南獄編

第8話.吹雪の関門

前回までのあらすじ

混乱に陥るツェヴェナ王国で、氷の魔法と二本の短剣を武器に戦うを使う旅人、カイトと、'音叉'と呼ぶ身の丈ほどある大きな金属の棒を武器にする音楽家ヨシノが出会った。

二人はツェヴェナ王国南部唯一の監獄、監獄山を破ることに成功し、王国から抜け出すために南獄と呼ばれる場所を目指す。




 ニシと別れてから一週間が経った。ここ最南端の町コートスでさえ事件のことで騒いでいる。掲示板は指名手配の張り紙で埋まってしまっている。真ん中では俺とヨシノが凶悪そうな顔をしている。新聞によると各地の逃亡者はほとんど野放しになっているらしく、すべての町に兵士を派遣しているところだそうだ。国としては国境と海岸線の警備を重視し、時間をかけて逃亡者を再逮捕する方針だという。まあ妥当な判断だ。山脈を通って国外に逃げることなどできないし、南から逃げるなんてもってのほかだ。それに、国交の状況が悪くなっているのもあり、国内で働かせる兵士は最小限にしたいらしい。各国から異国人取り締まりの批判が殺到する中、リクウ帝国なんかは今回の件を口実に侵略に出ようとしている。

 その一方でイナミ博士が不気味な笑みの顔と共に監獄山を救った天才博士として称賛されている。監獄山は人手不足に陥ったが、彼の発明によって胞子による呪いを完全に受けないようになったので、一般人からも人手の募集をかけているそうだ。まあ呪いの無効化は信じられておらず、人は集まっていないようだが。



 やっと見つけた。こういう町にはお尋ね者でも利用できる店がどこかにある。値は少し張るが、顔を人前で出すことができない俺にとってはそれでも十分ありがたい。売人たちはもれなく顔を隠していて不気味だ。道中で狩った魔物の毛皮や牙を売って金を作り、赤い首飾りを二つ購入して隠れ家に帰った。



「明日、出発するぞ。」


「えー、もうちょっとここにいない?床下に何冊か本があってね。」


この隠れ家は廃れた家屋だ。見慣れない装飾、いまはもう蔦や雑草に浸食されきらびやかであっただろう装飾もくすんでいる。


「ほらこの本なんか読んでみたほうがいいんじゃない?」


[太陽の英雄と氷河の龍]

ほこりを被ってはいるが表紙には立派だ。ざっとページをめくると古語特有のくどい文章が続いている。

[世界に降り立った3つの災厄のうち、一つがこの南の大地に降り立った。災厄を討ち取るために世界中からあらゆる戦力が種族を問わず集められた。]

そしてその中に絵画のような挿絵があるページを見つけた。

[龍は最後の力を振り絞って英雄に吹雪の息を吐いた。その大陸を包み込むような息から民を守るため英雄は太陽の力を借りて吹雪を防いだ。しかし竜とともに英雄も力尽き、二つの強大な魔力は大きな変動を大陸にもたらした。今なお吹き続ける龍の息吹のなかで英雄は抵抗しその中で生物が生き残れる空間を作り続けている。]


「見てよ、南獄の寒さは龍の息吹のせいなんだって。しかも極寒の南獄にも温かい場所があるかもしれないってなんか素敵じゃない?」


「確かに南獄は異常なほど吹雪が吹き続けてはいるが、理由は別に説明がつくんだぜ。南獄は太陽の光をほとんど受けない。このあたりでも冬は一日中陽が昇らない時があるそうだ。それに山脈の形によって空気が乱されて寒気はほとんど北へ上がってこない。だから尋常じゃないほど寒いってどっかの学者が言ってたぜ。」


「ちょっと、夢を壊さないでよ。それに南獄ってほとんど調査が行われていないんじゃないの?その学者だって嘘っぱちかも。」


「まあこの目で確かめるだけだな。」




 彼らの目の前には白銀の大地と針葉樹林が広がっている。そしてそびえる山脈。その中で一か所だけ低い山がある。それを超えれば南獄だ。針葉樹林を魔物を振り払いながら進み、山を登った。不思議なことに山には一匹しか魔物がいなかった。その魔物は頂上にでずっしりと道をふさぐように寝ていた。

