宝生探偵事務所/電光石火の人質救出

亀野 あゆみ

電光石火、人質救出

 世津奈とコータローは、住宅街の一角にある公園前に軽乗用車を停め、一軒の住宅に目を凝らしていた。

「サツキさんが監禁されている住宅が、この公園の近くでよかった。この辺りの生活道路にクルマを停めて見張っていたら、目立つもの」

助手席で世津奈が言うと、運転席のコータローが露骨に不快そうな声を返してきた。

「先輩、これ人探しじゃなくて、人質救出っすよ。サツキさんがあの家にいることも、誘拐犯が4人だってことも、わかってる。佐伯警視正が自分で乗り込んで助ればいいじゃないすか」


 サツキというのは西村祥三の誘拐された娘で、佐伯警視正は、彼女が連れ込まれた住宅と彼女を連れ込んだ男性の数を把握していたのだった。

「警視正は、要員不足で昨晩は監視できなかったから、今日もサツキさんがあの家にいる確証が得られていないと言ってたでしょ。『警察が乗り込みました。でも、サツキさんはいませんでした』じゃ、様にならないのよ」


「それって、警察のメンツのために、ボクらが人身御供にされるってことすよね」

「そうなの?」

「そうですよ。相手は武装してるんですよ。銃撃戦になりそうだから、佐伯警視正からこんなモノを渡されたんじゃないすか」

 コータローが非殺傷性のビーンバッグ弾を装填したショットガンを掲げてみせる。

「本来は銃刀法違反だが、貴様らにも正当防衛の権利がある。特例として貸してやる。だが、間違っても相手を殺すな。後始末が厄介だからな」

佐伯はそう言って、ショットガン2丁とプラスチック弾入りの自動拳銃2丁を世津奈たちに手渡したのだ。


「撃ち合いなら、『京橋テクノサービス』時代に経験があるじゃない。コー君と私なら大丈夫よ」

「ずいぶん楽観的っすね」

「あのね、『勇者は一度しか死なないけど、臆病者は何度でも死ぬ』んですって」

「誰が言ったんすか?」

「シェークスピアだったかな? 本当にアウトって時が来ちゃったら、その時初めて恐がればいいのよ」


「先輩、ボクは、昔と違って妻子がいるんす。特に、カエデは栗林夫妻から引き取った養女です。お嬢さんを必ず幸せにしますと言ったボクが、あっけなく射殺されるわけにいかないんです」

 そう言われて初めて、世津奈は「京橋テクノサービス」時代の感覚でコータローを危険な仕事に巻き込んだ自分の愚かさに気づいた。

「ごめん、私は両親が亡くなって、しかも独身だから、コー君の家族に対する責任に思いが及ばなかった。ここは私ひとりで片付けるから、事務所に戻って待ってて」


「先輩、今のは冗談です。先輩があまりに楽観的だから、ちょっと意地悪を言ってみたくなりました。本当にこの仕事から下りたかったら、ここに来る前に言ってます。言えば、先輩が無理強いしないこともわかってます」

 コータローにそう言ってもらえてホッとしたが、今後は、コータローを命の危険のある仕事に巻き込まないと自分に誓う。


 公園に夕陽が斜めに差し込み、虫の声が聞こえ始めた。住宅街の向こうの空が茜色に染まり、やがて夜のとばりがおりた。

「日中は、動きがありませんでしたね。そろそろ行きますか。といっても、家の間取りまではわかってないんすよね」


「ええ。外観があのサイズだと、一般には、一階にはリビング・ダイニングとキッチン、トイレと洗面所にバス。それから、和室が一つね」

「二階は洋間が三つ。もしかしたら、洗面所とトイレもあるかな」

「一階にも二階にもウォークイン・クローゼットがあると思う。二階に上がる階段は玄関を入ってすぐのところ。サツキさんは、一階の和室か、二階の洋間かに閉じ込められている」

「どう攻めます? ここから玄関の防犯カメラが見えたし、多分、そこらじゅうセンサーだらけですよ」


 センサーに感知され屋内に突入する前に撃退されてしまう。それは最悪のパターンだ。世津奈はセンサーに感知されても突破できる方法を考える。

「警察に手伝ってもらえない代わりに、消防に手伝ってもらおうか」

「えっ」

「サツキさんが急病になったとウソの119番をして救急車を呼ぶ。それを途中で奪って、あの家に乗り付ける。救急隊員の制服で押しかけたら、中の連中も顔くらい出すでしょう」


