第3話.砦防衛戦

前回のあらすじ

カイトとヨシノは親交を深めながら旅を続ける。しかし彼らが通過する予定の砦では既に彼らを迎え撃つ準備が行われていた。




 彼らはひたすら南へと進む。ときには遭遇した魔物を倒しながら、食料を採りながら。そしてついにツェヴェナ王国を南北に分かつエール川が見えた。


「すごい大きい川ね。」


「それだけ危険ってことだからな。近づかないほうがいいぞ。」

水面から大蛇が飛び出た。川の上空を飛んでいるサギを狙ったようだ。川には水を求めるたくさんの生物が集まり、自然と魔物が多くなる。したがってこの長いエール川には安全地帯が数か所しかない。その安全地帯には漏れなく橋と砦が建設されている。


「それに、俺たちじゃあ橋を渡るのも無理かもな。」


「あの砦があるもんね。私達もう顔バレちゃったし。」


「お前があいつらを逃がしたからな。」


「なによ。嫌味?」

ヨシノはカイトを軽く睨んだ。

「…まあとりあえず近づいてみるか。」




 砦の中では隊長が指示を飛ばしていた。弓兵を配置し、防衛魔法装置を起動した。これにより砦の石壁は強度が増し、砦から放たれる矢に魔法が付与される。最後に寝ているジャクスを起こしに行った。ジャクスを起こすのに手間取ってしまい指揮に戻ったときには100メートルの距離に接近されたという知らせを受けた。


「隊長さん、僕が出ますよ。」


寝起きのジャクスがあくびを混じらせながら言った。


「では武器庫へ参りましょう。手ぶらでここまで来たのですもんね?」


「いや、このままで十分。」


「え、せめて防具を…」


返事をするまもなく、彼は寝間着のまま砦の壁を突き破って出ていった。




 カイトとヨシノは次々に放たれる矢に防御を余儀なくされていた。100メートルも距離があれば相当な名人でもない限り命中なんてしないはずだが、矢は意思を持ったように軌道を変え、彼らを捉えた。彼らは正確無比な射撃を武器で弾き返しながら砦へ走る。


「まあ軌道は読みやすいわな」


今度は遠くから見てもはっきりわかるくらい大量の矢が同時に打ち出された。


「カイト、耳をふさいで。私が全部撃ち落とす。」


カイトは言われるがまま耳に手を押し付けた。ヨシノは飛来する矢に合わせ音叉を地面に叩きつけ爆音を作り出した。飛び散る土とまき起こる風圧によって矢は全て弾き飛ばされた。


「なあ、耳塞いでてもうるさいんだけど」


「じゃあ早く慣れなさい。あの一斉射撃また来てるわよ。」



 そんなこんなで彼らはついにあと100メートルというところまでたどり着いた。そこへ矢ではないものが飛んできた。それは着地と同時に閃光を放ちバチバチと大きな音を立てた。


「どうも、こんにちは。君達を捕まえに来ました、ジャクスです。」


カイトとヨシノは即座に構えた。ジャクスは棒立ちで彼らをびしっと指差した。


「そんな物騒な武器しまってくださいよ。」


彼らの武器は手の中からスルッと抜け出しジャクスに引き寄せられた。


「は?ああ、まずいな剣が」


「なにびびってんのよ。あんなちんちくりん拳で十分だわ。」


「見てわからないのか。魔力量が桁違いだ。」


カイトにはジャクスが子供ではなくまばゆい魔力を放つ賢者に見えていた。ジャクスが空に向けて指を鳴らすと紫色の透明な壁が3人を取り囲んだ。


「これで君達は逃げられないね。」


 次に動き出したのはヨシノだ。彼女は地面を踏みつけて衝撃を送り込んだ。その衝撃はジャクスの元に伝わり、爆発し、土埃の柱が立った。しかしジャクスは傷ひとつつくことなく突っ立っていた。


「効かないよこんなの。」


「馬鹿ね、狙ったのはあなたじゃないわよ。」


カイトはヨシノの狙いを察し、動いていた。空中へ投げ出された短剣は既に二本ともカイトに掴まれていた。そして音叉を空中でヨシノの方へ蹴り飛ばした。

 ジャクスはまた真上にいるカイトを見上げ指差した。またカイトの持つ剣が引き寄せられる。しかし彼は氷によって自身の手と剣を接着していたので、剣と一緒に彼はジャクスに向かって加速していった。


「あ、こっちか。」


ジャクスは弓を射るように大きく手を引き、カイトに打ち込んだ。拳から放たれた稲光にカイトの胸は打ち抜かれ、彼は地面に墜落した。


 隙を狙ってヨシノは音叉を大きく振り上げ、跳びかかる。ジャクスはその見え見えの攻撃を右へ避けることにした。しかし彼の足は動かなかった。地面に伏しているカイトの刃から氷の道が彼の足に伸びていた。ジャクスは気づくのが遅く、氷から足を引き抜けたがヨシノの攻撃を避けることはできなかった。

 今まさにヨシノの一撃がジャクスの目の前に迫っていた。彼はそれを頭突きで受け止め、その後フラフラになってしりもちをついた。ヨシノは手応えが感じられず、脳を揺らす波動も機能しなかった。それに音叉に触れる手に激痛を感じて手を放してしまい、痺れて追撃もできなかった。