 白い翼を携え、額に赤い文様が刻まれた虎、その目をわずかに開き二人をにらみつけた。なるべく刺激しないようにゆっくりと横をすり抜けようと歩く。すると虎は急に大きな爪を振り襲い掛かった。それに反応し、ヨシノが爪を受け止め虎をにらみ返す。互いに硬直し、にらみ合ってから数秒が立つと、虎は興味をなくしたようにまた眠りについた。二人は非常に困惑した。


「…何だったのかしら。」


「ナワバリを取られるかもって警戒してたんじゃないか?害がないとわかって見逃してくれたんだろ。」


「だといいけど。」


「ほら、見えてきたぞ。あれが龍の息吹ってやつだな。」


吹雪が山から吹き付けていて、先が見えない。山から見下ろしても生物の気配がほとんどない。雪で覆われた大地にまばらに植物の群衆がある。小さな葉っぱが絨毯のように広がり、苺が茂みを作り、中心には決まって二重らせん状の低い禿げた木が生えている。彼らは赤い首飾りを鞄から取り出し掛ける。首飾りの宝石が光を発して体を温める。これは外の寒さに合わせて全身を温める優れものだ。それに加えカイトが少々改造を施し、出力の上限を解除してある。

 進むにつれて風が強くなり、雪が舞ってくる。ヨシノが髪の毛に雪がくっついたのに気づきフードをかぶる。常に木一つない山脈を目印にしながらしばらく進むと、ところどころにあった植物すらなくなった。かわりにところどころ氷の柱や刺が立っている。吹雪も激しくなり、右半身には雪が張り付いている。太陽は見えないので時間はわからないが、カイトは体力の消費からもう遅い時間になっていると感じた。


「今日はもうここまでだな。」


カイトは飛んでくる雪をつむぎ、立てた氷の柱に接続する。それをゆっくりと、使用する魔力は最小限に抑えながら拡張した。これでかまくらの完成だ。地面には藁を敷いてなるべく体温が奪われないようにする。


 今日の彼らの食事は冷たい肉の燻製だ。火種を起こすこともままならない寒さだが、彼らの体に流れる魔力がある限り首飾りによって体の温かさは保証されている。幸い、このあたりは魔物すら適応できない寒さなので戦闘によってちからを消耗することはない。問題はこの龍の息吹から抜け出すことができるかどうかだ。


「ねえカイト」


「なんだ?」


「氷の魔力を使えるんだから、寒さなんてへっちゃら、なんてことないの?」


「ただ寒さに慣れてるってだけだよ。ほら俺の手見てみ」


カイトは手袋を脱いだ。その手は赤く、少し腫れていた。ヨシノも手袋を外しカイトの手に触れる。


「冷たっ!…本当に氷じゃない。いっつもこんな感じなの?」


「まあこんなに気温が低いと制御が難しいんだ。普段は手のひらまで冷気が来ないようにできるんだけどな。」


「ねえ…いつ出るの?ここじゃあ時間もわからないし」


「まあなんとなくで。吹雪も一切弱まりそうにないし、疲れが取れたらでいい。もう眠いだろ?」


「まあそうね。」




 翌日、かまくらから出てみると、やはり吹雪の勢いは衰える様子もなかった。あいも変わらずひたすら雪の中を進む。そして強くなる吹雪はついに俺たちの視界を奪った。手を伸ばしてみると霧によって指先がかすんで見えない。


