第6話.囚人たちと音楽

前回のあらすじ

カイトたちはついに監獄山の囚人たちを救出する作戦を開始した。山を囲う壁に穴をあけ、山の呪いが広がり、混乱が巻き起こる。騎士であるユウはカイトを打倒すものの、カイトの準備していた秘策によって呪いにかかってしまい、カイトに逃げられてしまう。その裏でヨシノが動いていた。




 ヨシノは音を殺しながら倉庫の前から移動して,収監棟の様子をぽつんと一本立っている松の陰から覗いていた。門番は二人。聞き耳を立て、彼らの会話の様子を探る。彼らはよほど仲がいいらしく、しりとりをして暇をつぶしている。そこにさっき殴ってノバした男が走ってきた。馬車の中で音を完全にかき消していた都合上、外の音も全く聞こえないので、てっきりあの男を見つけるものはいないと思っていた。


「例の女が侵入してきた!」


「大変だ早くカムラさんに伝えないと」


「とりあえず俺が呼びに行くよ。」


門番の一人が扉を開ける。ヨシノはこの扉が開いている間になかに飛び込もうかと考えていた。敵の数が多いとはいえ室内であれば数の有利も生かせないはずだと。


「よせ、今カムラさんは訓練場にいるぞ?」


「そろそろ帰ってくるんだっけか」


彼らが一斉にヨシノの方向を見る。まさかとは思ったが彼女も恐る恐る後ろを向く。そこには確かに人影があり、こちらに歩いてきた。そしてお互いに目が合った気がした。ヨシノは先手を取るためすぐさま低い姿勢でとびかかった。カムラは左手に持つ水晶玉をかざした。水晶は翡翠のように変色して、その周りから風が吹き荒れた。ヨシノに対しては向かい風、彼に対しては空中に打ち上げるような気流だ。彼のマントがはためき飛び上がり、距離を取り、ゆっくりと着地した。


「お前は…あれだな。手配書で見た女だな。ここでお前の悪行も終わりだ。」


「終わるつもりなんかないけどね。」




 後ろからあの中の2人が近づく音が聞こえる。増援がやってくる前に終わらせたいヨシノだが、また風を起こされては接近することができない。牽制としてヨシノは音叉で地面を突き、音を発生させた。その音が土埃を上げながらカムラへと向かっていく。カムラははそれをふわりと飛び上がりかわした。彼の立っていた位置で音は爆発を起こし、大地を巻き上げた。彼は空中で水晶玉をかざした。今度は土煙の中から水晶が紅く光るのが見えた。二つの炎のらせんが水晶から放たれる。ヨシノは冷静に一歩を踏みらせんの中心を音叉で突く。音叉からの圧力によって炎はきれいに外へと弾かれた。


「面白いねその魔法。風魔法というより単純な力に近い。音って感じかな。」


カムラはが着地とともに地面に右手を添えた。ヨシノは水晶の色を見て次の攻撃を読もうとしたが球が土埃に紛れて見えなくなった。戦いに用いられる主な魔法は火、氷、風、雷、地、光に闇。象徴する色は赤、青、緑、紫、黄そして白と黒。土埃の中で姿を隠しているということはどの魔法を意味するか、少し考えればわかることだ。ただヨシノは戦闘経験の少なさから反応が遅れた。

 地面から彼女の頭を刺すように岩の棘が大量に生えてくる。耳と反射神経で何とか棘の間にかがみ、致命傷は避けるも体のいたるところに傷を作ってしまった。そして気づいた。その棘達は命を狙うためのものでなく、こうやって回避をさせ、周りを囲んで、行動を制限するためのものだったということに。棘の隙間から見えた、いや、わざと見せたのかもしれない。彼の水晶は紫に輝いていた。彼の水晶から数多の電撃が降り注ぐ。数秒にわたって続く電撃に駆け寄っていた二人も決着がついたと思い、歩を緩めた。雷に打たれ続けるヨシノ。彼女はその間、この7日の記憶を思い返していた。





 静かな森林の朝、二人は訓練を始めた。


「短期間で技術や自力は変わらない。変えられるのはちょっとした戦い方だけだな。」


話をヨシノは見事に聞き流す。彼女が人の話を聞かないわけではなく、彼の話ががくどすぎるせいだ。二人は落ちていた枝で手合わせをしながら話し続ける。しかし次に彼女がまともに話を聞いたのはだいぶ後だ。


「お前がそうだったように、人間は追い込まれると、すさまじい魔力を生むことがある。」


「まあそうね。それで?」


「特に肉体的に追い詰められたとき、30秒にも満たない時間だけど制御できないほどの魔力が沸く。まあ要するに火事場の馬鹿力ってやつだな。その30秒で何をするかが重要なんだ。」


