第2話.はじめての二重奏

前回のあらすじ

カイトは不当に捕らえられた者たちを解放していく、王国からすればはた迷惑な襲撃犯だ。カイトは間一髪で音楽家のヨシノや囚人たちの救出は成功し、また一人で旅を再開した。 




 カイトは森の中、いつものように朝の柔らかい陽射しで目を覚ました。一つ、いつもと違うのは、鳥のさえずりに伴奏が加わっていたことだった。ヨシノが木の枝の上でヴァイオリンを弾いていたのだ。


「おはよう。今日はどこへ向かうの?」


カイトが起きたのを確認し、彼女は木の上から飛び降りた。カイトは深くため息をつく。


「ついてくるなって言ったよな。また同じ目に会いたいのか?」


まだ寝起きの状態の彼の顔をヨシノが覗き込む。


「私ならあなたの役に立てるわ。例えば音を消して隠密行動したり、単純に戦ったり、ね。」


彼はまた大きくため息をついた。


「はあ…まずは飯だ。」


上着を羽織り、荷物を持って森を進むカイト。ヨシノは大人しく彼の後ろについていった。




 森には鹿が多く生息していた。カイトは剣を抜き鹿に近づくが当然逃げられてしまう。


「足音消してあげよっか?」


彼は「いらない」とだけ言って断り、鹿がいた場所の草木をまさぐった。


「なにやってるの?」


「さっきの鹿、この辺を嗅ぎまわってただろ?いい物が埋まってるんだよ。」


 カイトは茂みの小さな枝に絡まっているツタを見つけた。このツタは'隠れ芋'のもので、生物に見つからないように細いツタを伸ばしほかの植物に寄生し、身を隠している。そして根本には大きな栄養が隠されている。非常に見つかりづらいが、一部の生物は探す力を持っているので、その生物を飼って探させる人間もいるくらいだ。

 カイトは短剣を使って土を掘り出した、というより切り出した。土の中には彼の顔ぐらい大きい芋が何本も埋まっていた。そして彼は枝や葉を集めて火をおこし、焼き芋を作った。


「ほら、お前も食えよ。」

「ありがと。」



 二人は食事を済ますと、先程追い返した鹿が彼らをじっと見つめていることに気づいた。カイトは同じように追い返そうとしたが、鹿は全く動じなかった。何やらその鹿のそばの木がガサガサ揺れていた。その木から葉を突き破って巨大な鹿の顔が出現した。


「やばい!魔物だ!」


巨大な鹿は猛り、木をなぎ倒した。その蹄は鋭く、全身に白い毛が権威を示す衣装のように生えていた。


「ヨシノ、手を貸してくれるか?」


彼女も武器を構えた。

「もちろんよ。」



 カイトは魔物目がけて跳躍した。魔物は口を大きく開け、その凶悪な岩をも砕くような歯を露わにした。そして素早く、正確に首を動かしてカイトに噛み付いた。彼は間一髪、歯に押しつぶされることは回避したものの、大きな口の中にいざなわれた。

 ヨシノはカイトを助け出そうと駆け出した。彼女は'音叉'と読んでいる先が二股に分かれた長い金属の棒を武器としている。もちろん装飾もあり、重心も調整されているが、ただの棒としての機能しか持っていない。しかし、一度彼女の音を操る魔法が加わると自由自在に振動を起こす武器となる。

 ヨダレまみれのカイトが魔物の口の中から飛び出した。魔物の出血からカイトが口内を切り刻んでいたことがわかる。魔物の怯んだその隙に、ヨシノは魔物に跳びかかりその胸に音叉を打ち込んだ。鼓膜を動かす太鼓の様な音が森に響き、魔物はその場に崩れ落ちた。


「お前、今何をやった?」


カイトが着地に失敗したヨシノの顔を覗きこむ。彼女はカイトが汚いため距離をとった。


「私もあなたのことを知らないわ。あなたのことも教えてくれたら、教えてあげる。それより、あの鹿しばらくしたら起きちゃうから。」


「はあ…じゃあとりあえず、安全な場所にいくか。」


彼女は「そうね」、と頷きカイトに距離を取りながらついていった。


「ねえ、早く池か何かを見つけないと。死活問題だわ。」

「そうか?」


 その日の夕方、赤く染った空を見ながら二人は朝の余りと道中で見つけた苺を食べていた。


「ここは安全そうね。」


彼らの周囲には視界を遮るものは何もなく、見渡すと魔物の気配は全くなかった。


「そろそろあなたについて教えてくれない?」


「先にそっちが教えろよ。ついてきたのはお前だろ?」


「名前はヨシノ。生まれた家はナルセ家で、ジン公国の聖歌隊だった。国を飛び出して旅を始めた理由は教会が嫌になったから。これでいいかしら?」


「ふーん。で、さっきはどうやってあの鹿を気絶させたんだ?」


「聖歌隊は音を制御する魔法を学ぶの。大きくしたり音色を変えたりとかね。叩き込んだ衝撃を心臓の鼓動の逆位相に変えて一瞬だけど心臓を止めたのよ。それで魔物は血が回らずに気絶したってわけ。」


