◆ 七
「お前はどうしたいんだ?」
タバタは僕の目を見てそう言った。
僕はその日、自らタバタのもとへ行った。午後一時頃、いつもの地下道に行くと、彼はいなかった。もしかしたら、と思って、以前、偶然出くわしたマクドナルドに向かった。
彼は、あの日僕が座っていた席にいた。
彼に会おう思ったのは、元中学校教師のタバタなら、何か答えを出してくれるのではないかという期待があったからだ。担任の先生よりも、「元」教師のタバタの方が、僕に寄り添ってくれるのではないかと感じていた。
「僕はどうしたいのか」
タバタの質問への答えを考える。考える、というより、僕の中にあるだろう答えを、手探りで見つけて、それに言葉を与えていくような感じ。
「学校に行く意味がわからない、という気持ちはわかる。そもそも、実際に学校に行っていて楽しくないというのも、おそらく事実だろう」
その通りだ。僕は学校で友達がいない。「学校に行く意味がわからないから、行かない」という言葉を免罪符にして、孤独を感じる学校から逃げようとしているだけかもしれない。タバタは、僕のそんな感情を理解しているのだろう。言葉に詰まる僕に、こう続けた。
「まあ俺は、単純に『行きたくないから行かない』というのもありだと思っているけどね。そもそも、そういう人が出てきて当たり前なんだよ」
「そうですよね。昨日ネットで調べたんですけど、全国に二十万人くらい不登校の人はいるそうです」
「そう。どうしてそんなに多くの人が不登校になると思う? 学校に行かなくなる原因って何だと思う?」
「人間関係によるものが大きいのではないかと思います。あとは、家にいる方が快適とか」
「それもあるだろう。でも、俺は学校教育の構造に問題があると思っている。時代の変化に、学校が追いついてないんだよ。あそこはいつまでたっても『工場』のままなんだよ」
「工場、ですか」
「そう。何を作る工場だと思う?」
「人間・・・、大人・・・」
「正解、学校は、本質的には労働者を養成する工場みたいなもんだ。みんなが、同じこと、言われたことを、きちんとこなせるように訓練していくところだ」
学校は大人を作る工場である。そのタバタの主張を聞いて、初めて眼鏡をかけたときのように、それまでぼやけていたものが、くっきりと輪郭を伴って見えるような感覚を得られた。
マクドナルドの窓の外に、たくさんの人の往来が見える。彼らも工場の生産物なのだろうか。
そういえば、「周りの友達がみんなロボットに見えた」と言って不登校になったYouTuberがネットで話題になったことがあった。彼は今、何をしているのだろうか。
「さて、話を戻そうか。お前は、その登校支援のプログラムに参加するのか。もし、参加しないという方向で親を説得するなら、学校に行かないという道を選ぶということになる。もちろん、それは永久ではないかもしれない。でも、学校に行かないのであれば、それに代わる代替案を見つけなければいけないだろう」
「正直、参加したくはない。というか、勝手に決められていたことが嫌だし、なぜ学校に行くことが大前提として、みんな話を進めてくるのだろうと思う」
「そうだな。家の人と、今後どうするかという話の前に、なぜ学校に行かなければならないのか、という話を先にしたほうがいい。具体的な話はそれからだ」
「でも、その具体的な、学校に行かない代わりの案がないと、結局堂々巡りになっちゃう」
「なるほどな」
タバタは少し間をおいて、続ける。
「まあ、勧められるとしたら、フリースクールだな」
「フリースクール?」
そういえば、不登校について情報収集しているときに、その言葉を見た気がする。
「まあ、学校に行かない代わりに、行くところだよ」
「それ、結局、学校と一緒じゃないの」
「君たちが通う、いわゆる普通の中学校とは違うかな。学習することがある程度自由だし、学校という制度に合わなかった子どもたちが集まるところだから」
タバタは、フリースクールについて詳しく説明をしてくれた。学年や年齢によるクラス分けがないこと。自分で課題を決めて学習すること。今、そういうフリースクールの数は昔に比べて増えてきていること。さすが、元教師だと思った。