「それで何をすればいいの?」


「まあお前の戦い方だと、無謀だと思っても突っ込んで一撃を全力で叩き込むのが一番だな。これからその一撃のやり方を練習しようか。」





「君たち下がって。まだ終わってないみたいだ。」


「なら、僕たちも加勢しますよ。」


彼の目にはヨシノの体から魔力が沸き出ているのが映っていた。明らかに危険な状態だ。

「いいから下がれ!」


カムラが両手を強く握り叫ぶ。同時に棘の檻の中心から爆音が響き棘が粉々に砕ける。ヨシノは電撃で目も耳も利かなくなってしまっていたが、地面から伝わる草花の揺れ、風の揺らめき、カムラの血流と心臓の音が地面を通して肌へはっきりと伝っていた。

 自分が大地を蹴る音の反響で距離を測り、音叉を振りかぶりながら跳びかかった。カムラは水晶玉を両手で構え白くきらめかせる。光の魔法はあらゆる魔法と打ち消しあう最強の矛にもなれば、あらゆる攻撃をはじく最強の壁にもなる。カムラが選択したのは確実に時間を稼げる光の壁。体を空中でひねり大きく武器を構える彼女の軌道はバレバレだ。彼女の打撃は空中で止められる。

 しかし彼女は壁を音叉で捉えて蹴り、音叉を掴む手を放して跳び上がった。そして回転しながらカムラの背後に、衝撃を魔法で打ち消しながら着地した。彼女は即座に右の拳を繰り出す。反応は遅れたが、カムラも球を迫りくる拳に合わせて光の壁を展開した。しかし間に合わなかった。ヨシノの拳は水晶を粉々に砕き、カムラの顎を打ち抜いた。カムラの脳みそは大きく揺さぶられて意識がなくなった。息を荒げたヨシノは冷静になろうとしてゆっくりと地面に転がっていた音叉を拾った。そして増援が近づく足音を耳にした。彼女は呆然と立っていた二人の横をすりぬけ、収監棟へ走る。




 彼女は開けっ放しだった扉を閉めて中からかんぬきをかける。中では看守のものであろう鼓動と、囚人のものであろう弱った鼓動がたくさん聞こえる。鍵を持っていそうな看守のもとへ向かう。もちろん彼らも騒動を知り、迎え撃つ準備をしていたが、ヨシノの前では成す術がなかった。看守たちは彼女と対面する前から、彼女の壁をつたる振動の魔法によってバタバタと倒れていった。

 ヨシノは近場の牢屋を片っ端から開ける。開けはしたのだが誰一人として牢屋から出ようとしなかった。


「ちょっとなんで逃げないのよ!」


ヨシノは思わず叫んだ。すると近くにいる生気のない男が話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、ずいぶんボロボロになっているが誰かと戦ってきたのかい?」


「変な玉を持った男を倒してきたところよ。今なら安全に逃げられるから早く!」


「いやいや、この監獄にはもっと強い男がいる。今逃げてもどうせま捕まっちまう。後で重い罰を受けるのがわかってるからみんな逃げねえのさ。」


「あんたたちがどんな罪を犯してきたか知らないけど、こんな奴隷のように扱われて悔しくないの?別の国にでも逃げて、犯罪なんてせずに生きていけばいいじゃない。」


「だから逃げ延びることなんてできやしねえのさ。」


「もう勝手にしてよね!」


ヨシノはこの建物中の牢屋のカギを開け、山の入り口の開錠も済ませた。少数の異国人取り締まりにより投獄された人達はついてきてくれたもののの、ほとんどが逃げようともしなかった。山にいた囚人も扉から出てきはしたが収監棟からは出ようとしなかった。ヨシノが外に出ると収監棟はすでに多数の兵士によって取り囲まれていた。放たれる続ける矢、魔法をかいくぐり、数十人の兵士たちを打倒した。戦いの中、彼女は逃げようともしなかった囚人たちのことを考えていた。彼らの目に希望は一切なく、かけら程の力も感じられなかった。自分もカイトに助けられなければ、あのようになっていたかもしれない。彼らが悪いことをしたのはわかっている。ただ人間は希望を全て失ってしまっていいのだろうか?彼らがなぜつかまっているのかなど彼女は知りもしないが、彼女は嫌な気分がした。このままでいいのだろうか?


 ヨシノは服の内側にあるポケットから折りたたまれた紙を二枚取り出す。それを開いていくと立体となり、ヴァイオリンと弓になった。そしてそのまま演奏を始めた。この曲は耳の聞こえなくなった作曲家が希望を信じて創った曲だ。ヴァイオリンだけではあるがほかの楽器を表現する技術もある。魔法をまとった音楽は建物中を駆け巡り、監獄山の中を響き渡った。彼女は演奏を終えた後、すぐに静かについてきた数人に「いくよ」とだけ告げて工場のほうに向かって歩き始めた。何やら山のほうがが少し騒がしかったが無視して歩き続けた。後ろからは大量の囚人たちが走って追いかけてきていた。今度はその眼には少し光が射していた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る