第4話.監獄山

前回のあらすじ

砦でジャクスという騎士に苦戦を強いられるも、カイトの切り札によって勝利を収めた二人は南下を続ける。




「次はどこだっけ?」


井戸から汲んだ水でヨシノが髪を整えている。カイトはかまどで小屋にあった調味料を使用して燻製を作っている。


「監獄山だな。もう結構近くにきてるぞ。」


「え、まさか山の幸街ってこと?」


 ツェヴェナ王国南部には監獄が一つしかない。と、いうよりすべての囚人を一箇所に集める必要がある。誰でもできて誰もやりたがらない仕事がそこにあるのだ。その山には美味なキノコ、果実、山菜と行った山の幸に加え、薬草に魔力を多く含む人形草など、有用なものがたくさん自生している。

 それらは人間の手による栽培は受け付けず、山に満たされている胞子の中でしか生息できない。厄介なことにこの胞子が有毒で、吸い続ければ体が麻痺してしまう。他にも人形草は引き抜いた人物に呪いを授け、2,3日の間不気味なうめき声でささやき続ける。果実や山菜も採取することで痛みや魔力の漏出を引き起こすものが大半で山中で死ぬ者は絶えない。正に山全体が呪われている、といった感じだ。ただ消費する分にも特殊な加工が必要で、その過程でも多少呪いを振りまく。しかし有用で美味なので需要が尽きることはない。

 山といっても高さは30メートルほどしかなく、端から端まで600メートルほどだ。昔、異常な呪いの起源を調べた学者は山が人間の亡骸でできてることを発見した。そして山は人間の死体を養分にしていると言った。そうであれば人と山は共生関係にあると言ってもいいだろう。

 昔から貧しい人が山へ入っていたが、たくさんの悲劇が生まれた。民衆からの非難もあり、あまりにも危険ということで国王が山を管理しだした。そして死んでもいい罪人を送り込むようになったというわけだ。

 山の幸街は監獄山で取れたものが新鮮なまま食べれる夢の街だ。監獄山でとれたものに加えてエール川産の魚、更には腕のいい料理人も集まる。世界で一番飯がうまいとされている町だ。金持ちや貴族が多く住んでいて、それだけ警備も厳重だ。


「行きたいのか?」


「もちろんよ。私、一回だけ監獄山の松茸を食べたことがあるの。新鮮じゃあなかったけど、忘れられないわーあの味、香りー」


「無理だぞ。」


「え?」


「買う金もないし、滅茶苦茶騎士が駐留してるからな。」


ヨシノはいつになく悲しい目をしていた。


「それに今回は上級の騎士が相手だから隠れてコソコソやるしかない。準備もしっかりしとかないと。とりあえず今日は視察だけな。怪我もしてるし。」


「気が乗らないわね…」




 青い空の奥に山脈が見える。そして手前にそびえるのは監獄山。二人は森の中で一番高い杉の木から監獄の様子を、枝と枝の間に氷の橋を架けて作った足場の上で眺めていた。石造りの壁が山を見事に囲んでいて呪いの胞子を食い止めている。その壁にくっつくようにしてところどころ施設が立てられている。その周りをさらに柵が取り囲んでいた。


「これ大丈夫なの?」


「調子悪いから落ちちゃうかもな。」


「やめてよ」


監獄を囲む柵には門が3つある。山の幸街に続く門、西にある一番大きな正門、さらに南へ通じる街道にある裏門だ。監獄に侵入するためには5メートルはある柵を越えるか門を通るしかないが、柵のてっぺんから微かだが魔力が漏れ出していたので、罠が仕掛けられている可能性がある。毎日輸送馬車が門を通っているため侵入に利用できそうだ。

山をぐるっと囲む10メートル程の壁から飛びだした3箇所が監獄本体のようだ。4階建てで、窓はあるものの殆どがすりガラスで中は見えなかった。さらに鉄格子がついていて、窓からの侵入は無理そうだ。屋上もあるにはあるが人の出入りはなく扉も鍵がかかっているだろう。