「なるほど…。塾とか私立学校みたいにお金はかかるんですか」
「フリースクールにもよるんだけど、月に数万円じゃないかな」
高い。素直にそう思った。いや、塾に通っても、似たようなものか。
「帰ったら調べてみようと思います」
「ああ。まあ、あくまで選択肢の一つ、くらいに考えておいたほうけどな。今は、学ぶ方法なんていくらでもある。ネットで参加できる、オンラインの高校もあるみたいだしな」
オンラインの高校。完全に登校しなくていいのか。
「ただ、お前には、フリースクールの方が合っていると思う」
「えっ、どうしてですか」
「お前が破らなければいけない殻は、リアルな人との関わりがあった方がいい。そんな気がしないか?」
あの夜から一週間が経った。僕はいつも通り、昼前に目覚め、ゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごした。あえて、あまり母と会話をしないようにした。どうせ今夜、家族で話し合うことになるのだが、いっそ、そのことを母や父が忘れていて、うやむやになってくれればいいとも思った。
あっという間に日が沈み、夜になって、父が帰宅した。
僕は、どんな風に自分の思いを伝えればいいのか、改めて考える。しかし、頭の中で、言葉をうまくまとめることができない。
そして、すぐにその時が来た。
「栄輝、ちょっといいか」
部屋にいると、階下から父の声がした。
いよいよ、話し合う時がきた。
三人でテーブルを囲んで座る。
「栄輝、どうする」
口火を切ったのは父だ。僕は、少し考える。父や母とは目を合わせない。テーブルの上の、水の入ったコップだけを見つめ、『どうする』というあいまいな問いに、どのように答えればよいのかを考える。
「その登校支援プログラム、もしやってみて、合わなかったらまた考えればいいのよ」
母が補足してくれた。
ちょっと待って。イエスかノーかの話し合いの前に、聞きたいことがある。
「どうして学校に行くべきだと思う?」
「えぇ?」
言葉が足りなかった。
「父さんと母さんは、学校って何のために行くところだと思うの?」
父と母は、一瞬、表情を固めた。二人で顔を見合わせると、先に父が口を開いた。
「もちろん、学校は勉強をしに行くところだ。だが、それだけじゃない。他人とのかかわり方や、集団行動の仕方を学ぶ場でもあるんだ。確かに、学校に行かなくても、家で勉強をすることはできる。でも、勉強だけができても、社会では生きていけない。他人と、どうかかわったり、行動したりすればいいかを身に着けていないといけないんだ。」
おそらく、そう言うだろうと思っていた。「それに」、と父は続ける。
「中学校の出席日数が足りないと、高校受験で不利になる。いい高校に行けないと、行ける大学も限られてくる。自然と、人生の選択肢が減ってしまうだろう」
勝ち誇る、というより、これで僕が納得せざるを得ないだろうという言いぶりだった。僕は、すぐには答えず、じっくりと考える。こういうとき、スムーズに切り返すことができない。なぜか、テーブルのコップの柄に目が行く。頭がぐるぐるする。
「じゃあ、行っても意味ないよ。友達なんていないから」
「・・・」
胸がグッと痛む。結局、僕は、孤独感や疎外感に、体がむしばまれ、学校へ足を運ぶことができなくなってしまっていたんだ。それを、僕は初めて認めた。いや、本当はとっくに認めていた。それを初めて、他の人に向かって、言葉にした。
これが、自分の心の中を直視した時の感覚か。痛いけど、少し前に進めた気がする。
「僕も、学校に行く必要があるのはわかってる。学習とか、誰かとの関わりとか、そういうのも大切だと思う。でも、今の学校は誰かとつるんで、一緒にいないといけないというルールみたいなものがある。そこにいるのがつらい」
言いたいことを、可能な限り言語化していく。多分、自分の気持ちを全部、正確に伝えることはできていない。その分、必死さと、真剣さで思いを届けていく。
「転校するのか?」
「いや、違う学校に行きたい」
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