ツェヴェナ王国編

第1話.救出

 夜の帳が落ち、その酒場では多くの客が会計をしようとしていた。そんな中、珍しく国の紋章の入った鎧を着込んだ騎士が来店した。客たちのほとんどは酔っ払って体力が尽きていたが、その中でも体力の有り余っている若者がヤジを飛ばした。


「今日はどんなことがあったんだあ騎士さんよお!」


騎士はこういった面倒くさい人間のに慣れている。彼は冷静に話し出した。


「王女と王子が殺害された。逃げられてしまって犯人の素性はわからなかったが、争いの形跡から鑑定士がツェヴェナ国の人間でないと鑑定した。それで王の勅令で異国人を捕まえて回っている。」


「なあ、カイト。世間は物騒だなあ?」


相席しているカイトと呼ばれた少年は騒がしい隣人に「そうだな」とだけ返した。


「今すぐ戸籍証明を出せ。見せたものから家に返してやる。」


客たちは懐から赤い首飾りを取り出し騎士に見せた。

 この首飾りは国民一人ひとりに作られるもので、個人の血を元に作られている。手に持っている者の血が首飾りの血に近いほど赤く輝き、裏には名前が彫ってある。この首飾りで国民を一人ひとり管理しているので王族殺害の犯人が国民出ないことが判明したのだ。

騎士は首飾りが赤く光るかどうかと名前が一致するかどうかを確認していく。


「ほら、俺も持ってるよ。」


騎士にいちいち野次を飛ばしていた彼も、さすがに騎士がここまで近いと騒ぐ勇気を失いおとなしくなっていた。しかし、今度は彼に相席していた少年が騎士に話しかけた。


「捕まった異国人はその後どうなるんだ?」


「一箇所に集められ、尋問される。その後は事件の犯人が見つかるまで監視の下で労働力として使われる予定だ。」


少年は茶色い上着を揺らしながら、立ち上がって騎士を見つめた。

「おいなにやってんだよ、早く出せよ…」


あれだけ酔ってた若者も騎士に逆らうことが何を意味するかは忘れてはいなかった。

 酒場中の注目が少年に集まった。


「要は奴隷にされるんだろ?俺はそんなのごめんだね。」


カイトは騎士の眼前に短剣を突きつけた。


「無駄なあがきをすると痛い目を見るぞ、異国人。」


騎士は腰の剣に手を添えた。女子供も扱えるようなちんけな得物と騎士の持つ大剣、酒場の誰もが大惨事になることを予感した。騎士は大きく剣を抜き、両手で構える。少年は一歩下がり、挑発した。


「来いよ。」


大きく踏み込み放たれる騎士の斬撃。








切断され残ったのは少年。








―――ではなく、騎士の大剣だった。


「どうやらその剣は見掛け倒しのなまくらだったみたいだな。」


少年がそう言った刹那、騎士は無様な姿になった剣の柄をを手放し、殴りかかった。少年は騎士の足を払い、グラスの残るテーブルに突っ込ませた。止めに少年は騎士の背中を踏みつけた。


「ここの飯うまかったよ。また、いつか来る。」


酒場中が固まる中、彼は暗闇の中に消えていった。





 ここは牢獄。ちょっと前まで僅かな犯罪者しかおらず、牢屋はがら空きだったが、今や多くのの容疑者で満員だ。ここの看守であるトウヤは移送のために大忙しで、彼が牢屋の前を通るたびに弁明と怒りの声が四方八方から聞こえてくる。彼はこの声が嫌いだ、だが騒がしいだけまだましだ。奥に進めば進むほどすべての声が小さくなっていく。

 その原因は最奥の厳重な魔法障壁のある独房にいるヨシノという音楽家だ。白い衣に包まれていて、清廉潔白を体現したような衣装ではあるが、目の下には深い隈が浮かび上がっている。その形相はとてもその言葉ににあっているとは言えない。兵士達が激しい死闘の上に彼女を捕らえることができたが、代償としてこの町の兵士は全員重傷を負ってしまった。

 ヨシノは今、独房の隅でうずくまり、音が聞こえなくなるという呪いを振りまき続けている。特に彼女の周辺の房で聞こえる音は、自身の鼓動と呼吸と血の流れる音のみで、近くに収容されている者は完全に狂ってしまっている。トウヤはこの不気味な魔法が広がらないように祈りながら、都市に要請した騎士が来てくれるのを待つしかないのだった。

 今日の新人を檻に入れ終え、少しばかりの食料を配布し終えたあと、ついに都市から騎士がやってきた。トウヤは騎士に一通り事情を説明し、問題の女のいる最奥へと案内した。


「ところで、騎士様は二人来ると聞いたのですがなぜ一人なのですか?」


騎士は少しの沈黙の後答えた。


「…もう一人は今、道中で見つけた手配者を追っている。」


「手配者って最近噂の牢屋破りのことですか?」



 異国人取締が始まってから3日後、牢獄が襲撃されるという事件が起こった。それから次々と同じような事件が連続して起こっている。そして次に起こる場所は正にここだと言われている。


