◆ 六

 ベッドに横になりながら、天井を眺める。窓の外が徐々に薄暗くなり、一日が終わろうとしているのがわかった。

 僕は、家に着いてからずっと考えていた。

 学校とは何のために行くところか。

 小学生の頃は、考えることすらしなかった。それは当たり前に、生活の一部になっていたし、通うことに疑問をもつことすらしなかった。

 登校を拒否し、三か月距離を置いた今なら、じっくりと向き合うことができる。

 勉強だったら、家でもできる。人との関わりは、学校でなくてもできるはず。行かなくたって、何とかなるかもしれない。

 ふと、自分が小学生の頃を思い出す。つい、数か月前に卒業した、高田小学校だ。

小学校の四年生くらいまでは、それなりに友達がいたし、友達じゃない人とも抵抗なく接することができた。勉強は苦手ではなかったし、学校自体もそれほど嫌ではなかった。

五年生になったくらいから、急に周りが大人びてきて、みんなは仲のいいメンバー同士でつるむようになり始めた。僕はそのタイミングで、うまくグループに入ることができなかった。

それでも、学校には惰性で通い続けたし、それに疑問を持つことはなかった。環境の変化か、身体の成長か、理由はわからないけど、今ははっきりと「行きたくない」と感じるようになった。


 もし、このまま僕が学校に行かなかったとして、僕の人生はどうなるのだろうか。また、実際に不登校を続けた人たちは、それからの人生をどのように歩んでいっているのだろうか。

 スマホで「不登校」「学校」について検索を繰り返す。

「不登校 人数」

「不登校 中学生」

「不登校 原因」

「学校 行かない」

「学校 行く意味」

 スマホで検索を続ける

 中学生の不登校の人数は、小学生の二倍以上だということがわかる。最も多い原因は、「いじめを除く友人関係」とある。

小学生よりも、中学生の方が人間関係に悩むからだろうか。それは、成長するにつれて、周りの目を意識するようになり、見えなくてもいいものが見えるようになってくるからなのか。とにかく、ぼんやりと過ごしていた小学校生活よりも、見えるものの解像度が上がり、物事を複雑に考えてしまうようになるのは間違いない。

 僕の不登校の原因も、この「いじめを除く友人関係」に入るのだろうか。友人関係というものすら、僕は築いていない。しかし、友人関係を築くことができなかったことによる、疎外感が、学校というものへの不安や疑問につながったことは間違いない。

 学校に行く意味としては、やはり勉強、進学、人間関係、社会性などだと書いてあるサイトが多い。

 そうじゃない、この「僕」が納得する意味が欲しいんだ。


 その晩、夕食を終えると、ダイニングの食卓でそのまま待つように、母に言われた。

 母も、僕と同じように、悩んでいたのだ。あえてその場に父を呼ばなかったのは、僕への配慮だったのかもしれない。

腰を据えて話す、というのはこういうときに使うのだろう。母は、僕の向かいに座ると、真剣な顔で言った。

「栄輝、よく聞いてね。私はあなたを学校に行かせるために、登校支援プログラムに申し込もうと思うの」

「えっ、何それ」

 体が、脊髄反射的に拒否反応を示した。

「そんなに嫌そうな顔をしないで。大学生の人とかが、家庭教師みたいな感じで、栄輝の話を聴いたり、一緒に勉強をしたりしながら、登校できるように助けてくれるの」

「待って。少し考えさせて。今すぐには決められない」

「じゃあ、いつまで考えるの」

 母の声には、不安と、僕への圧が含まれていた。少しずつ外に出るようになってきた僕を見て、今が「押し時」だと思ったのだろうか。

「一週間くらい」

「わかった。じゃあ、来週また返事を聞かせて」


 自室に戻って、僕はすぐにスマホで検索をした。

 母が教えてくれたのは、NPO法人の「future(フューチャー)」という団体だった。ホームページの見出しには、『学校復帰率96.7%』というゴシック体の文字が大きく書かれていた。

 『お子さんの学校復帰を助けます』『今からでも遅くない』『あの楽しかった日々へ』など、胡散臭い、うたい文句が並べられている。

 登校復帰までの流れとして、この「future」の職員やボランティアの学生が、保護者と面談をしたり、不登校児と関わったりしながら、励まし、学校への復帰を促していくものらしい。

 母は、もう職員と面談を済ませたのだろうか。もしかしたら、この前僕に靴を買ってくるように勧めた日に、その職員が家に来ていたのかもしれない。

 怖い。

 背筋に悪寒が走った。

 僕の知らないところで、僕の知らない人が、僕の意思を変えようとしている。僕の心の中に踏み込んで来ようとしている。

 僕はこの「future」を知らないし、助けてもらおうとも思っていない。

 そもそも、なぜみんなは学校に復帰することが当たり前という前提でいるのだろうか。

 学校に行かなければ、生きていけないのか? じゃあ、日本にいる不登校の二十万人はどうなるんだ? 行かなくたって、生きていく方法はあるだろう。

 そんなことを頭の中で考える。考えるだけで、何も具体的な提案ができない。頭の中がぐるぐると周り、考えがまとまらない。脳が疲れているのか、混乱しているのか、それすらもわからない。

 スマホと天井を交互に見ながら、朝を迎えた。そして、そのまま昼まで眠り込んだ。

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