第7話.希望の大脱走
前回のあらすじ
ヨシノはカムラとの戦いを制し、囚人たちを解放しようとするものの、囚人たちは一向に牢獄から出ようとしなかった。彼らは脱走は不可能だと絶望していたのだ。そこでヨシノは希望の音楽を奏で、彼らを鼓舞した。
襲撃が起きたということで工場も警戒態勢になり、収監棟の看守たちも警備に駆り出されていた。そこでニシはあまり戦えないということで収監棟の番を買って出た。そして「もう一人協力者が来るのでそれまで待っていてください」と囚人たちに伝えて牢屋のカギを開けて回った。そしてカイトがやってくるのを待った。計画通りカイトが扉を開けて入ってきた。
「おいニシ、工場ももう落としてきた。次行くぞ。」
「皆さん行きますよー」
外に囚人たちを連れ出し、広場に並べ作戦を説明する。説明の途中でヨシノたちが合流してきた。その作戦の概要は
「南のほうへ行くと都市があり当然上級騎士がいる、山の幸街に行っても金持ちたちの強力な護衛がいる。そこで今こちらに挟み撃ちの形で向かっているであろう兵士たちを一点からすり抜けて一番マシな西へ逃げる。」
というものだ。突如現れた救世主のような3人に彼らの期待が集まり不思議な一体感があった。
一団は西へと回り込む。しばらく進むと黒い悪魔のような霧が見えてきた。そして囚人たちが「あいつが現れた」「やっぱり駄目だ」などとざわめきだした。黒い霧の中心に浮かんいるのは初老の男性のようだ。おびえる囚人が遅れながらもさらに近づくと男は目を開き語りかけてきた。
「こちらに来ることはわかっていたよ。やってくれたな。その年でここまでやるのは立派なものだが、子供には大人の制裁が下ることを教えてやろう。」
少し前がかりになったヨシノを手でカイトが制止する。
「ここは任せろ。秘策があるんだ。」
集団を離れてカイトは大きく前へ出た。
「お前がここの大将、ヴァルゴスだな。」
「そうだが。」
「部下は反対側から回らせたんだな。一人で来るなんて余裕だねえ。俺を甘く見たことを後悔させてやるよ。」
ヴァルゴスが両手を広げると霧が集まり人型になり同じ姿勢のような形になった。まったく無防備に見える構えで、まるで早く来いとでも言っているようだった。カイトは臆さずに秘策を構えて突っ込んだ。がすぐに大きな霧の手に握られ身動きが取れなくなった。ヴァルゴスはそのままカイトを強く握りつぶさんとし、カイトは苦痛の声を上げる。にもかかわらず彼は笑っていた。
「喜んでいるところ悪いが、お前の秘策とやらはこれか?」
彼の手元には改造された人形草があった。カイトの顔は一気に青ざめた。
「確かにこの人形草を俺が砕いていればお前がこいつに刻んだ魔法で俺はユウみたいに倒れていただろうな。ただ俺はこのやり口を知っているし、お前はよく知らないだろうが闇の魔法ってのは器用なんだ。こいつを傷つけずに取り出すなんて造作もないことだ。」
自分たちを救った英雄があっけなく敗れ、皆絶望し、中には全身の力が抜けて倒れこむ者もいた。しかし一人だけ希望を捨てないものがいた。ヨシノだ、彼女は声を大きくして吠えた。
「私たちはまだ負けてない!私たちにはもう一つ秘策が残っている!でしょ?カイト!」
カイトは次の秘策など全く身に覚えがなかったが、ヨシノの自信満々の大声になかば呆れ、やけくそに返事を返した。
「ああ!そうだな!」
ヨシノが連れてきた囚人達はあの曲を思い出した。彼らの体には不思議な熱気が宿り、それは瞬く間に伝播した。ニシも熱気に当てられ叫んだ。
「いけー!カイトさーん!」
彼らの熱狂は力に変わり、二人に集まった。
「見たか?これが俺の秘策だよ。」
ヴァルゴスの霧の手は氷に蝕まれつつあった。
ヴァルゴスは即座に手を切り離した。カイトはまとわりつく氷塊を砕いて脱出し、空中に氷の足場を生み出し、ヴァルゴスの本体に向けて駆け出した。カイトが突き出した短剣をヴァルゴスは闇の霧を濃く集めて強度を作り出し受け止める。そして霧を中心から拡散させてカイトを吹き飛ばした。拡散された霧の余波で草木が闇の魔法に影響され、枯れていく。ヴァルゴスは完全に殺す気なようだ。飛んできたカイトをヨシノは片手で受け止めた。
「もっかい飛んでく?」
カイトは首を縦に振った。彼は投げ飛ばされ、高速で飛んでいく。ヴァルゴスは霧の両手で包み込む。カイトは体の中に闇の魔力が侵入するのを感じた。闇の魔力は最も小さい魔力で最も弱い魔力だ。しかし最も精密に操作ができ、一か所に集めればある程度硬度を出すこともできる。その小ささで魔法の中核を破壊したり、生物の息の根を体の中から止めたりすることに長けている。
カイトは全身に魔力を巡らせ闇の魔力を打ち消した。そのまま手に魔力を集中させ短剣を変形させる。槍のように長いつららで腕を貫き中心部に飛んでいく。ヨシノも駆け出してヴァルゴスを狙う。カイトの槍がヴァルゴスに届く寸前であった。急に彼はすべての霧を集約させた。
「見せてやるよ。一つ上を」
