手を伸ばすと、手首までが消滅した。さらに足を運ぶとヨシノは完全に消失した。
「おい!大丈夫かヨシノ!」
か二人がヨシノの消えた方向に手を伸ばしても何も起こらない。しばらくして彼女の左上半身が不自然に宙に浮いて出てきた。そのまま片手で子猫を抱き、もう片方の手を伸ばした。
「こっちよ。つかまって。」
二人の体も何かに飲み込まれて見えなくなっていく。そして彼らの目には新しい景色が映りこんだ。ほとんど変わっていないが、木でできた派手な模様の柵が立っている。
「なにこれえ。」
ペニーは唖然としている。カイトが振り返ると先ほど立っていた場所が見える。
「光が捻じ曲がってたってわけね。それに加えて音が反射される壁。この柵に仕組まれた魔法みたいね。」
「なるほどな。部外者が来れないように隠してたってわけだ。…なら俺らは不法侵入者だな。」
「えっじゃあ早く戻ろうよ。このままじゃ猿族の敵になっちゃう。」
「その必要はありませんよ。」
突如、何もない空間から声がした。その空間は徐々にぼやけて、一人の不思議な法衣を着こんだ、眼鏡をかけた猿族になった。
「あ、パッスさん!」
「もとからペニーさんは合格していますし、お二方…カイトさんとヨシノさんでよろしいですかね。も悪い人ではなさそうでしたから。それにしてもここが見破られるなんて思いもしませんでした。」
「いえいえ、そちらこそ完璧に光を操るなんて感服ですわ。」
「パッスさん、僕たちこの内の世界の脱出方法を調べに来たんだ。」
ペニーが早速話を切り出した。
「なぜ外の世界に出れると?なるほど…お二人が見慣れない種族なのは、外から来た人間だからですね?」
「その通り。」
「…ならば、学長のもとへ案内しましょう。」
「外の世界は我々にとって長年最大の謎でした。その謎が今日明らかになるなんて感動です。」
「パッスさん、何で町を通っていかないの?」
「騒ぎになるといけませんので。我々は知的好奇心が強いものですから。普段は何もないですが、未知の種族となると最悪、誘拐から監禁されるかもしれませんので。」
「じゃあまさか合格って…」
「お考えのとおりですよ。怪しい人物が来るのを防ぐ意味ももちろんありますが、一番は我々が事前に来訪者を知ることで、来訪者を我々から守るためですね。」
「パッスさんはそんな野蛮な感じしませんがね。」
「ええ、もちろん。我々は学校で自己を律する方法を学ぶのです。私はその中でも優秀な部類ですから。ただ好奇心に駆られてしまう人物が多いのは確かです。さあここからは学長のもとまで姿を隠していきましょう。」
多くの学生が行きかう中姿を隠して進む一行。彼らからは周りが見えるが、どうやら周りは全く彼らに気づかない。カイトはとても感心した。
「すごいっすねこの魔法。完全に姿を隠せるなんて。」
「これは学長がおつくりになられたのです。扱うのは少々難しいですが、あなたもできますよ。音に関してだったらヨシノさんのほうがいいものを作れるんじゃないですか?あの偽装魔法を見破れたわけですし。」
「うーん私は魔法具のことは全然知らないんで作るなんてそんな…。」
「そうですか。さて、ここが学長室です。中へ入りましょうか。」
学長は机に積み重なった紙に埋もれてうんうんとうなっていた。そして扉のほうへ目を向け、カイトとヨシノを見て、白髪の中にかすかに見える眼を大きくした。
「パッス君、彼らは…」
「外の世界から来た人間です。」
「ついに来たか…まず聞かせてもらおう。どうやってあの吹雪を超えてきたのかね。」
「よくわからないけど白い虎が助けてくれて、それで何とか吹雪を超えられたんだ。」
「ひょっとするとそれはこんな文様を持っていなかったかの?」
それはカイトとヨシノがうっすらと見たあの赤い文様で、二人ははっとした。
「やはりの。これは太陽の英雄を表す印。彼とともに戦った仲間の末裔といったところじゃろう。…それで本題じゃが、ここに何を求めて来たのじゃ?」
「ここから出る方法を知りたいんだ。」
「そんなこと言われてものう。我々の歴史で外の世界を見たものは誰一人いない。」
「それでも何か、脱出の手がかりはないんですか?」
「まあ入った時と同じように出ればいいんじゃないかの。つまりまたその虎に合えばいいんじゃよ。ちょっと待っておれ。」
学長の背後にある本棚から数冊の本がゆっくりと浮き出し、空中で開いた。それぞれページが高速でめくられどこかでピタッと止まりそのページをカイトたちのほうへと向けた。
「これが英雄の文様を持った生物の目撃情報じゃ。石碑や建物なんかに英雄の文様は散見されるが、元からそれを持った生物となると数百年でこれだけしかない。下流の雪原にまれに出現しているようじゃの。」
「それってもしかして幻の獣のこと?」
「ペニーにも何か心当たりがあるのか?」
「うん。一番下のベナ雪原はね龍がいっぱいいるの。危ないから人が近づくことはあんまりないけど、そこで龍と戦う何かを見たって昔聞いたことがあるんだ。」
「龍は英雄の敵、氷河の龍の末裔、もしかしたら今も眷属同士が戦い続けているのかもしれんのう。」
「そうか、それじゃあ行こうぜ、ベナ雪原に。」
「そうだね。」
「パッス君、書き終わったかね。」
「はいすでに。」
パッスは二人の姿を正確に模写していた。これも研究のためなのだろう。そしてパッスは後ろの引き出しから何かを取り出した。
「ちょっと出発する前に無礼なのはわかっておるが、君たち二人にあるものを提供してもらいたい。」
「あるものって?」
「髪と血と爪と涙だ。我々の英雄は君たちと同じ毛のない人間だとされている。研究のためにどうか協力していただきたい。」
「まあいいけど…」
二人はそれぞれパッスの取り出した試験管に爪と髪を切り入れた。血も指先を傷つけ試験管に収めた。
「涙ってどうすればいいのかしら?」
「量を十分に確保するためには、目にからしをつける方法と鼻に綿棒を入れる方法がありますが。」
「…」「…」
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