31話・消えた聖女(リード視点)

「ガーブ、どうした!」


 城に戻り、マリョククイがいる場所へとたどり着いた私が見たものは大きくなったガーブの暴れる姿。

 マリョククイは人の魔力を食べて巨大化する鳥で、普段は大人しく、その背に人を乗せて移動を手伝ってくれる希少な魔物だ。

 この国でも管理されているのはたった二匹しかいない。

 弟が今使っている白のラーファと、いま目の前にいる黒のガーブ。

 縄で抑えられてはいるが、羽をバサリバサリとさせ、目が赤くなっている。


「何かおかしな魔力でも食べさせられたか……?」


 私は風の魔法で彼の顔の前に飛び上がり、嘴に触れる。今ある魔力を追い出すつもりで彼に無理矢理、力を送った。

 びくりと首がまっすぐになると、すぐに彼は大人しくなった。


「流石はリード様! ありがとうございます」


 抑えていた兵たちが私に礼をする。いまはそんなことどうでもいい。私が聞きたいのは――。


「誰が、ガーブに魔力を喰わせた?」


 しんと、なる兵達。誰もわからないのだろうか?


「ガーブの餌の時間はまだのはず。誰か侵入したのか?」

「申し訳ございません」

「わからないのか――」


 魔力が高くないとマリョククイは反応しない。この国には、私とルード以外では高い魔力を持つものは……。


「リード様!」


 また違う兵が私のところにくる。今度は何なんだ?


「聖女カナ様が馬車ごと拐われました!!」


 私が近くからいなくなれば、彼女は守りの魔法しか使えない。攻撃する術がない。

 まさか城の中に、手引きするものがいる?


「この騒ぎは――」


 ーーー


「今すぐカナの場所へ飛べ」


 私は、カトル様に指輪を借りた。

 この国に残る最後の一対。一度だけ使える、失われた魔法「移動魔法」が封じ込められた指輪だ。ただ、発動させるには、魔力がいる。

 カトル様には、魔力がない。聖女の召喚で代償としてすべての魔力を失ったからだ。


 移動先は、対の指輪がある場所。そう、カナ様の指にはまっている指輪だ。


「カナ以外はどうなろうと構わぬ。私が許可する」

「はっ」

「私も街にでる。見つけ次第、賊は滅する」


 カトル様は、カナ様のことになると今までになく冷酷な事を言うようになった。

 マナエル様の記憶とともに、優しさを失くしてしまったのか……。

 カナ様の目の前で、殺戮などすれば、お優しい彼女の心にどれだけの負担がかかるのか、わからないのだろうか。

 それとも、カナ様を壊したいのだろうか……。私にはわからない。


 ぎゅっと指輪を握り魔力をこめた。目の前にカナ様が見える。彼女は、口や手を縛られているが、無事なようだ。


「カナ様」


 私は彼女のいる場所へと空間を飛んだ。


 ーーー


 照明はなく、暗い部屋の中。ぶるぶると震える彼女の小さな肩。黒い瞳からはポロポロと涙が溢れていた。どれ程の恐怖だっただろう。

 いくら国同士の戦がない平和な世と言っても、人の悪意がすべて消えたわけではない。それを、目の当たりにしてしまったのだ。

 はやく、この場から離れて安心できる場所にお連れしなければ。


「ご無事で良かった……」


 口に巻かれた布をとり、縄を切る。縄のあとが赤くなっていた。


「今から闇の魔法で姿を消します。音をたてれば誰かが中を見に来るでしょう。失礼します」


 恐怖で動けないであろう彼女を私は抱き上げた。ただ、このままでは腕が使えない。

 私は剣を諦め、魔法のみで何とかしようと考えた。

 私達を暗闇に隠してくれ。闇の精霊に願う。


「闇の精霊よ」


 大きな音をたててくれ。土の精霊に願う。


「土の精霊よ」


 思い通りに、人が動き私達は外へと出ることが出来た。

 空を飛び、城へとむかう途中、彼女は泣き出してしまう。異世界から一人急に呼び出された少女が、このようなめにあってまで、聖女という立場に、国に、縛り付けなければいけないのだろうか……。


 私は考えてはいけないことを考えてしまう。


 彼女の笑顔が見たい。悲しむ顔は見たくない。などと……。

 それは、カトル様が望まないもので、許されるはずのない気持ちだとわかっているけれど。

 そして、同時に気がついてしまう。彼女の笑顔は元の世界に帰ることで本当の笑顔になるのではないかと――。

 見ることが出来ない笑顔を、私は望んでいるのか……。


 この気持ちは誰にも気がつかれてはいけない。誰かに気がつかれてしまえば、側にいられなくなってしまう。例え、弟が帰ってくるまでの代わりだったとしても。

 隠し事はなれている。いつものようにやるだけだ。

 私は想いを深く深くゆっくりと沈めた。

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