第5話.作戦開始
前回のあらすじ
ツェヴェナ王国南部唯一の監獄である監獄山。どう警備を破ろうかと悩んでいた二人(ヨシノはあまり悩んでいないが)は偶然、ニシという協力的な兵士と出会い、内通者を手に入れることができた。そして作戦開始まで準備を進めた。
若くして魔導工学の博士になった彼、イナミはまさしく天才だった。そして天才であるがゆえに恨まれ続けてきた。苦労して書いた論文は論理の飛躍だと突っぱねられ、学会に認められず、都市からの研究費用の援助も止められた。そして今や気色の悪い監獄の世話係として雇われている。もちろんここにもあの老害たちの息がかかっている。おかげでこの豚箱に閉じ込められて、犯罪者のような扱いじゃないか。若い目を摘むのに精を出す前に俺より優れた研究をしてみろってんだ。」
イナミは今日も独り言が絶えない。その過度の心労で着ている新品白衣のような色になってしまった髪を揺らしながら悪態をつく。今日も彼は山の呪を中和する魔術を探す。
今判明していることは呪いは胞子を乗り物にしていて、呪の根源から胞子同士で魔力を伝え合い機能していること。胞子同士で意思疎通をしていて、動物と触れると胞子はどこかから送られてくる魔術を受け取る。胞子からは送受信と周りのものを感知する魔術しか見つからなかった。魔法の軌跡から根源の場所を突き止めたいところだが、今度は気色の悪い所長が"山にみだりに入ろうとするな"とか言って止めやがる。こんな糞の保守点検に勤めろだと?せめて研究ぐらいさせろってんだ。"魔法も扱えないくせに、魔術をわかった気になるな"だと?ふざけるな。いつになったらあの老害共は死ぬんだ?」
彼はいつものように苛立ち、椅子を蹴飛ばす。そしていつものように痛みで冷静さを僅かに取り戻す。彼は研究者としての才能はあるが魔法使いとしての才は全くない。魔法陣を刻むのも道具に頼りきりで、これも気に入られない理由の一つだ。
「でもそれも今日で終わりだ。壁を壊す、そこでこいつの出番だ!実験はまだできてないが、絶対に機能する。何せこの俺が創ったんだからな!クソジジイ共の作った技術のぎの字もない壁の2000倍は優れている!!」
「あのー、昨日の報告に上がりました。作戦に変更はないとのことだったので、準備をお願いします。」
だいぶ前から扉のそばにはニシが立っていた。何度か視界に入ったはずだが、彼は全く気づかなかった。
「ああニシか。作戦が変わらないのであれば問題ない。」
「じゃあ僕は持ち場につくので。頼みましたよ。」
バタンと空気を押し出し扉が閉まった。イナミの仕事は昼休憩の鐘が鳴るときに山を囲む壁の魔法防御膜を弱めることだ。彼は制御端末を使用し、壁の防御膜が昼休憩になる時に完全になくなるように少しづつ弱くなっていくように命令を書き込んだ。
「すぐ解決しても彼の計画を潰すことになるな。あと少しで完成するっていうていで演技するか…?」
彼は机の上に道具一式と試作品を広げた。
「それとかっこいい名前も考えとかないとな。」
そうこう準備をしていると鐘の音をかき消して大きな破裂音がした。
「お、ようやくお出ましだ。」
彼は大きく息を吐く。あわただしい足音と共に兵士が押しかけてきた。
「イナミ様!壁が破壊されました!今すぐ避難を!」
「少し時間をくれないか。今まさにあの忌まわしい呪を無効化する装置が完成しそうなんだ。」
カイトは作成した爆弾を監獄山を囲う壁に設置した。この爆弾はとても単純な魔術で構成されている。魔力を一か所に集め、許容量を超えると弾け飛ぶ。その引き金は魔力を集める魔法陣を起動させること。しばらくすれば自動的に爆発が引き起こされる。
大きな爆発が起き、壁に大きな穴が開いた。カイトはすぐさま身を引こうとした。しかし、異常事態に気づいた兵士たちが次々と集まってきた。兵士たちはカイトを囲み手を天に掲げた。一人ひとりの兵士ではカイトに遠く及ばないが、力を合わせれば強力な魔法を起こすことができる。光が兵士の手から発生し、大きな閃光の檻を作りあげる。そして檻の中にはカイトだけではなくもうひとりいた。肘まで伸びている大きな赤い手袋をはめた男だ。男は胸の前で拳を合わせた。
「これは土俵だ。あの閃光に触れればればどんなに強いヤツも痺れて無防備になる。逃げようとなんてするなよ。」
「元からそのつもりはない。かかってこいよ」