「あー、そういうことか。」


カイトは納得しつつも「音楽のために習得した魔法を戦闘に応用するなんてただものではないな」と思った。


「音、というか衝撃の類なら何でも操れる。ま、こんなところね。次はあなたの番。」


カイトにとってこんな風に誰かとまともに話すのは久しぶりのことだ。ましてや偶然出会った赤の他人を信頼して仲間と認めるなんて初めての経験だ。


「あんまり言いたくはないが、もうお前は協力者ってことでいいんだな?」


「あなたが話してくれればお互い仲間ってことになるわね。」


「俺は…」


彼は言葉に詰まった。一言で自分を表す言葉が不適切なような気がしたからだ。

「なんというか、その…趣味で旅をしている。カイトだ。」


「は?趣味って、どういうことよ。」


彼女は困惑した。彼女は身を投げて自分を救ってくれたカイトのことを正義の味方とかそういった類の人間だと思っていたからだ。


「ほら、世界って広いじゃないか。その世界を自分の目で見たみたいと思ってな。それで旅をしているんだ。」


「じゃあなんで危険を犯してまで人を救ったりなんかしてるのよ。」


「それは…」


カイトはまた言葉に詰まった。

「なんか気に食わないじゃないか。それに悪いことばかりじゃないしな。」


「じゃあ…それもただの趣味ってこと?」


「そうなるな。」


「あなた相当アホね。そんなに旅したいなら調査団に入って学者にでもなればいいじゃない。」


「学者ぐらいの知識は持ってるさ。それに調査団ってもう調査済みのところはあんまり行かせてくれないんだよ。俺はあくまで自分の見たい場所に行きたいだけなんだ。」


「じゃあ今までどんな国を回ってきたの?」


カイトは出身地であるビア王国を出て西に進みザエツ帝国を通ってツェヴェナ王国にたどり着いた。そしてこれから南にある大陸、'南獄'に向かうことを告げた。

 南獄は毎日猛吹雪が吹き荒れる極寒の大地。南の険しい山脈のおかげで冷気は北へ届かないが、人の侵入を阻んでいる。未だに未開拓な大地で、超危険な場所の一つに数えられている。

 ヨシノはもちろんそんなところに行きたくはなかったが、国から抜け出すには国境警備の薄い南へ進むしかなく、今後は北の王都から騎士が大量に派遣されると説明を受け、渋々承諾した。さらにカイトは南獄を抜けてツェヴェナ王国と山脈を挟んだ場所に領地をもつリクウ帝国に入国すると話した。

 日はもう完全に見えなくなっていた。二人は随分と長く話し込んでいたようだ。


「そういえばあなたはどんな魔法を使うの?」


「ああ、まだ言ってなかったっけ。俺が使うのは氷の魔法だ。まあ普段はこの剣と上着で十分だからあまり使わないがな。」


カイトは妙な水色の線が走っている茶色い上着と短剣二本を指した。


「その模様になにかあるわけね。」


「そうそう。上着は氷の魔力で固くなって、剣は刃先につららができて切れ味が良くなる。まあだから火の魔法を使うやつ、あのネスだったけ?あいつと戦うときには2つとも無効化されてきつかったんだよ。」


「ふーん。でもこういうのってかなり値段がするでしょう?」


「いや。この魔術は昔教わって自分で刻みつけたんだよ。長い話になるが聞くか?」


「じゃあいいわ。そろそろ寝ましょう。明日はどんどん南へ、だったかしら?」


「ああ。おやすみ。」





「例の襲撃犯は近日ここを通ることが予想されている。要請していた騎士様もそろそろ来てくれるはずだ。」


砦の前に30人ほどの兵士が集まっていた。指揮をとっているのは中年の隊長だ。次の監獄にたどり着くにはこの砦を通るしかない。川幅は80メートル程、深さは5メートル程、おまけに周りは身を隠すことも難しい。草原の向こうから人影が見えた。その人影はものすごい速さで砦に近づいてくる。兵士たちは警戒し得物を構えたが、隊長はすぐに彼らを制した。


「武器を降ろせ、騎士様だ。」


 その騎士の名はジャクス、王から支給される鎧ではなく、普通の服を着ていた。しかもその服は乱れていて、体は小さく、子供の様ないでたちでとても騎士には見えなかった。


「皆さん、よろしく。奴らは必ず殺します。あと、今日は眠いので作戦はそちらで話し合ってください。それではさよなら。」


唖然とした視線が向けられる中、彼は砦へ入っていった。


「あー、そういうわけで諸君、彼はこの通り変わっているが実力は本物だ。とにかく、信用するように。」

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