「君達なかなかやるね。でももう動けないでしょ。」


ジャクスが尻についた土を払って立ち上がる。彼はほぼ無傷のようだったが二人はまだ諦めていなかった。


「武器を捨てろヨシノ。どうやら金属は引き寄せられるし反発もさせれるらしい。お前の攻撃も弱められていた。」


「じゃあどうするのよ。」


「なんでもいいからあいつの動きを止めてくれ。俺がとどめを刺す。」


「いやそんなのやらせるわけ無いでしょ。」

間髪入れずジャクスがカイトに迫った。そのまま稲妻がほとばしる拳を突き出す。その拳はカイトの眼前でピタリと止まった。足元にはまた氷が這っていた。

 カイトはすぐさま距離を取り、ヨシノがジャクスに迫る。彼は天から落雷を呼び出し、轟音とともに雷を身にまとった。雷熱によって足下の煩わしい氷も消え去った。展開していた壁の一部を削って呼び出したこともあり凄まじい威力だ。この帯電した体に触れたら先程のように痺れるどころではないだろう。


 それでもヨシノは止まらない。彼女は右の拳を強く握り大きく腕を引いた。ジャクスは防御するわけでもなく堂々と立ち続けた。

 ヨシノは彼の側面に回り込むように跳躍した。そして彼女はジャクスの頭めがけて右の拳の中のそれを放った。それは落雷とは比べ物にならない大きな音。彼女の手の中で増幅し続けた音。轟音は槍のように彼の鼓膜を突き破り、脳を貫いた。ジャクスは数秒の間、五感が全て失われた。


 彼はとっさに身に纏っていた雷の魔力を放出し身を守ろうとした。雷撃が無差別に放たれ周辺の草木も雷撃を受けて燃え上がる。ヨシノは頭を抱えて地面に伏して何とか雷撃を回避した。

 カイトはというと雷撃が当たらないよう祈りながら顔の前でぴんと伸ばした人差し指に集中していた。しばらくして彼の爪が青白く光りだした。偶然カイトの顔面に雷撃が飛び込んだ。その雷の軌跡はちょうどカイトの爪にぶつかり、消滅した。


 ジャクスはようやく視覚を取り戻し、手元に雷を溜め始めた。それを見てヨシノが立ち上がろうとする。ただ彼の狙いは完全にカイトに向いていた。何かを準備している異様な雰囲気、ジャクスは「早く止めなければまずいことになる」と感じ取っていた。

 ジャクスは凄まじい速さで駆け出し、輝く雷の球をカイトの眼前に叩きつけた。結果を決めたのは、彼が混乱して無駄に魔力を消費したこと、そして魔力の密度の差だ。雷球はカイトの指先に触れるとみるみる氷に姿を変えた。カイトの爪から雷球に乗り込んだ氷の魔力はジャクスの腕に侵入し、彼の体を凍結させながら駆け巡った。そして彼は完全に氷に包まれた。カイトたちを囲んでいた防壁もどんどん薄くなり、消えた。


「それ最初からできなかった?無敵じゃない。」


「いやーこれやってるときほぼ無防備だし準備も時間かかるからなあ。あいつが頭弱くて助かったよ。それより次は砦だ。」


「もう疲れちゃったあ。もうあなただけでやってきてよ。」


ヨシノは草原にぺたんと座り込んだ。


「俺だってだいぶ消耗したよ。あとは雑魚だけだから、ほら」


カイトは彼女の手を引っ張り、むりやり立たせた。




 砦の兵隊は弓の攻撃を再開した。しかし砦は恐怖に包まれていた。騎士が敗れたなら彼らが束になっても敵わないことは明白だ。弓兵は偶然でも仕留められることを祈り、矢を射続ける。歩兵たちも鎧を着て準備をしているが、一人も勝てるとは思っていなかった。玄関に兵士が待機して、指示を待っていた。そこに鎧を着込んだ隊長が立派な長剣を持って現れた。


「よし出撃するぞ。奴らをここで食い止める。騎士様は負けてしまったが奴らも手負いのはずだ。」


彼は自ら扉を開き戦場へ出た。あの二人が目前に迫っていた。彼らは果敢に突撃する。しかし全く敵わなかった。鉄槌ひとふりで連携は崩れ去り、一瞬のうちに兵士たちは倒れていった。兵士たちの決死の突撃でカイトの右脇腹を貫くことができたもののあっという間に砦は陥落した。ジャクスや隊長が回復したときにはすでに二人は遥か遠くに進んでいた。




 二人は森で見つけた誰もいない小屋に侵入していた。久々のまともな寝床でヨシノはくつろいでいた。カイトは見つけた包帯で傷の手当をしていた。


「うーん、ここ最近使われた様子はないしまあ安全かな。」


「ね?言ったでしょう?」


ヨシノは椅子から立ち上がりベッドへ向かった。


「埃かぶってるけどいいのか?そのベッド。」


「ああ、大丈夫。こうすればっ」


ベッドに両手を当て小さく揺らし、埃や汚れを全部吹っ飛ばした。カイトは包帯を巻き終わると立て掛けてあったほうきで床に飛び散ったゴミを家の外に掃いて床に寝転がった。


「何やってるのよ。ちょっと狭いけど二人ぐらい寝れるわよ。せっかくなんだからいいとこで寝ましょ。」


「…まあそうだな。」


こうして二人はぐっすりと朝まで眠り戦いの疲れを癒した。

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