「ずいぶん乱暴な事を考えますね」

「あら、これなら絶対に屋外で銃撃戦にならないから、一番平和的だわ。コー君、スマホで近くの消防署を調べて。そこからの経路上で待ち伏せましょう」

「待ってください。そこの救急車が出払ってたら、別の消防署から来ますよ」

「う~ん、救急隊員さんを危険に巻き込みたくないなぁ。でも、別ルートから来た時は仕方ない。本物の救急隊員さんの後ろにくっついて行こう」


 15分後、世津奈が想定外のルートから救急車が来た場合に備えて公園の出口で待機していると、コータローが想定経路上で救急車を奪って乗り付けてきた。ランプとサイレンをつけたままだ。

「先輩、早く着替えてください。ここに長居すると怪しまれます」

コータローが運転席のドアを開け、救急隊員から奪った制服を投げてよこす。小柄な世津奈は、男物の制服を衣服の上から難なくまとうことができた。

 世津奈が助手席に乗り込むと、コータローが救急車を出しサツキがとらわれている住宅の前に乗り付けた。治療室の毛布でくるんだショットガンを手に救急車を下りる。


 コータローがドアフォンを鳴らす。世津奈は、長身のコータローの陰に身を隠して、ショットガンをくるんだ毛布を外す。

 ドアが少し開き、険しい表情の男が顔を出した。

「救急車を呼んだ覚えはない」

「こちらにお住いの 西村サツキ さんが発作を起こして倒れたと通報がありました」

「何かの間違いだ。ここには、西村サツキなどという人間はいない」


 男がドアを閉じようとする。世津奈は、ドアの隙間にショットガンの銃口を差し込み、引き金を引いた。男が叫び声をあげ、ドアの向こうで倒れる音がする。

 コータローがぐいっとドアを引き開け、世津奈がショットガンを構えて飛び込む。

銃を手にした男が廊下の奥から現れる。男の右肩を狙ってショットガンを放つ。男の身体が後ろに飛び、あおむけに倒れる。


「コー君、二階をお願い」

コータローに声をかけ、そのままリビング・ダイニングに進む。テーブルが倒されて盾になっていた。

 世津奈はビーンバッグ弾を続けざまにテーブルの盾に見舞いテーブルの陰から人が顔を出すのを制しつつ、テーブルの角を回り込む。男が一人いた。世津奈に気づき、銃を向けてくる。男の右肩に一撃浴びせる。男が横倒しになった。そこで、ショットガンが弾切れになる。ショットガンを捨て、ベルトに挟んであった自動拳銃を引き抜く。他に敵の姿はない。


 一階で三人倒した。佐伯の部下が見張っていなかった夜間に応援が来たのでなければ、残りは一人だ。

 階段の方から、人の声が聞こえてきた。世津奈が階段に駆け付けると、コータローがショットガンを構えたまま後ろ向きに階段を下りてくるところだった。


「銃を捨てろ。さもないと、こいつの頭を吹き飛ばすぞ」

いかつい顔の男がサツキを羽交い絞めにし、こめかみに拳銃をつきつけて階段を下りてくる。

 だが、男の指はトリガーでなくトリガー・ガードにかかっている。弾みで発砲しないよう気をつけているのだ。

 大事な人質を殺すなと強く命じられているに違いない。ためらわずに頭を撃てば、サツキを無傷で助け出すことができる。

 

 世津奈は男の額に向けて三発続けて銃弾を放った。男がガクッと後ろに首をおり、階段にしりもちをつく。男の腕の縛りが取れたはずみで、サツキが前のめりに階段を落ちそうになる。コータローがショットガンを投げ捨て前に飛び出しサツキを受け止める。


 世津奈はコータローが落としたショットガンを取り上げ、

「コー君、サツキさんを連れて救急車に乗って」

 と指示する。

 サツキを抱き上げたコータローが玄関から出ていくのを見送り、二階からも一階からも追手がかからないのを確かめ、世津奈も救急車に飛び乗る。

「公園まで移動して、私たちのクルマに乗り換える。佐伯警視正から指示された隠れ家に移動するわよ」

 世津奈とコータローの間でサツキががたがた震えていたが、この子を落ち着かせるのはクルマを乗り換えてからと、世津奈は決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宝生探偵事務所/電光石火の人質救出 亀野 あゆみ @FoEtern

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