「ちょっとまって!見えなくなった!」


この濃霧でヨシノが俺を見失った。位置を知らせるために振り向いて返事をする。吹雪の音にかき消されないように大声で。振り向いた一瞬あの虎の文様が光った気がした。幻覚を見るなんて今日は早く休まないといけない。しばらく声を出しているとヨシノが俺の服のすそをつかんだ。普段は足音だけでも位置はわかりそうなものだが、この寒さでやはり首飾りが魔力を多く消費しているのだろう。彼女もかなり疲弊しているようだ。今度はお互いを見失わないように手をつないで歩く。雪に沈まないよう、靴にかんじきを付けたので歩けないことはないが普段より体力の消耗は激しい。時間の感覚を喪失してしまったが、結構な時間変わらない景色を歩き続けてきたヨシノがついにその場に座り込んだ。今日はここで休むことにした。


「ごめんね。足手まといみたいになっちゃって。」


「そんなことないさ。それよりその首飾り、ちょっと見せてくれないか?」


ヨシノの首飾りは調子が悪いようだ。宝石の中心が紅さをなくして黒くなっている。


「これ、力が弱くなってるみたいだ。寒いのには慣れてるから、俺がこっちをつける。」


「いいの?」


「お前が弱ってるとこ見るとこっちも気が滅入る。こういう旅で一番大事なのは気を強く持つことだ。」




 次の日も、その次の日も二人はひたすらに歩き続けた。どのぐらい進んだのかもわからない中、ただ疲労だけが確実にたまってきた。この南獄は朝から晩まで戦い続けているかのような厳しい環境だ。カイトの計画からは完全に外れてしまった。彼の持つ地図はジン公国を中心に各国の魔導士たちが協力し、上空から世界中を撮影したもので、見立てによれば2日あれば吹雪地帯からは抜けられるはずだった。もしかしたら彼らはこの視界の中で道を失ってしまったのかもしれない。肩を貸しあいながら一歩をゆっくりと進む。ヨシノは何かないかとあたりを見回した。彼女の眼には遠くにあの赤い紋様が映った。


「カイト、今なんか…あの虎が見えた気が…」


「お前にも見えたのか…?ならもしかして…」


「最悪のやつ?」


「この吹雪も霧もアイツの仕業かもしれない。俺たちが弱るのを待っていたんだ。」


だんだんと赤い光は大きくなってくる。二人はかじかむ手で武器を構えた。もう首飾りは力を使い果たして体はちっとも温かくならない。


「気を強く持て、ヨシノ。こいつさえ倒せばきっとここから解放される。そしたらいったん町に戻って準備しなおそう。」


「…ええ」


二人ともか細い声だったが、強く心を持った。そして虎の顔面があるであろう場所に思いっきり一撃を叩き込んだ。手ごたえはまるでなく、効いたようには感じられなかった。ただそれでも周りの霧は薄くなっていく。そして彼らの目の前に現れたものはただの木だった。


「「え??」」


二人はお互いに顔を見合わせた。突然現れたらせんの木を中心に吹雪が消えた。この領域はだんだん伸びてゆき、細くて長い小道のような空間を作り出した。


「どういう…ことだ?」


「ここを進めばいいってことじゃない?それに、これってもしかして」


二人は同じ、あの本の内容を思い浮かべた。


「そんなわけあるかよ。ただのおとぎ話だって。」


右を見ると吹雪が幻のように消えていく光景が見える。左側では吹雪が空間を包むようにうねっている。しばらくして広い空間に出た。空を見上げると真っ白い空が見える。しかし太陽が出ているかのように明るい。


「いや、太陽の英雄に違いないわ。それじゃなかったら…何なのよ。」


その光の源はあの大木だ。大木は大きく広がり、そこにみのる果実が輝いている。二人はあまりの光景に思はず膝をついた。柔らかな草が生えている。そしてこの数日間味わっていなかったあたたかな大地に安心感を覚えた。そのまま寝転がり、また顔を見合わせて、そして笑いあった。


「あの虎、本当はいい奴だったんだな。」


「あれ、急にどうしたの。」


「見てみろあの木を。根っこも出てて、あの文様とそっくりの形してるぜ。」


「太陽の英雄が守った民って…まだいるのかな。」


「探しに行こう。きっと出会えるさ。」


二人はそのまま眠りに落ちた。

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