3つの施設はそれぞれ役割が違うらしく、広さも、物資を運ぶ馬車の出入りもそれぞれ異なる。たまに囚人の移動が施設間で行われるが、それ以外に囚人が外に出ることはなかった。

―とカイトは絵も添えて記録をとった。


「こんなところだな。」


「じゃあ早く降りましょ。怖くなってきちゃった。」


「その前にヨシノもなんか気づいたことないか?」


「え、」


正直ヨシノは山の幸街へと輸送される馬車と木の高さしか気にかけていなかった。幸運なことに、ヨシノの耳がある音を拾った。


「あ、なんか今音がしてる。こうジリリリリって感じ。」


「そうか?ああでもちょうど昼飯時かなあ。鐘かなにかで生活を管理してるってとこかな。それも書いとこう。」


カイトが氷で作った梯子を降りて二人はまた小屋に帰った。




 小屋でカイトはテーブルに向かって作戦を考え続けヨシノはやることがないのでベッドに座ってヴァイオリンを演奏していた。カイトは頭を抱えていた。結局、内部の構造がわからないことにはどうにもならないのだ。


「内通者か何かがいないとな…」


ヨシノが演奏をピタッと止めた。


「じゃあ作る?今近くに誰かが来てるみたいだけど。」


「近くに?ヤバいじゃん。早く隠れろよ。」


カイトは少し声を抑えて言ったが、ヨシノはそんなことは気にしない。


「もう来てるわよ。ちょうど足音がそこ。扉の前。強そうな感じじゃないから捕まえちゃえば?」


扉がきしむ音を立てて開くと同時にカイトは入ってきた男に向かって冷気を放った。男は特別実力のある人物ではなかったようで、完全に氷漬けになった。


「まあ、ちょうど良かったかな。ヨシノ、ちょっとそこの縄を取ってくれ。」




 彼の名はニシ。新米兵士で監獄山に勤務することになった青年だ。気になって森の小屋の様子を確認しようとしたら突然気を失ってしまった。そして目が覚めると、椅子に縛りつけられていた。


「あ、起きた?余計な言葉を話すなよ。ここには一人で来たのか?」


「は、はい」


「それじゃあ、とりあえず監獄の構造を教えてもらおうか。」


「…あ…あのっ、そういう事でしたら、僕、きょ、協力したいです」


「どういうことだ?」


 数週間前、彼は異国人の捜索に駆り出された。そして彼がこの小屋を見つけ、罪なき一家を捕まえた。平和な暮らしを破壊した。子供は養成所に送られ、親は今も監獄の中で働き続けている。あのときの一家の涙は未だに脳裏に焼き付いて離れない。―もし彼らを救えていれば、逃がせていれば、彼らの日常は続いていたかもしれない。


「こ、工場で使えないと判断された人間は、森の中に送り込まれるんです。そしても、森で決まった量を持って来ないと、工場に戻れないんです。」


ニシは毎日工場でその一家が働いているのを見ている。それで彼は毎日罪の意識にさいなまれていた。


「もうちょっとゆっくり喋れ、それと工場ってなんだ?」


「み、山の幸街側にある施設です。併設している収監棟の罪人を働かせています。」


「他の区画はどうなってる」


「南門には収監棟と一体化した山の入り口があって、正門には僕は行ったことないですが、囚人はおらず、研究室とか魔導技師の住居になってるらしいです。」


カイトは筆を走らせた。


「工場では何を製造しているんだ?」


「食材の毒抜き、浄化、保存加工と薬も作っています。」


「そうか。じゃあ今日はもう帰れ。本当に協力したいなら、工場から食料とか薬をくすねてまたここに来い。」


カイトが縛り付けていた縄をほどく。


「ほらとっとと帰れ。」


「それじゃあ、ま、また明日おねがいします!」





ニシが出ていってから、カイトは記録と荷物をまとめた。


「俺たちもそろそろ出るぞ。」


「なんで?」


「念の為、だ。あいつもベラベラ喋ったが、信用しきれない。夜襲されるかもしれないしな。」


「じゃあどこで寝ればいいのよ。」


「どこか木の上にまた足場を作るよ。そこで睡眠をとろう。」


ヨシノも渋々支度をした。


「あ、そこのベッドも持ってっていいぞ。そのまま寝ると冷えて風邪引くからな。」




 カイトは小屋から離れた太い木の枝を持つ木に氷魔法で足場と屋根を作った。周りには木々が群集しているので、かなり近くから見られない限り、普通の木のようにしか見えないはずだ。