山からの呪いの胞子が漂う中、戦いが始まった。
彼の名はユウ、元はただのチンピラで毎日喧嘩に明け暮れていた。2年前、この監獄の所長に強さを買われ騎士になった。博士にも専用の武器を作成してもらい、今年中には都市部に異動すると噂されている、超優秀で将来有望な騎士だ。
ユウはその場で大きく右手を引き絞った。ほとんどの人間は手からしか魔力を発射できない。この手袋は肘まで魔法を伝えることができる特殊な装備だ。彼は肘で爆発を引き起こし、拳に推進力を与えた。
加速した拳から魔法が放たれた。この魔法の属性は地。ただ、拳の形をした石ころ投げ飛ばしたに等しいのだが、高速になった石ころはカイトがとっさに生成した氷の盾にくっきりと形を残した。
カイトは右手に剣を、左に氷の盾を構え、距離を詰める。ユウから放たれる拳弾の間隔がどんどん短くなってきた。彼は伸ばした腕をまた爆発で素早く押し戻して連撃を実現していた。お互いの腕の間合いに入るも、攻撃を躱し、また打ち消し合い、有効打は全くなかった。そんな中ユウは急に手を止めた。
「そんな誘いには乗れないな」
カイトは、彼が反撃の構えを取っていると判断し、止まる。
「いいのか?じゃあこのまま行かせてもらおう」
ユウの手袋にはもう一つの機能がある。自分の体にも多少負担はかかるが、魔力を溜め込むことで限界を超える一撃を繰り出せるというものだ。カイトはこれもなんとなく予感していた。あからさまに踏み込みユウの右腕が動き出した瞬間、カイトは目にも止まらぬ速さでユウの真後ろに移動した。
「読めてるぜ、その動き」
ユウは飛び上がり空中で、炎の魔法によって強引に方向を変え、高速移動の反動で足が動かないカイトめがけて大きな爆発を繰り出した。爆炎の中からは手を前に構えた焦げ付いたカイトが現れ、すぐに地面に倒れ込んだ。
「道具に頼るってのはちょっと納得いかねえが…勝つためだ」
ユウは手を上げて閃光の檻を解除させた。兵士たちが駆け寄る中、ユウは突然体の自由が全く効かなくなった。
「ユウ様!」
兵士の叫びが聞こえるが、彼は声を出すこともできない。
「ユウ様が呪いにかかった!早く解呪師のもとへ運べ!」
兵士が混乱する中、カイトは持っていた瓶を何とか取り出し、焼けた腕で口に運んだ。その瓶に入っているのは魔力の込められた水だ。この水を口にした瞬間、カイトの体に魔力が駆け巡った。焼けた肌が再生し、体の痛みが引いていった。そして彼は兵士たちの目を盗み、逃げることができた。
兵士に担がれ、意識のみ働く中ユウは考えた。
(風穴から呪の胞子が出てきているが、ここまで広がるものなのか?それに、胞子からはここまで強力な効果は出ないはずだ。一体どうやって…まあ、あとは師匠がどうにかしてくれるか。)
そこへ解呪師と共に監獄山の所長がやって来た。
「どういうことだ?ユウが負けるなんて。あのオモチャを持ってる分ユウが勝つはずだが」
「しょ…所長、どうやら侵入者が森の呪を利用したようです。」
所長がユウの眼前で手を振る。
「意識はあるのか?」
「まあ、おそらくあるでしょう」
「ユウ、聞こえてるか?世の中には卑怯な手を使うやつもたくさんいる。明日からお前らにみっちりその手口を教えてやろう。」
カイトが事を起こす少し前、ここ、南門では荷物を工場に送り空になった馬車が帰ってきた。
「積荷は全部おろしたか?これから点検するから15分経ったら呼べ。」
倉庫番が御者に話しかけた。彼はこうやって馬車が帰ってくると必ず点検と称して仮眠を取る。最も点検と言っても積荷はすべて木箱に詰められているので間違えようはない。御者はそのことを知っていて煩わしく思っているが、立場が下でそっとしておいている。
「時間ですよー」
御者が馬車の壁を叩く。しかし彼は出てこない。御者は仕方なく扉を開けて中を覗いた。彼はうつ伏せになってぐっすりしていた。肩を揺すっても彼は起きないので革の水筒に残っていた水を顔に垂らした。彼はぱっと目を開け、体をぱっと起こした。
「あの女はどこへ行った!」
「は…?」
「侵入者だ!お前は馬に乗って早く所長へ報告しにいけ!」
御者は困惑した。こんな怠けるためにとった行動が手柄を立てることもあるのかと。
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