「そうだ。あいつが取り逃がすとは思わないが、やつがここへ来る前に兵を全滅させたとかいう女をどうにかしないとな。」


二人が進むにつれてお互いの会話が聞き取れなくなってきた。


「ここから声が完全に聞こえなくなります。先に鍵を渡しておきますね。気をつけてください。今はおとなしくなっていますが、いつ暴れだすかわかりません。」


トウヤは腰についている鍵を外した。



 その瞬間、入り口の方から階段と金属が激しくぶつかり合う音が聞こえた。


「おい!それ以上進むな!」


やってきたのは二人組の騎士だった。


「貴様!牢屋破りだな!」


トウヤは状況を理解し、即座に隣にいる男を捕まえようとしたが、牢屋破りの男はすでに鍵を奪い奥へと走っていた。


「騎士様、早くしないと危険な囚人も開放されてしまいます。急ぎましょう!」


既に男は最奥まであと5歩といったところだった。


「いや、もうその必要はない。既に仕掛けた。」


男はそこでピタッと止まり反転した。


「お前は下がってな、俺と相棒が今から奴をとっちめるからよ。」


「我々は第2都市ヴェール騎士団、アレクとネス!貴様の命、貰い受ける!」





 アレクが男との距離をじりじり詰める。


「仕掛けたって何をですか?」


「ああ、お前には見えないか。触れたら爆発する罠だよ。引っかかってくれるとよかったんだが威力を強くしすぎたから見えちゃったんだな。」


「魔法、ですか…」


「まあ袋小路を作れただけで十分だ。」


「ネス!」


アレクの叫びに答え、ネスは彼に手を掲げる。アレクは焚火のように燃え上がり、炎は鉄格子を超え独房に入り込むまでに膨らんだ。


「アレク様は大丈夫なのですか!?」


「アイツの得意分野は再生だ。あのぐらい平気さ。」


アレクの斬撃に男は短剣で応戦していたが少しずつ後ろへ下がっていた。男はアレクの大剣を大きく弾いた後、突然自分から罠に突っ込んだ。


「げっ、あの野郎マジか!?」


大きな爆発が起きたが振動や音は全くなく、光だけが爆発が起こったことを示した。


「あれ、本当に爆発したのか…?」


「奥の囚人の呪いのせいですよ。」


「呪いだと?…おっ、やつは完全に伸びたみたいだな。」





 炎の魔法を解除し、アレクが男を担いで戻ってきた。


「こいつはヴェールにつれていくぞ。」


彼は男を肩から雑におろし、トウヤはとりあえず男に手枷をつけ足を縄で縛った。


「で、さっきの呪いってなんだ?」


トウヤはヨシノに関する説明を繰り返した。


「それは非常にまずいな。これ以上恨みの感情が積み上がるとあの牢の障壁も破られるほどの力を得るかもしれない。」


ネスはじっと拘束された男を見つめていた。


「おい、ネス、聞いているのか?」


「アイツなんか笑ってないか?」


「気絶してるんだぞ?そんなはずがない。」


「アレ?そういえば鍵が―」

トウヤの発言とほぼ同時にアレクは振り返った。一瞬のスキに、音がしないことをいいことに、囚人たちが牢屋の鍵を開いていた。


「ネス!早く吹っ飛ばせ!」


ネスの手からまばゆい光が飛んでゆき大きな爆発を起こした。壁が崩れ、粉塵が塵が舞い上がった。全力を尽くしたネスは力尽きその場に崩れ落ちた。


 粉塵の中から出てきたのは無傷のヨシノであった。


「今すぐ消えて。命だけは助けてあげるわ。」


彼女は少し冷静さを取り戻しているみたいだった。


「仕方ない…トウヤ行くぞ。」


彼はすぐに負けを認めた。このまま戦っていれば、非力な看守と親友を失っていただろう。ネスを抱え、彼らは月明かりの中を歩いていった。




 しばらくしてネスが目を覚ました。

「ごめんな…俺が不甲斐ないせいで…」

「気にするな。もうすぐ俺達はまだまだこれからなんだから。もっと強くなればいい。」


 多くの人間を救った少年は朝日と歓声の中で目を覚ました。街や街道から離れた平原にいるようで周りには魔物がちらほら見える。さっきまではボロボロの囚人服を着ていた彼らは自分たちの持ち物を取り戻したようで、目は活気にあふれていた。一人の女性が彼に朝食を運んできた。


「あなた、名前はなんて?」


「カイト。君はヨシノ、だろ?随分と雰囲気が変わったじゃないか。」


他の者も次々と集まり、名前と感謝の意を述べる。彼が食事を終える頃にはもう日は高く上がっていた。

 何処からともなく「私達を導いてくれ」という声が上がった。さらに誰かが「王国を倒そう!」と呼応し、一同はその渦に飲まれた。渦は耳が割れるぐらいまで大きくなったが、カイトは立ち上がり声を張り上げた。


「聴いてくれ!俺はお前たちを導くために来たんじゃあない。お前たちに自由になって欲しかったからここへ来たんだ。戦えない奴は今すぐ別の国か、国の監視から逃れられる場所へ行け。俺はこれから南へ進み、同じように襲撃を繰り返す。次も俺でも敵わないほどの騎士が来るだろう。だからついてこないでくれ。」


彼らは一度静まり返ったがもちろん納得はできなかった。またも怒号と悲しみの混じった声が上がる。


「じゃあ私達はどうすればいいんだ!国の目はそう簡単に騙せない!君みたいな力を持たない私達はまた捕まるのがオチだ!」


「お前たちの気持ちは痛いほどわかる。ただ助けを求める声はまだいっぱいある。お前たちが自分でどうにかするしかないんだ。また捕まっても、俺の意思を継ぐ人間が助けてくれるさ。俺はもう行く。どうか、幸運を。」


彼は草原を駆けて行った。残された一同には彼を追いかけようとする者、その場で嘆く者、そして覚悟を決める者がいた。



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