集約された霧は一本の大剣になり、光が全く存在しないような黒色になった。カイトの槍は瞬く間に闇の大剣によって輪切りになった。カイトはとっさに懐にあった予備の爆弾を無理やり作動させた。幸運なことに、彼はヴァルゴスから離れるように吹き飛ぶことができた。
今度はヨシノに狙いを定め、ヴァルゴスがゆっくりと近づく。彼女は、皆を守るため、引いてはなるまいと音叉を構えるが、そこから恐怖で体が一切動かない。そこに少し焦げ付いたカイトが駆け付けた。ヨシノの腕をひっつかみ即席の氷の道を滑らせて距離を取る。
「ヨシノ。深呼吸しろ。あいつも相当追い込まれているはずだ。今俺たちは相当な力を得ている。きっと勝てる。」
大きく息を吸いゆっくりと吐く。それだけでヨシノは何か大きなものが肩から落ちた気がした。
「…ありがと。」
「あの大剣はおそらく原子より鋭い剣だ。触れただけでどんなものも切断される。それにあの斬撃の速度、近づいたら確実にあの世行きだ。」
「なるほど、それはつまり…」
「逃げる」ってことね」
「今すぐ逃げるんだ!みんな走れー!!」
ヨシノの魔法で増大された声が響き渡る。全員すぐに走り出した。ヴァルゴスは行かせまいと大剣から闇を切り離す。そこにすぐさまカイトが切り込んだ。不完全になった剣とカイトの二つの短剣はつばぜり合い、さらにヨシノが突っ込む。すぐにヴァルゴスは剣に闇の霧を戻したが、その霧を見てヨシノと一緒に距離を取る。
「これを繰り返せばお前は動けないも同然だよな?」
カイトは挑発し冷静さを失うことを狙う。しかしヴァルゴスは一切動揺せずに冷静に言い返した。
「もし俺が命なんか惜しくないとしたら?お前は逃げ行く囚人を皆守ることはできるのか?」
闇の大剣に大きなひびが入った。大剣は砕けそのかけらが拡散した。そのかけらは触れたものの生命活動を停止させようとする闇の魔法の塊。これを囚人たちが食らえばひとたまりもなく、確実に死ぬだろう。
二人は自分の近くに飛んできた闇を打ち消すもののそれより多くの闇が仲間たちへと向かっていく。カイトの闇の軌道を追う視界の端に一人の囚人が泡を吹いて崩れ落ちる光景が映る。彼は冷静さを失った。
カイトは急いで周辺の闇を氷結させながら、闇の魔力によって枯れてゆく野原を駆け巡る。彼には周りの景色が止まっているように見えた。彼は多くの闇を打ち払ったが、力尽きて顔から土に突っ込んだ。
「足を止めるな!死んだやつは見捨てるしかない!」
ヨシノの声が響く。ヴァルゴスは死体から闇を呼び戻し、不完全だが、息の根を止めるには十分すぎる剣に変え、倒れているカイトに歩み寄った。カイトの首を狙う彼にヨシノは思いっきり音叉を投げつけた。音叉は見事に命中した。しかしヴァルゴスは微動だにせず、そのまま処刑を続行した。
ヴァルゴスはカイトの首に剣を突き立てる。彼の手にやわらかい感触が伝わった。その感触は人間のものではなく、ヴァルゴスは土に剣を突き刺していただけだった。そして彼は世界が回転していることに気が付いた。ヨシノの魔法で彼の眼球が振動していたのだ。平衡感覚を乱し、膝をつくヴァルゴスの隙をついて音叉とカイトを抱えて逃げ出した。ヨシノは走る囚人たちのあとを追いかけた。彼らは一足先に一丸になって柵を破り自由を手にしていた。
脱走した囚人たちは仲の良い者同士で集まり、村もないような僻地を探しに次々と旅立っていった。最後にのこったのはニシだけだった。カイトはひどい筋肉痛と魔力酔いで体を起こすのがやっとなのでヨシノが狩ってきたイノシシの肉をニシが彼の指示で調理した。
「ほんとにありがとうございました。おかげですっきりしました。」
突然で、肉を焼き上げたところだったので、妙な沈黙の時が流れた。
「…僕が捕まえてしまった無実の家族、四人とも無事だったんですよ。それで、感謝されて。」
「よかったじゃない。」
「…地図持ってませんか?」
「カイト、もってる?」
カイトは腰の小さな鞄から痛む手で地図を取り出した。
「ああ…ここにある…」
「ここなんですよ僕の故郷。エール川の上流にあって、アユがおいしいんですよ。それに染め物も作っていて、たまに来る行商人に高値で買い取ってもらったりもしてるんですよ。いつか来てください。」
「ああ…約束だな…」
「早く食べないと冷めちゃうわよ。」
ヨシノがカイトの口に焼き肉を運ぶ。
「これ…いい焼き加減だな…」
「そうですか?」
「俺と再会するまでに料理の腕、上げておけよ…村の自慢のアユ楽しみしてるぞ。」
「ふふ、そうですね」
ヨシノがヴァイオリンを弾き始めた。
「いい曲ですね。」
「でしょう?私さ何年かかるかわからないけどでっかい楽団作ってさ、世界中で演奏会しようと思うんだ。」
「それは素敵ですね。」
「だからあんたの村にもいつか行ってやる。待ってなさいね。」
彼らの笑い声は暗い森に響き渡り、きらめく星空は彼らを祝福しているようだった。彼らの談笑は夜が明けるまで止まることはなかった。
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