「ほんと便利ね。宿いらずじゃない。」


「いや、朝まで持つのを作るのは結構大変だぞ?今まで3回ぐらい落ちながら目覚めたこともあるし。まあ今日は大丈夫だ。ちゃんと飯も食ったし。」


「ほんと?」


「それより本当にそのベッドを持ってくるお前もお前だよ。しかも片手で軽々と…」


ヨシノは重たそうなベッドを氷の足場に降ろした。


「あなたが言ったんでしょう?」


「冗談のつもりだったんだけどな…まあいいや。とりあえず今日はもう寝よう。俺も疲れたし。」


カイトはその場であくびをし目をつぶると、そのまま眠りに落ちてしまった。ヨシノも布団に潜り込んだ。





 翌日、ニシは全く同じ時間にやってきた。一人でいるのを確認し、カイトは姿を表した。


「あ、あの…これしか持ってこれなかったんですけど…」


袋の中には松茸が一つと人形草が数個入っていた。


「十分。さあ入れ。」

「こんな感じでどうだ。まずあの壁のどこかに穴を開けて呪いの胞子を撒き散らす。穴をあける場所はどこがいいかな。正門のほうに上官がいるんだろ?じゃあその側に穴をあけよう。そして混乱に乗じて囚人達を開放する。」


小屋の茶色い壁に氷で地図が描かれている。


「だから3箇所に分かれて行動する。俺が正門側、ヨシノが山門側、ニシが工場だ。上級騎士並の戦力があるだろうから準備もしっかりするぞ。だから実行は一週間後だ。」


「でもあの壁は壊せないと思いますよ?」


「そうさ、そこでニシに壁を管理してる技師を仲間に引き入れてほしい。あの壁の魔法障壁さえ解除すればただの石っころだ。これから俺たちは作戦のための訓練と、道具作りをする。ニシは監獄で道具の材料集めと仲間の勧誘をするんだ。」


「訓練はわかるけど、道具作りって何よ?」


ヨシノが松茸を食べる手をついに止めた。


「魔力水とか爆弾とかだよ。ニシがちゃんと処理された人形草を持ってきてくれたから、結構いいのが作れるな。」


「へーそんなこともできるの?何、あんた職人だったの?」


「旅には必須な技術だよ。お前が知らなさすぎるだけさ。魔力水がなかったら魔力が尽きた時、どうやって魔力を補給するんだ?」


「気合でしょ。」




 それから6日が経った。ニシが小屋に入った。ヨシノはもうベッドで寝ていた。


「あの、ヨシノさんはいいんですか?」


カイトは汗まみれで椅子に座っていた。


「打ち合わせはもうしたから大丈夫。それよりニシも技師にちゃんと伝えてきたか?」


「彼も監獄山に不満があるらしくて、かなり協力的なので作戦に問題はないと思います。イナミっていう人です。」


ニシはイナミからもらった手帳の切れ端を手渡す。そこには作戦に承諾する旨と、署名がしてあった。

[罪のない人々を解放する、素晴らしい志だ。私も協力させてもらおう。君の手はず通りに事を進めておく。 イナミ]


「了解。あとは手はず通りにやればいいだけだ。終わったあとは…ニシも一緒に南に行くか?」


「僕は故郷に帰ります。兵士としては生きていけなくなるけど、十分です。」


「そうか。ニシもよくやってくれた。明日はきっと成功するさ…」


「がんばりましょう。…あ、寝ちゃってる。」


カイトはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。ニシは音を立てないように小屋を出た。

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