道中1.神に感謝

 草原で狩った牛を解体するカイト。血が服につかないように彼は氷の膜を前掛けのようにまとっていた。ヨシノはやることがないので彼に話しかけて暇をつぶそうとした。


「ねえ、カイト。」


「なんだ。」


「神様っていると思う?」


「どうした藪から棒に。」


「私、聖歌隊やってたからね。カイトがどのぐらい神を信じてるのか気になってさ。」


「神か…まあ存在はすると思うが、教会が言うほど大したものじゃない気がするな。」


「大したものじゃないって?」


「世界を作ったっていうのは分かるんだけどさあ。世界が終わる時に神を信じていて罪を償ったものは神の住む楽園に住めるようになって永遠に幸せになる、っていうのはどうにも嘘くさいよなあ。」


「そうかしら?」


「だって、なんか気持ち悪くないか?勝手に生み出しておいて人間には生まれながらに罪を背負ってるから浄化しろって。それに永遠の幸せってのもなあ。別に神から与えられなくても俺は幸せだし、幸せを授かるために神に仕えるってのはおかしくないか?」


「まあ、そうね。」


カイトは牛から内臓を引きずり出す手を止め、振り向いた。


「で、お前はどうなんだ?」


「え、私?」


「俺が話したんだから次はお前の番だろ。ほら。神は存在すると思いますか?」


「私もカイトと同意見よ。」


「で、その理由は?」


「だって神様が本当に人の行いを見てるのだとしたら、貴族とかそういう身分の違いを許さないと思わない?特に何もしないのに生活に苦しい人からも税金はきっちり取ってさあ。」


「そんな考えを持ってたから聖歌隊が嫌になったんだな。」


「まあ、これも神のおぼしめしって奴かしら?聖歌隊で演奏してるより、今こうやってあなたと旅してる方が楽しいし。」


「それはよかった。ヨシノ火を起こせ。」


ヨシノは木の枝を魔法で小刻みに振動させて薪にあてがった。そこに起こる摩擦熱で一気に火が付いた。


「なかなか便利だなその魔法。俺一人じゃあ火をつけるのかなり面倒だったから助かるよ。」


カイトは鋭くした木の枝に肉を刺したものを地面に二本突き立て炎に当てた。


「私も一人で旅してるときなんか肉なんて食べれなかったからありがたいわ。」


「え、じゃあお前いったい何を食べてたんだ?」


「何って、町で買った食べ物とか、その辺の果実とかだけど?包丁は持ってないし。」


「それでよく生きてこれたな。」


「そうかしら。町で演奏してればお金はもらえるし、買い溜めすれば次の町まで何とか持つわよ。」


「そうか、お前は演奏家だもんな。金にはあんまり困らないか。」


「カイトもやってみる?今ヴァイオリンしかないけど。」


「俺はいいよ。お前の演奏を聴いてるだけで十分だ。」


「そう?それは光栄ね。」


「お、焼きあがったかな。どっちの肉がいい?」


ヨシノはカイトが右手に持った枝を指した。


「そっちの大きい方。」


カイトはヨシノに焼きあがった肉を手渡し、自分の肉に噛みついた。ヨシノも彼の真似をして肉に思いっきり噛みついた。


「あっつ!なんであなたこんなに熱いのを平然と食べれるの?」


「魔法で冷やしてるからな。お前のもやってやろうか?」


「…いらない。」


彼女は熱々の肉にしばらく息を吹きかけ、またかぶりついた。


「あっつ!」


「またかよ。」


「恐ろしいことになったわ。舌を火傷した。ねえ、これ冷やしてくれない?」


「これでも舐めてな。」


彼はヨシノに手元で生み出した丸い氷を投げつた。彼女はそれを受け取り、口に放り込んだ。


「ふう、助かったわ。神に感謝。」


「なあ、"神に感謝"を舌の火傷ごときに使うな。もっといい使う場面があるだろ。願いが叶ったときとかよお。」


「ウフフ。それもそうね。」


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